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シリーズ:今村奈良臣のいまJAに望むこと

【今村奈良臣・東京大学名誉教授】

2017.11.11 
第35回 牛の放牧により中山間地域の農業、林業、そして生活環境と景観のすべてを蘇らせよう ―永松英治さんの実践に学ぶ―一覧へ

 1.永松英治さんの放牧の実情を現地に見る

今村奈良臣 東京大学名誉教授 永松さんの和牛の放牧の現地は、国宝・富貴寺の門前町を通り過ぎて、裏山の奥地の急坂を登り詰めたところに広々と開けた斜面に展開していた。
 いまから12年前、大分県の農林水産研究指導センターから3頭の黒牛の妊娠牛を借り入れ、5haの原野(草地)に放牧したことから始まった牧場は、いまでは27haまでひろがり、「電柵と給水所を用意しておけば、放っておいても、仔牛が産まれたので、どんどん牛を増やしていった。」こうしていまでは親牛を65頭を飼育するまでになった。


 2.「永松式」放牧とは

 この「永松式」(大分県北部振興局)と呼ばれている放牧は、年間を通じて母牛と仔牛を一緒に放すことで徹底した省力化を図り、かつ高い収益性を実現している。
 永松さんによると、周年放牧での生産コストは牛舎飼育の3分の1ほどになり高い収益性が実現できるという。しかも、仔牛の価格は60万円程度と牛舎肥育のものに劣らないだけでなく足腰も強いことが評価されかえって高く評価されるという。
 いうまでもないことだが、牧草や野草、笹などを主食としているため、餌をつくる農地や機械は必要ない。牧草や野草が育たない、あるいは少なくなる冬季は稲発酵飼料(WCS)の給餌が必要となるが、それでも、年間の飼料代は親牛1頭当り3万円以下と、牛舎飼育の場合に較べて6分の1以下で済むという。もちろん堆肥作りなどのふん尿処理の必要は一切なく、牧場の至るところに落ちているふんは自然に乾燥し、土に返り、肥料となる。
 牧場に牛舎は無く、牛の首を固定する金属枠のついたスタンチョンが並んだトタン屋根の簡易小舎のような給餌所がある。これは、個体管理をしやすくするために造ったもので、毎日ここで僅かなフスマを与え、牛の健康状態や発情状況を確認するのである。車のクラクションが鳴ると牛たちは給餌所に集まり、給餌所のそれぞれの定位置につく。実に見事に定まった席につくらしい。放牧牛は野生化すると凶暴になると言われているが、永松さんは産まれた直後から牛ときちんとスキンシップをとり、主人には慣れさせているので、牛たちは従順で大変おとなしいと言う。
 雌牛の発情を確認すると、種を付け、10か月で出産。牧場内での自然分娩(ぶんべん)で産まれた仔牛は10か月の放牧のうえで市場に出荷されて、全国各地の肥育農家で飼養され、それぞれの地域ブランド牛となっていくのである。去勢牛はこのようにすべて出荷されていくのであるが、雌牛は母牛として一定数は保有して、牧場の増頭に寄与しているという。
 このように、太陽を浴びながら放牧場でのんびり暮らす牛たちは、病気らしい病気はこれまでほとんどしないし、また、放牧しているために難産はきわめて少ないと言っていた。さらに、離乳時期の仔牛は下痢になりやすいといわれているが、永松さんの牧場ではめったにないという。これも太陽の下で伸び伸びと放牧しているからではないかと、言っていた。要するに「日光に当たりながら、そして草を食べながらのんびり運動しているので健康的で、とりわけ牛にとってのストレスが少ないのが健康の素だと思います」と永松さんは言っていた。


 3.国東半島宇佐地域放牧推進協議会の発足

 このような永松さんの素晴らしい実績を踏まえながら、大分県、地元のJA(農協)や地銀、大学などが一体となって「国東半島宇佐地域放牧推進協議会」が設立され、永松英治さんが会長となり、牛の放牧に全力をあげて推進することになった。
 この地域では、全国の中山間地域と同様、担い手不足による田畑の荒廃が最大の課題となっている。国東半島の4市町村における、戦後の農地開発事業で造成されたミカン園団地などの荒廃地は2535haにおよぶ。これらを放牧によりよみがえらせようと発足したのが上記の推進協議会である。計画によると、2020年度末までにこの地域で645haの土地を確保し、1130頭の繁殖牛の放牧の実現を目指す、産・官・学・金の連携組織である。
永松さんもいまこの運動の先頭を切って、放棄された畑や林野を、ブッシュチョッパーと呼ばれる重機で雑木を除去した後、国東半島の温暖少雨の気候に合ったパピアグラスをはやした牧場に作り変えつつある。このパピアグラスは再生能力に優れ、毎年種子を播き直す必要もなく、和牛の好物という。
こうして、のんびり牛が放牧され、緑鮮やかな美しい景観が広がり、景観の改善に加えて、鳥獣被害の抑制効果も大きい。大分県はシカとイノシシの捕獲頭数が計7万頭(14年度)と全国2位であるが、牛が放牧されていると鳥獣の侵入も防ぐと言われており、世界農業遺産の国東地域も、"景観動物"としての牛もその点からも見直され、富貴寺をはじめとする多彩な文化遺産を見たいという観光客も増えるのではないか、と思われる。
 こういう中で、放牧を行いたいという新規就農希望者がいまでは2組の夫婦もでてきており、さらに希望者が増えつつあると聞いている。その具体像が判ればいずれ紹介したい。


 4.富貴茶について補足

 永松さんは、牛の放牧に取り組む前は富貴茶園を経営していた。傾斜地に見事な茶園を造成、経営していて、銘茶を製造・販売してきた。その茶園の景観を写真で示すことができないのが残念だが、自園自製の「富貴茶」という銘茶を作っている。もちろん"JGAP"を取って安全・安心でかつ美味のお茶で、その製造・販売は奥さんのまりさんが責任者として二人三脚で経営している。私も"特上深蒸し茶"を頂いたが、実に美味芳香であった。お茶のことにふれたのは宣伝の意味ではなく、この国東地域は、牛だけではなく農産物は何でも出来るということ、また国宝富貴寺をはじめ古い歴史の香のただよう文化の蓄積に富んでいることなどの相乗作用を重ねつつ、放牧を突破口に新しい道を切り拓いてほしいと考える次第である。もちろん、日本のどの地域も歴史や文化の蓄積、そしてすぐれた農業の基盤を持っているはずである。荒れ果てた山野に牛の放牧という手法を通して地域農業を興す突破口を見出し地域興しに全力をあげてもらいたい。

〔注記〕
イノシシやシカという野生動物をいかに調理して、国民の皆さんに食べていただくか、ということを多彩な実践的研究会を重ねつつ普及に努力しているのが、私が理事長をつとめている「都市農山漁村交流活性化機構」(愛称は「まちむら交流きこう」)である。また、「第16回農林水産物直売サミット」(来年の2月1日~2日に松山市で開催)の開催をはじめとして、農業の6次産業化の推進や廃校の活用など、多彩な活動をしている。感心のある方は下記へアクセス願いたい。

(一社)都市農山漁村交流活性化機構(まちむら交流きこう)
○住所:〒101-0042 東京都千代田区神田東松下町45 神田金子ビル5F
○TEL:03-4335-1981(代)
○FAX:03-5256-5211

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