JAの活動 シリーズ詳細

シリーズ:今村奈良臣のいまJAに望むこと

【今村奈良臣・東京大学名誉教授】

2017.07.29 
第25回 三春農民塾の歴史・現状・そして将来一覧へ

 今回は三春農民塾の歴史・現状・将来について述べてみたい。恐らく全国各地の農村・山村の皆さん、そしてJAの指導者にとっては、地域興しにとってなにがしかの役に立つのではないかと思い紹介しておきたい。

◆三春・滝桜の底力に想う

今村奈良臣 東京大学名誉教授 福島県三春町と言っても知らない人は多いと思うが、「三春の滝桜」と言えば知らない人はいないのではないかと思うほど有名である。その「滝桜」のあるのが三春町である。例年、4月半ば前後の桜の季節になると、テレビ、新聞、雑誌などで必ずと言ってよい程に「滝桜」の見頃についてPRしてくれている。
 私にも「今年は4月半ば過ぎが見頃ですが来られませんか」と三春農民塾の皆さんから誘いがあった。私も天皇陛下と同い齢でもあり、また家内を長年の患いのうえ昨年亡くしていたこともあって出不精を決め込んでいたが、久しぶりに滝桜に会いたいという気持が高ぶり出かけることにした。久しぶりに滝桜と対面したが、その花の見事さを改めて痛感するとともに、町役場の担当者と農民塾のOBの計らいで囲いのそばまで行くことができ、改めて樹齢1000年というその巨大な幹周りや根元まで観察することができた。
そこで発見したのは、樹齢1000年の巨木の根元はかなり空洞が広がっていたが、その空洞の中から3本のたくましい深緑色に見える次代の太い根というか幹が伸びてきていることに気づいた。
 これまで何度も滝桜を尋ねたものの、滝桜は遠くからその姿と美しさを眺めるものだと思い込んでいたので、これまで発見できなかったものを発見した喜びに浸ることができた。滝桜の偉大さ、そして自然力の偉大さを農業も学ばなければならないと想うと同時に、原子力発電所の自然(大地震、大津波というような)のエネルギーの前の無力さ、そして人智で防げなかった放射能禍の惨たんたる現状。いまなお福島県下の多くの地域はなお放射能汚染に悩まされており、三春町はやっとそこから脱出できたという現状にすぎない。
 滝桜の美しさを賞でながら、こういうことが私の頭をよぎるともに、滝桜が子孫をたくましくかつ力強く生み出しているのをみて、中断していた三春農民塾を再開し、三春の町に新しい農業の方向づけとそれを担う次代の青年を育てなければならないのではないかと痛切に考えた。
 こういう私の感想を述べていたら、三春農民塾のOBの皆さんと鈴木義孝町長から三春農民塾を再開し、7月7~8日両日に講義と現場視察と討議を深めてもらいたいと言ってきた。もちろん、「やりましょう」と即答した。
 
◆再開した三春農民塾での講義

 講演会を前にして、町内各地区の農民塾生たちが核になって造った「田んぼアート」を視察した。(1)「鷹巣」田んぼアート、(2)「斉藤」田んぼアート、(3)「上舞木」地区の「ファームパークいわえ」の3カ所に多彩な色を表現できる稲を巧みに組み合せて、見る者を楽しませる絵を水田に描きあげていた。カラー写真でここでは表現できないのが残念だが、三春町の特産品である「三春駒」や「滝桜」をはじめとする多彩な絵柄をさまざまな水稲品種の色で描きあげていた。
三春には棚田が多いことも幸いして、丘の上から眺められる場所が多く、小学生や幼稚園児までが町内の父母たちと打ちそろって見て回り、優秀作品に投票している姿を見ることができた。次代を担う子供達への農業に目覚めさせるのに役立っていると思った。
 さて、農民塾の講義は、そのテキストとして、本欄で私が書いてきた<JAの活動シリーズ 今村奈良臣のいまJAに望むこと>の既刊21回分をコピーしてもらい、出席者全員(出席者は農民塾OB、農民塾入会希望者、町長はじめ役場職員、農業委員会・JA関係者等65名)に配布し、この中から必要と思われるのをいくつか取り出し、講義のテキストとしながら話を進めたが、それについてはここでは省略する。

◆ホタルを育て、増やそう

 三春町は周知のように平成23年3月11日の東日本大震災で崩壊した福島第一原発の事故による大量の放射能物質が放出されたため、農林産物の放射能汚染とのたたかいに、いち早く取り組んだ町でもあった。"三春の里ベクレルセンター"を設置し直売用や市場出荷用あるいは自家用に至るまで徹底して測定し、安全・安心の路線を徹底してきたことは私も知っていた。
 こういう活動とは別に、農民塾の講義の中で、"ホタルの里"をふやそうと提言した。これは、ホタルが飛び交う里であるならば、放射能の心配は要らないだけでなく、三春を"滝桜の里"に加え、"ホタルの里"という名所を作り、都市の人々にも"いこいの場"を提供するだけでなく、"ホタルの米"というのを作ったらどうかと提案した。
 この提案の背景には『季刊地域』(農文協刊)、No,30(2017年夏号)で読んでいた、石川県白山市(旧鳥越村)渡津町の米専業農家、大田豊さん(68歳)の実践の記録と、たゆまざる努力の過程を読んでいたからである。私はまだ大田さんにお会いしたことはないが、かつて若いときに鳥越村は訪ねていたことがあるので、その景観はまぶたに浮かぶが、もちろん最近の状況や大田さんの活動は知らない。しかし大田さんの涙ぐましい努力、工夫、その上での米づくりで、ゲンジホタルに加えヘイケホタルが乱舞する地区になっている。6月下旬から7月上旬にかけては人口僅か35人のムラに毎日1000人以上の人々が訪れるムラになり、また5kg4000円の「渡津蛍米」は全量直販でまたたく間に売り切れてしまっているという。是非とも『季刊地域』No.30をひもといてみて欲しい。
 そういう「ホタルの里」を三春町にも作ってほしいと提案した。
 そうしたら、三春農民塾第一期生の塾頭をしてくれていた石井忠憲君が「私の方でもホタルが育つよう、用水路は完全コンクリートにしないで半分土水路にしてあり、ホタルも舞うようになっている」との返事が返ってきた。
 石井君の地区は三春町の中では一番奥の高い地区で、かつては放射性物質の数値が町内ではもっとも高いと言われた地区とされていたが、そこからホタルの里ができあがれば、ますます環境問題を考えるうえでも米づくりのうえでも良いのではないか、と私は思った。ついでながら石井君の地区では「三匹獅子の踊り」(これは中学生が伝承することになっている)がいまだに保存・伝承されていることを私は記憶している。

◆ブルーベリー観光農園の展開

 三春の農業・農村にとって新しい動きは、ブルーベリー園の素晴らしい展開である。
 三春農民塾での講義の翌日、ブルーベリー園の視察を行った。
 ブルーベリー園についての詳細については次回述べるが、現在までのところ、さくら湖(三春ダム)を囲んで4農園が立地している。私が訪ねた7月8日(土)は酷暑の天候であったが、郡山市や福島県内はもちろん、遠くは仙台や東京からもファンが殺到していた。生食用の摘み取りだけではなく、ジュース、ジャム等々の加工品もこれからさらに伸びていくのではないかと考えている。
 しかし、まだ、詳細な調査はできていないので次の機会に考察を深めたい。

一覧はこちら

このページの先頭へ

このページの先頭へ