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コラム:地方の眼力

【小松泰信 岡山大学大学院教授】

2017.02.15 
JAグループは豊洲市場問題に発言せよ一覧へ

 「築地より広く衛生管理が向上した首都圏の基幹市場として期待が膨らむ一方、予定地の土壌汚染や移転後の運営に、市場関係者や専門家が懸念を示している」とは、豊洲市場起工式を伝える東京新聞(2014年3月1日)のワンフレーズである。

◆盛り土と地下水汚染

 市場関係者や専門家の懸念は、杞憂に終わることなくまさに現実のものとなったことは衆人の知るところである。その主たる原因はつぎの二つ。
 一つは「盛り土」問題。土壌汚染対策を委ねていた専門家会議から出された、対策の柱と位置づけられていた敷地全体に盛り土をするようにとの提言を受けたにもかかわらず、水産卸売棟や青果棟などの地下にコンクリートの空洞をつくっていたことである。
 もう一つが「地下水汚染」問題。今年1月14日に発表された地下水調査結果において、環境基準の79倍のベンゼン、3.8倍のヒ素、そしてこれまで未検出のシアンが確認されたことである。

◆日本農業新聞と東京新聞の鋭い論調 

 「盛り土」問題を受けて、日本農業新聞(2016年9月15日)の論説は、「都は食の安全・安心がきちんと担保されているのか、徹底的に検証しなければならない。築地は青果物産地にとって販売拠点となる重要市場の一つである。産地の出荷戦略に混乱が起きないよう、早急に方向性を示すべきだ」「食品を扱う市場である。安全軽視どころか、安全無視と言われても仕方がない」「この盛り土問題発覚後、インターネット上で、『豊洲の物は食べない』などの書き込みが目立ち始めた。いわゆる『風評』だ」「...開場を急ぐあまりに、安全性の検証がなおざりにされてしまえば本末転倒だ。移転を『白紙』にするという選択肢があってもいいのではないか」「20年の東京五輪・パラリンピックの成功も大事だが、食の安全・安心より優先されるものは、何一つない」と、かなり踏み込んだ論調を展開している。
 東京新聞(9月21日)の社説も、「首都圏の台所の安全安心を蔑(ないがし)ろにした〝病理〟を徹底究明するとともに、市場参加者の救済を尽くすべきだ」としたうえで、〝「食の安全」は譲れない〟という姿勢から、「まずは生鮮食料品の安全性を担保できるのか、早急に確かめねばならない。想定外の空洞によって、水や空気の汚染を防ぐ効果は失われないか」と、問い糾している。
 さらに同紙(2017年1月25日)社説は、「食の安全安心が大きく揺らぎかねない。...不安と不信は募るばかりだ」と、都民の心情を突きつけている。そして、「地下水は飲んだり、魚や野菜を洗ったりするのに使うわけではない。とはいえ、生鮮食料品を扱う市場に有害物質が漂っているのではないかとの不安は拭えない」「科学的に安全性が証明されたとしても、豊洲市場の悪評は簡単に収まるまい」と、風評被害の可能性を危惧している。
 
◆経済団体や市民の素早い動き

 盛り土問題を受けて、経済同友会代表幹事が、「...環境問題についての検査結果が出る前に移転を進めてきたことは理解に苦しむ。都はきちんと説明責任を果たすべきだ」と述べている(東京新聞9月14日)。また、10月5日には、日本商工会議所会頭が、「移転決定のプロセスは透明性が不十分だ。小池知事はぜひ解明に取り組んでほしい。...会員にも市場に進出する関係者がおり、市場の安全性の確保は一刻も早く進めてもらいたい」と要望している(東京新聞10月6日)。
 地下水再調査決定を受けて、1月19日には日本商工会議所会頭が、「ベンゼンのほかシアンも検出されたことに戸惑っている。生鮮食品を扱うことからも安全確保が最優先だ。このままでは(移転は)難しいのではないか。よく精査し(都として)対策を検討してほしい」と述べている(東京新聞17年1月20日)。
 NPO法人日本消費者連盟は1月17日に小池知事に対して、「築地市場の豊洲新市場移転の即時中止を求めます」という要請書を送っている。2月2日には江東区長が、「豊洲地区全体に風評被害が及ぶ恐れがあることを大変危惧している」と、強い懸念を示している(東京新聞2月3日)。さらに、市民団体「豊洲移転中止署名をすすめる会」が署名活動を2月6日に開始した(東京新聞2月7日)。

◆"築地問題"も忘れず冷静な判断と対策が不可欠

 移転問題に黒白をつけることが当コラムの趣旨ではない。まして豊洲がダメで、築地残留が正解、という立場ではない。なぜなら、昭和10年に開設された築地市場は老朽化が進み、「物量からすれば世界一の取扱量を誇る市場であるが、衛生的には課題の多い施設」「...市場の休日以外は24時間開場しており、関係者なら誰でも入場可能であり、食品テロ防止の...課題がある」「...外的にオープンであることから、ネズミ、カラス、野鳥、野良猫等の問題もあり、環境的にも衛生管理が懸念される施設」等々から、豊洲市場は、「現状の築地市場と比較すれば、食品衛生上は雲泥の差があることは明白」という、看過できない指摘もあるからだ(小暮実「卸売市場の食品衛生環境があるべき姿」)。
 多様な利害関係者からの率直な意見や提言をふまえた、冷静な判断と対策が求められている。

◆JAグループのトップ層に求められる責任ある発言

 ところが、JAグループからは前述の日本農業新聞の論説以降、何のメッセージも出されていない。生産者側の立場から鋭く切り込んだ日本農業新聞ですら、べた記事の経過報告レベルである。「さまざまな利害が複雑に絡んでいる。余計な口出しはするな」という、自主規制も含む内圧や外圧があったのではないか、と不健全な妄想が膨らんでくる。少なくとも経済団体トップ層の素早い対応との違いは歴然である。この違いはどこから来るのか。恥を知れ、猛省せよ。
 精魂込めて作った農産物を消費者や実需者に衛生的かつ迅速に供給するために、集荷力を誇り周辺市場への転送も少なくないこれら拠点市場は極めて重要な役割を担っている。にもかかわらず築地も豊洲も、東京都政からはぞんざいに扱われている。農産物の代表的な拠点市場でのこの仕打ちに対して、全中や全農のトップ層には、生産者の立場から厳しいメッセージを発信する責任がある。この程度の責任すら果たせぬ時は、こう言われることを覚悟せよ。
 「地方の眼力」なめんなよ

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