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コラム:地方の眼力

【小松 泰信 (岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授)】

2017.06.07 
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 政府は5月30日に、2016年度食育白書を閣議決定した。6月は食育月間。6月1日、野坂昭如氏の遺言集ともいえる、『農を棄てたこの国に明日はない』(家の光協会、2017年、頁数は本書)を読む。

◆野坂が誰かは知らないけれど、〝火垂るの墓〟なら知っている

 学生に、野坂昭如氏を知っているかと尋ねたら、全員が知らない。では、アニメ『火垂るの墓』は知っているかと尋ねたら、全員が知っている。「二度と飢えた子供の顔はみたくない」は、氏が1974年の参議院議員選挙に立候補したときのスローガンである。本の帯には、「戦中・戦後の"飢え"を生きた最後の無頼派」と紹介されている。
 「アメリカが自国の民が飢えているにもかかわらず、日本を助けるなんてことはありえない。人間が極限状態の中で、欲望をむき出しにして生きなきゃならない時というのは、弱肉強食、情けもへったくれもありはしない。そういう状態を、ぼくは、もう見たくない。当時、幼い妹を飢死させて、かなり痛切な思いをしてきたから、二度と飢えだけは嫌だという気持ちが強い。だからぼくは、この島国の食糧というもの、特に米について、死ぬまでこだわりつづける」(17頁)という、壮絶な体験から絞り出されるメッセージには鬼気迫るものがある。
 そして、「ただ、食いものは、天然自然に生えてくるわけじゃなく、ある土地に実る作物は、何千年かの、先祖たちの知恵の集積であり、さらに太陽と水の恵みである。この土地を離れて人間は生きていけないという、大原則は、洋の東西を問わず伝えるのが当然、これが教育、躾の基本であろう」(44頁)、「食いものを大事にしないから、これが生活の全般に及び、子供でいえば文房具、玩具などを粗末に扱い、若者は、これも大人たちが用意したことに違いないが、物をむやみに、使い棄てにいささかのためらいもない。時には生命にまで及ぶ。農業を、工業と対比させて、その生産性における効率の悪い点だけをとり上げ、貶める風潮が、若者を根無し草にする」(45頁)という根源的な指摘は、飢餓体験に基づく〝ハード食育〟と位置づけられる。

◆〝ソフト食育〟による食農断絶の克服

 だとすれば、食育基本法の第二条「食育は、食に関する適切な判断力を養い、生涯にわたって健全な食生活を実現することにより、国民の心身の健康の増進と豊かな人間形成に資することを旨として、行われなければならない」、第三条「食育の推進に当たっては、国民の食生活が、自然の恩恵の上に成り立っており、また、食に関わる人々の様々な活動に支えられていることについて、感謝の念や理解が深まるよう配慮されなければならない」とする今日の食育は、豊かな時代の〝ソフト食育〟と位置づけられる。
 食育白書を開くと、食が持つ多面性、多様性を反映して、農業体験の拡大、学校給食での地場産利用の推進、食品ロス削減の展開といった、広範囲にわたる取り組みが盛り込まれている。
 これを受けて、日本農業新聞(5月31日)の論説では「JAと組合員が率先し、食育活動の担い手となるべきである。食と共に、農業や地域の歴史的な背景も伝えることができる。子どもたちと家族に、食物への感謝と農業への理解をより深めてもらえるはずだ」と、JAに積極的な関わりを求めている。
 また、当JAcom(6月6日)も同白書を取り上げ、「自然の恩恵や生産者への感謝」をより強く感受するためには、農業者などからの直接指導が効果的であることを紹介している。
 このような指摘に代表されるように、食育活動によって断絶状態にある食と農の関係性が可視化されるとともに、良好な連携関係を構築する絶好の機会ととらえている。

◆顕在化する〝食の貧困〟と〝ハード食育〟

 その一方で、2013年国民生活基礎調査から明らかとなった〝子供の貧困率16.3%〟という数字は、〝食の貧困〟の顕在化を示唆している。
 この問題に関して白書は、「貧困の状況にある子供に対する食育推進」という項で、「『子供の未来応援国民運動』の一環として、民間資金による基金への寄付を広く国民に募り、貧困の状況にある子供たちに対する食育の推進につながる活動を含め、貧困の連鎖の解消につながる活動を行うNPO等を支援」していることや、厚生労働省が「ひとり親家庭の子供の生活習慣の習得・学習支援や食事の提供等を行うことが可能な居場所づくりを実施」していることを紹介している。この居場所の一つが、地域住民などによる「無料又は安価で栄養のある食事や温かな団らんを提供する子供食堂」などである。
 また、「食品ロス削減を目指した国民運動の展開」という項においては、「生産・流通・消費などの過程で発生する未利用食品を食品企業や生産現場などからの寄付を受けて、必要としている人や施設等に提供するフードバンク活動」の広がりと、それへの期待が記されている。
 全体のボリュームからして、食う事には困らぬ状況を前提としたソフト食育活動を中心とした編集となっている。悲しむべきことだが、今後は食うに事欠く人々を視野に入れた、子ども食堂やフードバンクというハード食育活動の重要性が高まるはずである。
 「正直、この飽食の時代において、食べ物に困っている人がこれほど多いとは思っていなかった」と、溜息混じりで語ってくれたのは、フードバンクに農産物を寄贈している群馬県の農業者である。本音であるとともに、農業者やJAグループのハード食育活動への関わりの乏しさを象徴する言葉である。これからの、積極的な関わりが期待される。

◆飢餓はもう眼前にある

 ところで、日本経済新聞(6月6日)によれば、経団連の榊原定征会長が5日の記者会見で、「集中して議論してほしい項目が山ほどある。優先順位からすれば加計学園ではないだろう」と述べた。氏が優先すべきと考えるのは、北朝鮮問題やテロ対策、環境政策などとのこと。本音かつ援護射撃のようであるが、明らかに誤射である。思考が岩盤と化し、誠実さも謙虚さも皆無の安倍・菅二人組による統治体制に、榊原氏が言うところの優先案件を委ねるべきではないことは明白である。優先案件に取りかかって欲しいのなら、経団連会長として、「やましいところがないのなら、速やかにすべてを開陳して、潔白を証明し、優先案件に進め」と、諫言すべきである。当然、榊原氏にとっては、食育の優先順位はもっともっと低いはず。
 1975年の文藝春秋の対談で、当時の経団連会長土光敏夫氏に食い下がった野坂氏なら、現会長にこう言うだろう。
 「言っておきたい。いざとなったら金ではない。食いもののある国が生き残るのだ。よその国など誰も助けちゃくれないぞ。農の営みを自分の目で確かめることが必要。だが日本の飢餓はもう眼前にある」(220頁)ってね。
 「地方の眼力」なめんなよ

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