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コラム:地方の眼力

【小松 泰信(岡山大学大学院 環境生命科学研究科教授)】

2017.11.22 
安倍独裁制と立憲デモクラシーの学び舎一覧へ

 11月19日午前5時25分頃、那覇市泊の国道で米軍トラックが軽トラックと正面衝突し、軽トラを運転していた男性(61)が死亡。沖縄県警那覇署は同日、運転していた米海兵隊上等兵(21)を過失運転致死や酒気帯び運転の疑いで逮捕。同容疑者は容疑を認めている。県警資料によれば、米軍関係者による交通事故死傷者数は1990年から2016年末で4,106人(死者82人)。(「しんぶん赤旗」20日を要約)。

◆やはり今でも、イヌ・アッチ・ィケーですね

 その夜、NHKテレビ「ニュース7」のトップは、衆院選までして国民に信を問わねばならない〝国難〟を抱えるわが国にとっては、どうでもいいはずの殴った殴られたという大相撲のお話。戦中から今日まで本当の〝国難〟を押しつけられてきた沖縄県の今回の事件は、ベタ記事レベルの扱いでしかなかった。いかなる忖度が働いたことやら。
 沖縄といえば、「しんぶん赤旗日曜版」(19日)が報じたスクープ、鶴保前沖縄担当相の辺野古新基地建設に関わる重大疑惑もトップに取り上げられてしかるべきものである。しかし、まったく触れられていなかった。同紙一面のリード文を紹介する。
 〝安倍政権が強権的に進めている沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設をめぐり重大疑惑が浮上しました。鶴保庸介・前沖縄北方担当相(参院和歌山県選挙区)は大臣在任中、工事参入を狙う業者と大臣室で7回も面会し、陳情を受けていました。業者は面会を仲介した鶴保氏の後援会長に1千万円を超える資金を提供したと証言。鶴保氏自身も業者から選挙支援や飲食接待を受ける一方、業者のために自民党国会議員を紹介し、防衛省へも問い合わせをしていました〟
 なお、毎日新聞(22日)は、氏が「しんぶん赤旗」の報道について「まったく身に覚えがない」と否定したことを伝えているが......
 それはさておき、当コラムが若き日に、政府べったりの報道ばかりし続けていた「日本放送協会=NHK」を揶揄して、NHKとはもったいない。権力の犬故に、〝イヌ・アッチ・ィケー〟と仲間たちと言っていたことを思いだした。
 安倍政権の下で犬化が加速していることは間違いない。(ワンちゃんたちごめんね。恨むならアベ一派を恨んでね)

 

◆「安倍独裁制 本当の正体」見たり枯れ尾花

 その安倍政権の正体に迫った、内田樹氏(思想家)による「安倍独裁制 本当の正体」(『サンデー毎日』、11月26日号)には興奮し、納得した。しかし手強い枯れ尾花であることは間違いない。当コラムの関心に引き寄せて、その要点を整序する。
(1)小選挙区制とありがたき低投票率
 政権交代可能な選挙制度をめざし、「風」のわずかな変化が議席数の巨大な差に帰結するような制度として、小選挙区制は採用された。しかし投票率が低ければ低いほど、巨大な集票組織を持ち、既得権益の受益者たちから支持される政権与党の獲得議席は増える。そのため、わが国の小選挙区制では政権与党が常に圧勝する。

(2)いかに投票率を下げるか
 当然、政権与党は「議会制民主主義はもう機能していない」と、有権者に信じさせることによって投票率を下げることに腐心する。「立法府は機能していない」という印象操作に安倍内閣ほど熱心に取り組み、かつ成功した政権は過去にない。具体的には、質問に答えず、はぐらかし、詭弁を弄し、ヤジを飛ばし、無能大臣に答弁させ、審議時間が足りたと思うと強行採決。臨時国会の召集要請に応えず、国会を解散。これらの一連の行動は、「国会は実質的にはほとんど機能していないので、あってもなくてもどうでもよい無用の機関だ」という印象を国民の間に浸透させるために計画的に行われている。

(3)政党従業員としての議員候補者選び
 議員選考においても、党執行部に抗うことができるような気骨のある政治家は遠ざけられ、執行部の「面接」でお眼鏡にかない、トップダウンに付き従う「ロボット」としてのサラリーマン議員候補者たちが、政党従業員として大量に採用される。

(4)首相が「私は立法府の長である」と言明する国家は独裁制
 立法府が「国権の最高機関」としての威信を失えば、行政府の力が強まる。立法府と行政府が別の機関であるような政体が「共和制」、同一の政体が「独裁制」。よって緊急事態条項が自民党改憲草案の「目玉」となる。なぜなら、民主的手続きによって独裁制を成立させる手順を明記したものだから。「独裁制への移行」は着々と準備されている。しかし、悲しいかな国民の反応は極めて鈍い。

(5)若い有権者には、自民党が作ろうとしている独裁制社会に特別な違和感はない
 若い人たちはトップが方針を決めて、下はそれに従う。そのような「株式会社のような制度」しか経験したことがない。それが、彼ら彼女らが子どもの時から経験してきたすべての組織(家庭、学校、部活、バイト、就職先など)の実相である。

(6)空疎なセレモニーの場としての国会
 政権与党の目標は、国会は立憲デモクラシーのアリバイ作りのための空疎なセレモニーの場であり、議員たちは「選良」というにはほど遠い人物ばかりである、という印象を国民に刷り込むこと。これは日々成功し続けている。

 「そういう文脈の中で見ると、安倍政権のすべての行動が周到に準備されたものであることがよくわかるはずである」

 

◆立法府を良識の府として再興する-協同組合は立憲デモクラシーの学び舎-

 内田氏は、まずなすべきこととして「立法府を良識の府として再興する」ことをあげる。具体的には、選挙制度の改正と7条解散の廃止である。これに三つの努力目標を加えている。うち二つの目標は、協同組合が独裁制に対峙する組織としての意義を有していることを示唆している。
 まず注目したのは、
〝「すべての社会制度は株式会社のように組織化されるべきだ」というのは理論的には無根拠で、実践的には破綻しかけている一つのイデオロギーに過ぎないことを明らかにすること〟、そして
〝「株式会社モデル」は営利目的の組織には適用できても、存続することそれ自体が目標であるような集団(親族や部族や国家)には適用できない〟
との指摘である。
 〝農は国の基〟とするならば、地域、国土に根ざしたJAなどの第一次産業関連協同組合は、存続することそれ自体を根源的目標に据えるべき組織といえる。
 もう一つが、〝人々が対話を通じて意見をすり合わせ、合意形成し、採択した政策については全員が責任をもってそれを履行するという社会契約〟、換言すれば「立憲デモクラシー」が日本社会でまだ始まってさえいないことを認め、起動させるしかない、という指摘である。
 協同組合は〝組合員が対話を通じて意見をすり合わせ、合意形成し、採択した方針については全員が責任をもってそれを履行〟することをめざす組織である。このことは、協同組合が立憲デモクラシーの学び舎であることを意味している。
 その責任は尊く重い。その責任を放棄し、安倍独裁制に追従することは自死であり、未来に対する犯罪でもある。
 「地方の眼力」なめんなよ

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