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コラム:正義派の農政論

【森島 賢】

2017.06.05 
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 安倍晋三首相の一強政治は、いつまで続くのだろうか。
 いまの農政は、首相の息のかかった規制改革推進会議の人たちが決めている。財界人と財界を代弁する人たちである。目先きの私利私欲を追及する知識はあるが、農業についての知識は全くない。
 しかし、首相の息がかかっているので、事実上は絶大な権力を握っている。その権力を振り回して農協を潰そうとしている。泣く子も黙る首相官邸が後ろ盾になっているので、農水省も歯が立たない。
 こうした人たちに、日本農業の将来を決める農政を託すわけにはいかない。しかし、一強政治が続くかぎり、この状況が続くだろう。こうした農政を転換するには、一強政治に終止符を打つしかない。
 農政だけではない。あらゆる分野で一強政治が猛威をふるっている。
 誰が、どうすれば、一強政治に終止符を打てるのか。

 数年前に経験したことだが、韓国へ行ったときの夜、反政府デモに出会った。デモの参加者は、ほとんどが若者だった。寒い冬の夜、白い息を吐きながら、整然と行進していた。そこに筆者は韓国の明るい未来を見た。
 韓国だけではない。外国の反政府デモも中心は若者である。昔も今もそうだ。
 これと比べて、日本はどうか。以前は日本も同じで、デモの中心は若者だった。しかし、今は違う。高齢者が圧倒的に多い。いったい日本の若者はどうしたのか。若者は今の政治に満足しているのか。

 日本では一昨年、学生を中心にしてシールズというカタカナの名前のデモ隊が結成され、マスコミから注目された。しかし、わずか1年あまりでアダ花のように解散してしまった。ネットを通して互いに誘いあって、各自が自主的に参加したというもので、組織はなかった。そこに運動の脆さがあった。
 以前の学生運動は、そうではなかった。全学連という学生の全国組織があって、電話で連絡すれば、数万人の学生が全国各地で一斉にデモを組織し、参加した。それほどの数の動員力があった。
「政治は数なり、数は力なり」は田中角栄元首相の名言だが、全学連の政治力の源泉は、この動員力にあった。そして、この動員力は全学連の組織力に基づくものだった。
そのころ、「ZENGAKUREN」は、国際語になっていて、海外からも注目されていた。

 また、今は以前と違って各自が自主的に決めて参加している、と褒めたたえるが、それは違う。以前も自主的な参加だった。強制的な参加ではなかった。そもそも、強制などできる組織ではなかった。
 全学連が呼びかけたデモに参加するかどうかは、各大学の各クラスでの激しいクラス討議の結果で決めた。サークルでの討議も盛んだった。そして、多くの先生は、学生たちの討議のために、講義の開始時間を、すこし遅らせてくれた。つまり、先生もそうした形で、学生のデモを温かく見守ってくれていた。
 参加が決まると、皆んなで自治会費を使いプラカードを作って、自主的にデモに参加した。

 ここで言いたいことは、今の若者の政治的無関心についての批判ではない。いまの若者は、デモに参加する時間がないほどに虐げられている、などという薄っぺらな同情への批判でもない。デモはヒマ潰しではない。
 批判したいことは、若者の政治運動が組織的に行われていないことに対する批判である。だから、若者の政治への影響力が減殺されるし、永続性がない。
 このままでは、若者の苦難はいつまでも続く。若者は、やがて壮年になり高齢になる。そして苦難は日本中を暗く覆ってしまう。そうなる前に、若者は起ち上がり、一強政治という独裁政治を潰し、民主政治を力強く復活させるだろう。

 いま、一強政治のなかで、戦争への足音が近づいている。最初に戦場に駆り出されるのは、若者の君たちなのだ。君たちの愛しい若者なのだ。一強政治は、どうしても潰さねばならない。
 最後に、最近聞いた歌の一節をもじって若者たちに贈り、激励と連帯の挨拶にしよう。 「若者よ強く生きるんだ♪ この広い世界は君たちのものなのだ♪」
(2017.06.05)

(前回 民主主義の神髄は農協にあり

(前々回 いつまで続く一強政治

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