【小松泰信・地方の眼力】人材力強化と米百俵の真意2017年3月22日
3月16日の日本農業新聞一面に、「スーパー高校生独自認証」「農大校進学で奨励金」「県内就業促進を支援」という見出しで、鳥取県の画期的な取り組みが紹介されている。
◆スーパー農林水産業士育成応援事業のねらい
同紙が伝えるこの取り組みの概要は次のように整理される。
事業名は「スーパー農林水産業士育成応援事業」で、2017年度当初予算案として、376万円(178万円は国庫)が計上されている。
県内にある農林水産系専門高校の卒業生の県内就業を促進し、将来の県内農林水産業の担い手を育てることをめざした、県独自の技術認証制度である。全国初とされる取り組みの背景には、当該高校を卒業した後、すぐに県内で就農するケースが少数であることや、農学系大学など就農を見据えた進路を選択する生徒も数%という現状がある。
「生産者の高齢化が進む中、農林水産系専門高校の生徒には新たな担い手としての期待が大きく、実践的な職業教育の成果を評価し、認証生徒への新たな支援を用意することで就農に結び付けていく考え」に基づき、認証の条件として、農業系高校の場合は、県内生産者・団体などへの30日間の長期インターンシップ(体験就業)や、6次産業化の資格制度である「食の6次産業化プロデューサー」で"レベル2"(一定の指示の下、ある程度の仕事ができる段階)の取得などが課されている。
認証されると、農大校進学時に2年間で50万円程度の奨学金が交付される。また、鳥取大学農学部への進学枠設定も調整中とのことで、「認証制度でインセンティブ(動機付け)を高めて県内への就業を促したい。高校生はぜひチャレンジしてほしい」という、県担当課の願いも紹介されている。
◆意義に見合った手厚い予算措置が不可欠
ペティの法則(経済の進歩につれて、第一次産業から第二次、第三次産業へと資本、労働力および所得の比重が増大してゆくという経験的法則)をきまじめに実証しているわが国において、人材を他産業に提供しすぎた第一次産業のもとに、量的にも質的にも十分な人材を取り戻すためには、鳥取県の取り組みは意義深い。ただし、県全体として400万円にも満たない予算はやや物足りない。意義深い取り組みであるがゆえに、より手厚い予算措置が求められるとともに、国をあげての取り組みが不可欠である。
◆農業競争力強化プランにおける人材力強化システムへの条件付き賛意
政府が昨年11月に取りまとめた「農業競争力強化プログラム」には、"生産資材価格の引下げ"からはじまる13の改革が盛り込まれている。"人材力の強化"については、「農政新時代に必要な人材力を強化するシステムの整備」として、(1)農業教育システム、(2)就職先としての農業法人等の育成、(3)次世代人材投資、(4)地域の農業経営塾と海外研修等、(5)労働力の確保、(6)産学官の連携、(7)技術、人材力等の活用による生産基盤の強化、の7項目から構成されている。今回、注目すべきは、つぎの3項目である。
まず、(1)農業教育システムでは、農業大学校の専門職業大学(仮称)化の推進があげられている。加えて、文部科学省と農林水産省が連携して農業高校の教育環境を充実するため、地域農業者との連携強化や、農業高校と道府県農業大学校、大学農学部等との連携促進もあげられている。
つぎに、(3)次世代人材投資では、現在の青年就農給付金を「農業次世代人材投資資金」に改め、1.意欲ある新規就農者に対し、経営・技術、資金、農地のそれぞれに対応するサポート体制を明確にする、2. 1.のサポート体制の整備を前提に、交付3年目までに経営確立の見込み等を見極め、早期に経営確立する者には、さらなる経営発展に繋がる対策を講じる、としている。
さらに、(4)地域の農業経営塾と海外研修等では、就農後の経営能力向上のため、各県において営農しながら本格的に経営を学ぶ場として農業経営塾の本格稼働を推進する。その際、地域の農業法人、経済団体等とも連携を図るとともに、JA営農指導員など農業をサポートする人材も含め育成していく。また、国際感覚を身につけた人材を育成するため、海外研修への参加や既存の留学プログラムの積極的な活用をあげている。
何かと問題のある農業競争力プランではあるが、少なくともこの人材力強化システムの大枠については、条件付き賛意を示したい。その条件とは、潤沢な資金と超長期的視点を前提とすることである。その覚悟が無ければ、単なる掛け声倒れに終わる。
◆"米百俵"の真意
小泉純一郎は、最初の所信表明演説のむすびで、『米百俵』すなわち"戊辰戦争に敗れて困窮した長岡藩に支藩三根山藩から送られた米百俵を、藩の大参事小林虎三郎が国漢学校の建設のために用いた"故事を引いて、"改革"に伴う痛みに耐えることを国民に求めた。史実はこれと異なり、「長岡藩は三根山藩から藩士にきた米を、彼らの既得権を放棄してまで、明日の繁栄のために教育資金に廻したのである。領民に痛みを求めてはいない、むしろ設立した国漢学校では今まで藩士の子弟だけだった教育の機会を、町民、農民にも門戸を開放した。小林虎三郎も立派であるが、明日のために家族に食べさせる米を諦めた藩士がむしろ尊いのである」とし、「従来の特権をそのままにして、国民に忍耐と我慢を求める議員がいたとしたら、それこそ真の米百俵の精神を見習って欲しいものだ」と、手厳しい言葉で故事の真意が伝えられている(http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/koizumi.htm)。
米百俵と将来を見据えた教育投資、大英断を下した大参事とそれに従う藩士の姿勢。
「地方の眼力」なめんなよ
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