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JAの活動:今村奈良臣のいまJAに望むこと

第26回 三春の農業をブルーベリーを起爆剤に改革する2017年8月5日

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今村奈良臣・東京大学名誉教授

 今回は、福島原発の放射能汚染を苦渋の末、乗り切り乗り越えてブルーベリーを町農業再建の起爆剤として育てあげつつある三春町のブルーベリーをめぐる活動を紹介することにした。

◆小学校副読本を見る

 「三春町でブルーベリーが作られるようになったのは、なぜでしょうか。
 平成12年ごろの三春町の中には、使われていない畑がいくつもありました。その畑を使って、三春町で「新しい作物を作れないか」と農家の人たちが考え、スタートしたのが「ブルーベリー作り」です。

○ブルーベリー作りをさかんにする取り組み

 7軒の農家が共同で「ブルーベリー作り」をスタートさせました。今では全体で約10,000本の木が植えられるまでになっています。三春町のブルーベリーを栽培している農家がみんなで協力できることがたくさんあります。
 ●三春町に合うブルーベリー作りの方法を考えること
 ●ブルーベリーを広め、売り出していくための方法を考えること
 今では、夏の間に5000人をこえる観光客がブルーベリー園をおとずれているそうです。
 ブルーベリーは、三春町の新しい特産物の一つとなっています。
 以上は『小学校3・4年、社会科学習しりょう わたしたちの町 三春』(三春町教育委員会)の初めの部分を引用させていただいたものであるが、このあとに続けて「ブルーベリーを育てる仕事」の内容や「1年間の仕事のながれ」、さらにいくつかのブルーベリー園を写真入りで紹介、販売用パッケージやジャム、ドリンクなどを写真入りで紹介し、ブルーベリー園の園主たちのインタビューが紹介されている、つまり、作るところから食べるまでの一連の過程が小学校3・4年生の副読本で紹介され、子どもたちの関心を呼びさますとともに、将来、三春の町で何をすべきかということを、小学3・4年生に考えさせる仕組みになっている。

◆ブルーベリー園の現状

 まず、三春町でどれだけのブルーベリー園があるか、樹の本数、作付面積、来園者数などについて昨年(平成28年)の資料だが、まずは一覧表で示しておこう。その多くは、三春ダム(愛称さくら湖)の周辺の景観の良いところに立地している。

三春町ブルーベリー園一覧

 その理由は後述するが三春ダム工事に関連して県営農地(畑地)造成事業が行なわれ、その有効活用の有力な作物としてブルーベリーが選択されたということがある。もちろん、それだけでなく、この地域の畑地には養蚕のための桑そしてタバコなどがかつては盛んに栽培されていたが、貿易の自由化で生糸の暴落、また煙草消費量の激減の中で、桑畑、煙草畑の激減・衰退とともに荒廃地になりつつあった。そういう畑に着目して栽培を始めたのがブルーベリーであった。

<ブルーベリーの里、三春をめざして>
 さて、平成28年度『豊かなむらづくり顕彰事業』が福島県・福島民友新聞社主催で開催されたが、その中の「農業生産部門」に三春町の『三春ブルーベリー倶楽部』(生産者団体)が表彰された。その表彰の一文を紹介しておくことが三春のブルーベリーの概況を知るうえでふさわしいと思う。以下、紹介・引用する。
 「"ブルーベリーの里 三春"を目指して」
 三春町では、平成14年から耕作放棄地解消としてブルーベリーの植栽が始まり、町内の摘み取り園が連携して「ブルーベリーの里三春」をキャッチフレーズに、平成22年に「三春ブルーベリー倶楽部」を発足しました。しかし、その翌年に東日本大震災が発生し、原発事故による風評被害を受けました。このようななか、倶楽部では、いち早く、園地の除染作業を行うなど、安全な生産体制の確保に努めました。その結果、栽培の実績や園地除染の成果が認められ、平成27年には、一般社団法人日本ブルーベリー協会が主催している「ブルーベリー産地シンポジウム in 福島・三春町」が開催され、全国にその名が知られるようになりました。また、三春の観光は三春滝桜を中心とした春季の観光客が主流でしたが、ブルーベリー摘み取り園の開園・知名度の向上により「三春の夏にはブルーベリーの摘み取り」というイメージが定着し、来園者が町内の他の観光名所も訪れるなど、人の流れが生まれ、地域の活性化につながっています」。

<除染への取り組み、その苦衷>
 うえに述べられているように、現在の三春のブルーベリーの盛況の陰には3・11原発放射能汚染との闘いが実に多くの苦痛と官民一体の努力が裏打ちされている。要点のみ絞って記録しておこう。
平成23年のブルーベリー果実のモニタリング検査では、三春町の3園はいずれも暫定規制値を下回ったが、風評被害による影響が大きかった。そのため除染対策を練り直した。除染方法は他の果樹のように高圧洗浄や樹皮削りが困難であることから、放射能物質が多く付着した旧枝(主軸枝)のせん定による除染を実施することとした。この方法は全国で実施するとともに次の活動を全力をあげて進めてきた。
 (1)園内の空間線量の低減(摘み取り園への集客対策)、(2)風評被害を払拭するためのPR活動、(3)放射性セシウム濃度が高いバークから低いバーク資材への入れ替え。このような骨の折れる活動を官民一体となって推進するなかから、安全・安心なブルーベリー摘み取り園が今日の姿で実現し、一段と来客数が、今では増えてきているのである。

<さくら湖=三春ダムの30年>
 三春のブルーベリー園の多くは、美しい景観のさくら湖の周辺に展開している。
 7月8日の三春農民塾講演の翌日、暑い陽射しの中を私はブルーベリー園を案内してもらった。いずれの園も暑い中にもかかわらず摘み取り客が土曜日とあって、子供連れではしゃぎながら摘み取りに熱中していた。車のナンバーをみると郡山市や福島ナンバーがもちろん多かったが、宮城や埼玉、東京ナンバーの車もあったので驚いた。
最初に訪ねた「かおるブルーベリー園」はさくら湖のすぐ脇にある三春町が設立した「三春の里田園生活館」(食事もでき温泉もあり宿泊でき農産物直売所も併設されている)に隣接するように立地しており町内でももっとも作付面積が多く、樹種も早生から晩生に24品種にわたり、かつ加工品も多数に生産されていた。
 次の「滝桜湖ブルーベリー園」は、さくら湖を眼下に見渡せる景観の良い傾斜地というか丘の上に立っており、湖から吹き上る涼風を受けながら摘みとることができるようになっていた。
「過足(よぎあし)ブルーベリー園」は親水公園に近い自然豊かな広大な丘に囲まれた立地で「かおるブルーベリー園」とほぼ同じ広さの2番目に広い樹園を組合員7戸で経営・管理しているところに特徴があった。
最後の「むなかた農園」はさくら湖からは離れているが、近くに「三春ハーブ花ガーデン」やラベンダー畑も隣接しており、ブルーベリーの摘み取りだけではなく、花好きの女性なども多く訪れているようであった。
 以上のような4つの農園しか今回は訪ねることができなかったが、原発放射能汚染問題、風評被害等の苦難を完全に乗り越えて、ブルーベリーという新しい作目の開発を通して新しい段階に到達し、さらなる展開を見せようという起爆剤になっていると痛感した。特に4つのブルーベリー農園を視察するなかで、どの園でも子供たちのうれしそうな楽しそうな笑顔が私の胸に快く響いた。この子供たちの歓声がどこの農村でも響いてもらいたいものだ、と痛感した。
 それと合せて、三春農民塾を30余年指導し、人材育成と農業の新分野開発に私なりに指導しかつ努力してきたが、それらがいま新しい姿に変えて稔りつつあることを痛感した。
 三春ダムは新中核地方都市郡山市への用水供給を目指して30余年前に賛否両論の激しい町民の論争を経て建設され、いま「さくら湖」として三春町の貴重な資源、財産になっているが、それを起爆剤にして三春町の自然も資源も農業も、新しい生命が吹き込まれているということを、ブルーベリー農園の視察を通して痛感した。
 全国各地の皆さん、それぞれの町、市、地域ごとにすぐれた資源、先祖から引きつがれた貴重な財産があるはずだ。それを活かし地域の活力を生み出す新しい次代をつくる人材をふやそうではありませんか。

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