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シリーズ:農業協同組合に生きて―私の農協運動史―

2017.05.29 
【JA富山中央会前会長 穴田甚朗氏】常に協同組合の精神忘れず一覧へ

現場の声を踏まえたJAの運営を
「農協とは何か」常に問いかけ

 JA富山中央会前会長の穴田甚朗氏は昨年6月、任期を1年残し、改正農協法の施行による自らの手によるJA改革やTPP交渉の大筋合意などから「一つの区切り」として退任。昭和40年から今日まで、県信連専務、JA高岡市の組合長などの重責を担う一方で、地元JAの非常勤理事としても活躍し、常に現場を大切にしてきた。「JA解体」とも思える政府の動きから、「農業協同組合が将来どうなるか」と頭を悩ます穴田氏に、50年間の「農協運動史」を語ってもらった。

◆研修会で農協論を

 ――農協との関わりは、どのようなきっかけですか。

JA富山中央会前会長 穴田甚朗氏 昭和40年に大学を卒業しましたが、当時、なかなかよい就職先が見つかりませんでした。農家の長男でもあったので、祖父の勧めや、母が農協の女性部の世話をしていたことなどから、富山県信連に職を得ました。専攻が法律だったので、農業のことを知るため、先輩に勧められて近藤康男の『農業協同組合論』を読んで勉強しましたが、その影響も受けて、信連に入ってから労働組合にも関わりました。
 その中で、労働組合も農協も自分のためだけにあるのではなく、みんなのため、社会のためにある組織だということを学びました。いまも農協は、事業についての研修は盛んですが、「農協とは何か」について教えることが少ないように思います。農協は新人職員をすぐ現場に配置しようとしますが、もっと研修の時間をかけて、協同組合とはなにか、どこが株式会社と違うかなどをじっくり教える必要があります。
 中央会会長のときは、さまざまな研修会の開会のあいさつの際に30分くらいの時間をもらい、あいさつをかねて協同組合や農協のことについて話をするようにしました。また、農協の組合長のときは組合員の集会や会議、座談会などには可能な限り出席して話を聞きました。当時、農協は宝石や洋服など、必ずしも必要ない物を組合員に販売し、組合員やその家族から不評を買っていました。また肥料や農薬の価格が高いとか、座談会では農協への批判がほとんどで、回数を重ねるほど農協へのイメージが悪くなるという状況もありました。
 そんな意見が出たときは、「組合員であるあなた方がつくった組合ではないか」と説明し、納得してもらうまで話しました。その一方で、私の担当する地区は市街化地域であり、座談会で、水稲にプラスして小さな面積でもできる農業はないかという話が出て、マスクメロンの栽培を始めました。特にそのときの支店長、それに女性部員が乗り気で、私の所有する農地5aほどを提供し、2棟のハウスを建て、生産しました。こうしたことが組合員が農協に結集する力になったのだと思います。
 こうした活動がきっかけになって青色申告の会や生活・生産のさまざまな組合員の組織ができました。さらにこの活動を伝える広報誌を支店で出そうという話に発展し、支店だよりの発行を始めました。当時のことですから、ガリ版刷りの素朴なものですが、「支店の広報誌がおもしろい」と評判になりました。今の支店の協同活動の原点だったと思っています。

◆創意工夫生かして

 ――そうした組織づくりの活動や県信連の仕事が評価され、組合長に推薦されたのですね。農協の組合長として運営する立場になって、どのようなことを感じましたか。

 県信連の専務として任期半ばでしたが、非常勤理事として農協の経営を見ており、また支店での取り組みを全体に広げたいという気持ちがあり、引き受けました。組合長になって感じたことは、事業改革しなければならないことが多くあるということでした。事業運営にメリハリがなく工夫が不足だと感じました。このため職場の指揮命令系統を明確にするとともに、事業を効率的に進めるための目標管理の徹底に努めました。
 経営の無駄をなくすには工夫が必要です。例えば肥料や農薬の在庫管理。一時、大量の在庫に対して、予約購買の徹底と、16支店での扱いを2つの資材センターに集約し、配達は農協出資の別会社で対応するなど、経営の効率化を進めました。不便になるといって苦情もありましたが、予約いただいた資材はきちんと配達するなどで信頼を得たのだと思います。
 当たり前のことですが、農協は誰のものかと、座談会などで常に組合員に問いかけてきました。それが農協の理念です。実践を通じてそれを実現していくことが大事です。その中で介護事業にも取り組み、農産物直売所も設けました。
 もともと米地帯で、直売所がスタートしたころは米一辺倒でした。ほんの一握りの専業農家と女性部が、野菜を細々と作っていた程度です。そこで最初は、農家が作った野菜で余ったものを農協で集め、スーパーに卸すことから始めました。これが喜ばれ、次第に生産される野菜が増えて、その後JC総研の指導で空き店舗を改装した本格的な直売所を設けました。当初700~800万円程度だった売り上げが、今では4か所の小規模直売所を含め、約4億円に達するまでになりました。
 直売所の運営は直売委員会が当たりますが、この委員長に組合長である私がなりました。直売所は生産者が自主的に運営するのが基本ですが、手数料や売れ残りの扱いなどを巡って、ともすれば農協との意思疎通ができず、それが大きな障がいになることがあります。この点で、組合長が生産者と常に接していることで、現場にどんな問題があるのかを実感としてつかむことができると考えています
 100%組合員の要望を聞くことはできないかも知れませんが、組合員がどんな悩みや不満を持っているかは十分につかんでおく必要があります。そしてできないことは、はっきり、できないと応える。これが組合員の信頼を高めるために大事なことだと思います。
 また、何事もそうですが、特に一つの新しい事業を行なうには創意工夫が必要です。農協の組織・事業はお金でなく、人と人のつながりでできているところに協同組合としての素晴らしさがあります。そして限られた人が利益を上げるのではなく、皆が公平に儲かるようにするにはどうするか。いまこそ考えるときだと思います。

◆正組合員の教育も

 ――地域の農業は今後どのような方向に進むのでしょうか。

 地域の農業は大別して規模拡大・集落営農・小規模の副業的経営の3つ方向に向かっていますが、一つに偏るのではなく、それぞれの経営に応じた政策が必要です。ただどの方向も根底には協同組合があるということを忘れてはなりません。
 その組合員が高齢化し、世代交代が進んでいます。正組合員であっても、新しく組合員になる人はほとんど勤め人で、農業の知識に乏しく、親に任せていたため農協とのつきあいもありません。高岡市農協ではこうした新組合員を対象に、4月と10月の年2回、新規加入正組合員セミナーを開き、農協の理念や組合員の権利・義務などの周知を図りました(現在は年1回の開催)。こうした正組合員の後継者をどのようにして農協と結びつけるかが重要です。
 集落の生産組織は2つのタイプがあります。一つは集落営農組織が全ての作業を行なう、もう一つは重要な作業以外は委託した農家が行なうケースです。全て受託するケースでは、委託した農家は農作業から離れて土地持ち非農家になります。これは正組合員としての意識の希薄化や減少につながり、農協としては避けたい方法です。農協では、農作業を受託する農協出資の法人(株)JAアグリサポート高岡を設立しました。それぞれの経営状況に応じてサポートしますが、できるだけ作業受託を主力にして、水管理や畦畔の除草は委託者にやってもらうようにしています。

 ◇   ◆

 昭和40年から約50年間、農協の仕事をやってきましたが、75歳の今も自分で農業をやっています。「たんぼしている」ことで農家の気持を共有できます。それが農協と組合員の信頼関係につながるのではないかと思っています「縦横考慮」を座右の銘にしています。早急に結論を求めたり、一方的な考えに同調したりするのではなく、何事もあらゆる角度からみて、じっくり考えようということです。

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