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コラム:小説 決断の時―歴史に学ぶ―

【童門 冬二(歴史作家)】

2017.06.12 
"和を重んず"を再考 黒田如水一覧へ

◆日本一決断の早い男の反省

 黒田如水は、戦国大名の中でも"最も頭の鋭い男"と呼ばれた。情報の収集力に長(た)け、それを分析して「どうすればよいか」という決断をするのが誰よりも早かったからである。
 しかし如水は、徳川家康が天下人になると家康の日本国経営の方針があくまでも"平和"であることを見抜き、今までの様な合戦状況は次第になくなると見た。そこでかれは、福岡城内に家臣を集め、
・城内に「異見会」という会議を設ける
・この会議には誰でも出席できる
・会議では、身分に関わりなく思うことを自由に発言してもらいたい
・わしは何よりも"和"を重んずるから、若い者や低身分の者も遠慮せずに発言してもらいたい
・ただし、藩の秘密に類するようなことは城内から出してはならない
・また、批判されても上層部はそれを人事などで報復しようなどと思ってはならない
と細かい掟を作った。如水自身、
「今までのわしは、少し決断力が早すぎた。あまり部下の意見を聴かなかった。これからはそうはいかない。そして後継ぎの長政のためにも何よりも"和"を重んずるべきだ」
 と考えたのである。したがって「異見会」の議長は息子の長政に任せ、如水自身は脇で傍聴することにした。長政は父親の意向を汲んで、平和で民主的な"和を重んずる"議長役を務めた。ところが、あまりにも民主的過ぎて会議は常に長引き、また城内で悪い習慣が生まれた。それは、仕事をさぼりたい連中が、
「異見会へ出席してくる」
 と言えば、仕事から抜け出せたからである。したがって、異見会の出席メンバーの中には、怠け者が結構多くなってきた。そんな情報はつぎつぎと如水の元に入ってきたが、如水は我慢した。それは、
「城中の和を重んずるといったのはわしだ。したがって、文句は言うまい」と我慢したのである。ところがある日、藩政について議論が起こった時、最近入ったばかりの若い武士が非常に画期的な良い意見を出した。出席者一同はシーンとしてみんな感心した。一番感心したのが長政だった。長政は言った。
「みんな、かれの意見に従おう」
 これを聞いた途端如水は、
(ああ、黒田家は潰れる)と感じた。

◆決断はトップ固有の権限

 自分の部屋に戻って、如水は考えた。
(このままでいいだろうか?)ということだ。如水が異見会の席で感じ取ったのは、若者の意見は確かに立派だったが、一番気に食わなかったのは、
「かれの意見に従おう」という息子長政の結論だった。長政の結論は如水からすれば、
「トップとしての決断力を放棄している」と思えた。如水は常々、
「決断権は、トップ固有の権限である」
と考えていたからだ。翌日如水は、気分を新たにして長政を呼んだ。そして、
「おまえのこの頃の城の運営はなかなかいい。わしが"和を重んじてくれ"と言ったことを守って、広く深くいろいろな家臣から意見を聴している。よいことだ」
 と持ち上げた。褒められて長政はニコリとした。彼自身も、
(決断力の鋭い父とは違って、わしはじっくりと家臣の意見を聴いてから結論を出している。父も認めてくれたのだ)
 と感じたからだ。ところが如水はこんなことを言い出した。
(挿絵)大和坂  和可 「これでもうわしはいつ死んでもいい。形見をやる」
「はあ?」
 長政はびっくりした。
「父上はまだお元気です。それなのにどうして今日形見などくださるのですか」
「考えがあるからだ。形見というのは別に財産ではない。これだ」
 と言って、如水が用意していたのは自分が散々履き古した下駄が片っ方と、草履が片っ方だった。長政は驚いた。
(こんな汚い下駄と草履が、なぜ形見なのだろうか)と不思議に思い、考えはじめた。その様子をじっと見ていた如水がやがて言った。
「長政よ、おまえは今この下駄と草履についていろいろ思いを巡らしているのだろう?」
「はい」
 長政は頷いた。こう応じた。
「日本一鋭い頭脳の所有者であられる父上が、あらためて私にくださるお品です。古い草履と下駄ではございますが、何か深い意味があるだろうとしきりに思いを巡らしております」
「やめなさい」如水は言った。
「は?」聞き返す長政に如水は、
「その下駄と草履には何の意味もない」と言った。長政は思わず眉を寄せて父親を見返した。意味の無い物をなぜわざわざくれるのか、という疑いが湧いたからだ。如水はこう言った。
「昨日の異見会でおまえは最近入ったばかりの若者の意見に感動し、参加者全員にあの若者の意見に従いましょうと言った。あれは、城主としての権限を放棄したものだ。物事を決定する権限は、常に城主一人にしかない。どんなに優秀でも家臣に委ねることは出来ない。それは城主としての責任を放棄することになるからだ。どんなに辛くても、城主はこの権限を守り抜かなければならない。その意味では、城主というのは常に孤独だ。山の上の一本松だ。風当たりが強い。しかし耐えなければならない。そうしなければ枝である家臣やその家族が共倒れになる。だから決して、どんなに優秀でもその家臣の意見に従いましょうなどと言ってはならないのだ。わかるか?」
「・・・・」
 長政は沈思黙考した。父親の言葉を頭の中で消化し、噛みしめていたからである。如水はさらに続けた。
「事の起こりはおまえに責任がある訳ではない。わしが悪かったのだ。今までの生き方を振り返り、これからは何でも和を重んじようなどと考えたために、つい城中の緊張感を欠いてしまった。おまえはわしの考えに乗っただけだ。今、わしが考えを改める。いたずらに和だけを重んじて、ただ折り合いよくうまくやろうなどということを続けて行けば、城中の緊張感が緩み、いずれは黒田家の土台を崩すようなことになる。わしが悪かった。したがって、和を重んじつつもしたがって、これからは"和して同ぜず"に方針改めてくれ。よいな」
「わかりました」長政も頭がいい。父親の言うことがよくわかった。そして、
(言われてみれば、わしも良い殿様だと言われようとして、評判ばかり気にして家臣の顔色を窺うようなことがなかったとはいえない。父の言うことは正しい)
 と思ったからである。以後、長政は"和して同ぜず"という父親の言葉を守った。決めなければならないことはビシビシ決断した。
(挿絵)大和坂 和可

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