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シリーズ:今村奈良臣のいまJAに望むこと

【今村奈良臣・東京大学名誉教授】

2017.11.04 
第34回 牛の放牧により中山間地域の農業、林業、景観のすべてを蘇らせる一覧へ

県、市町村はじめ行政組織とJAをはじめ、農村組織は何をなすべきか。

1.はじめに

 私も高齢となり(83歳)足を痛めて農村や山村を訪ねる機会を失ってきていたが、郷里大分県の要請を受け、世界農業遺産(GIAHS)に指定されている国東半島宇佐地域を訪ねるとともに、この地域で和牛を大規模に放牧している永松英治さんの放牧の現場をつぶさに視察するとともに、翌日、「世界遺産を活かし、放牧による豊後牛の声価を世界・日本に問う」という講演を行ってきた。講演会場には女性、特に若い女性の参加者も多く、本欄でも放牧の意義と中山間地域回生の途を説くことが重要であると考え、以下、基本問題を展開してみたい。

2.牛の持つすぐれた7つの特徴・機能

今村奈良臣 東京大学名誉教授 私はすでに25年前から牛の持つすぐれた特質に着目し山地放牧・山地畜産の実態調査・研究をすすめてきたが、それらの研究・調査の成果を踏まえて牛のもつすぐれた特質をはじめに述べておけば次の7つに集約できる。
(1)口は一生研ぐ必要のない自動草刈機
(2)喉は食物を運ぶ自動式ベルトコンベアー
(3)4つの胃を持つが、特に巨大な第1胃は人の食べられない草を栄養素に変える巨大な食物倉庫
(4)内臓は牛乳を製造する精密化学工場(乳牛の場合)
(5)尻は貴重な有機質肥料製造工場
(6)足は30度を越える急坂を登り降りできる超高性能ブルドーザー
(7)1年1産で子孫を増やす
以上、7つのすぐれた機能を備えているが(和牛は第4の機能は低いが、仔牛への授乳の機能はもつ)特にこれらのすぐれた機能、能力を政策論とのかかわりで述べると次のように展開できるだろう。


3.牛は山地の管理人である

急傾斜地に展開し放棄されざるをえなくなった先祖の汗の結晶ともいえる棚田を、その脚と口で見事に甦らせてくれる。実に見事な牧草地に変えてきてくれた事例を、私は全国各地で見てきた。もちろん、棚田だけではなく山畑やみかんの廃園など放棄された果樹園なども牛の脚と口で甦らせてくれている事例を数多くこれまで見てきた。いうまでもないことだが、林地や原野も美しい飼料基地になり景観を取り戻している現場の事例も見てきた。さらに、九州では竹林が猛烈な勢いで増えてきており、特に中山間地域の皆さんは頭を抱えている事例にたびたび出会った。しかし、牛の放牧で竹林を追放している事例をみることができた。牛はタケノコが非常に好物である。タケノコの出る時期に牛を放すと大変な勢いでタケノコを食べるだけでなく、若竹や笹などもすべて食べてくれる。竹林を退治するには牛の放牧しかないのではないかと私は考えている。もちろん、竹林の問題は九州だけではなく中国、四国はもちろん各地の中山間地域ではいまや最大の解決すべき問題になっている。牛の放牧で竹林を退治し、後退させる道を考えてみよう。


4.食料自給率の向上の決め手

わが国の食料自給率は近年さらに大きく低下してきている。自給率向上の方法、手段はさまざまな道があるが、ここではふれない。自給率向上の決め手の一つで、かつ効果の大きいものに、牛の放牧という方法があると確信する。荒廃してきた田畑を甦らせ、牛の飼料源を確保し、かつ輸入穀物飼料を大幅に減らすことができれば、自ら自給率はそれだけ上ることにつながる。自給率向上の決め手の最大の道であると私は考えている。

5.環境にやさしい畜産の実現―世界農業遺産を将来に生かす―

 以上、牛の放牧について直接的効果を述べてきたが、それだけではなく、放牧により環境保全の効果がでてくるとともに、その波及効果として世界農業遺産も保全され、国民の多くに心の安らぎと多彩なグリーン・ツーリズムの場を提供できるのではないか、と考えている。そこで、本論に入る前の序論の一環として「世界農業遺産」について簡潔に紹介しておこう。
 「世界農業遺産」とは、「食料の安定確保を目指す国際組織である国際連合食糧農業機関(FAO)が、2002年に開始したプロジェクトで次世代に受け継がれるべき伝統的な農業・農法とそれに関わって育まれた文化、景観、生物多様性などが一体となった世界的に重要な農業システム(林業及び水産業を含む)を認定し、その保全と持続的な活用を図るもの」とされている。世界全体では2016年1月現在36サイト指定されているが、わが国では実に8サイトの認定を受けている。それらを紹介のみしておくと次の通りである(順不同)。
(1)トキと共生する佐渡の里山(新潟県)
(2)能登の里山里海(石川県)
(3)静岡の茶草場農法(静岡県)
(4)阿蘇の草原の維持と持続的農業(熊本県)
(5)クヌギとため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環(大分県)
(6)清流長良川の鮎(岐阜県)
(7)みなべ・田辺の梅システム(和歌山県)
(8)高千穂郷・椎葉山地域の山間地農林業複合システム(宮崎県)
 ついでながら日本を除くアジアは20サイト、アフリカ6サイト、南米2サイトとなっている。
 農業遺産とその保全などについては後に述べることにして、次回から和牛放牧の実態についての本論を展開しよう。

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