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コラム:グローバルとローカル:世界は今

【三石誠司 宮城大学教授】

2017.06.09 
(034)ロシア農業は本当に復活したのか?一覧へ

 現在の大学生には、1991年のソ連崩壊などは生まれる前、大昔の話である。
 ソ連崩壊後、ロシアは農業に限らず国内産業のあらゆる面で大混乱とも言える状況に陥った。農業分野も例外ではなく、1990年代には穀物その他の農産物の生産量は大きく落ち込んでいる。FAOの統計を見ると、ロシアにおける穀物総生産量は1992年の1億379万トンから1995年には6190万トンへと約4割減少、その後回復したものの、1998年には4694万トンとロシア連邦成立当時の約45%にまで減少している。
 肥料やその他の生産資材の入手困難さなどが原因と伝えられているが、それ以上に国内の全ての面で1917年のロシア革命以来続いてきた様々な仕組と価値観が大転換したことの影響であろう。現在、わが国のコメ生産量は約800万トンであるが、これが数年で400万トン以下になるような状況が出現したと考えれば、その影響度がわかる。
 その後、ロシアの穀物生産は年ごとの豊凶の差はあるものの着実に回復し、2008年には再び1億トンの大台に達している。そして、中長期的に見る限り穀物生産は増加傾向が継続し、再び穀物生産大国としての地位を獲得しつつある。

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 ソ連崩壊は畜産にも多大な影響を与えている。わかりやすい例として、牛と鶏の飼養頭羽数の変化に注目してみたい。1992年のロシアには5468万頭の牛と6.4億羽の鶏がいたが、1998年には各々3152万頭、3.5億羽へと減少している。穀物はここがボトムとなり、その後は回復するが、家畜の飼養頭羽数は穀物とはやや異なる動きを辿る。
 牛の飼養頭数は今日まで年々減少を続け、2014年には1956万頭と1992年からの四半世紀で当時の36%にまで落ち込んでいる。実はこれと対応する形で、1990年代には年間10~20万トンの牛肉輸入が拡大し、現在は60万トン前後にまで伸びている。簡単に言えば、ロシアにおける養牛という分野が劇的に変化したということであろう。単純な農家の減少だけではなく、それに伴う貴重な「技術の喪失」も考えておく必要がある。
 鶏はどうか。こちらは牛とは異なる動きを見せている。穀物生産同様、1990年代後半には1992年の約半分にまで減少してボトムを付けたが、その後は増加に転じ、2014年には1992年当時の約7割にまで回復している。一方、鶏肉の輸入は1990年代後半の一部を除き大きく伸長したが、ここ数年は激減している。その背景には、ロシア国内における食肉生産、とくに鶏肉生産の急速な伸びがある。1990年代から2000年代前半は、ロシアは米国からの家禽肉総輸出の4分の1以上を占める最大のマーケットであったが、現在はロシア国内での家禽生産がブームなこともあり、米国の家禽肉総輸出に占めるシェアは10%以下に低下している。

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 以上をまとめると以下のようになる。
○穀物生産は1990年代に激減したが、その後回復して再び大生産国になりつつある。
○牛の飼養頭数は過去20年以上の間に約3分の1にまで減少し、代わりに牛肉輸入が国内需要を満たしている。
○鶏の飼養羽数は1990年代に半減したが、その後再び増加に転じ、現在ではかつての7割レベルにまで回復している。これに伴い急速に増加していた海外からの鶏肉輸入も近年は激減している。
 さて、こうした流れを見て思うことは千差万別である。構造改革は大きな痛みをともなえども、それを乗り越えれば再び強くなる...と考える。あるいは、それが本当に必要なものなら何を差し置いても守らなければ取り返しがつかない...と考える。
 外国の変化ではあるが、日本農業にとっても、他山の石。

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