JAの活動:新世紀JA研究会 課題別セミナー
【覚醒】尊厳ある農業就業実現を2018年4月13日
◆農業者の労災保険改革を
農業者の労災保険には、(1)特定農作業従事者、(2)指定農業機械作業従事者 、(3)中小事業主等の3種類あります。この3種類を合計した平成26年度末の農業者の労災保険の加入者数は12万3000人(北海道を除くと6万8000人)です。この加入者数は、農業就業人口226万6000人(北海道を除くと216万4000人)のわずか5.4%(北海道を除くと3.2%)、認定農業者数23万8000人(北海道を除くと20万7000人)の51.7%(北海道を除くと33.0%)に留まっています。すなわち、認定農業者でも労災保険加入率は北海道を除く、全国で3人のうち1人に留まっています。
現在、働き方改革をめぐる政策論議が大きな焦点になっていますが、農業者の労災保険は任意加入に留まり、一般の労働者に比べて公的支援が極めて貧弱です。このため、農業者は農協等の協同組合共済や民間の保険への加入で農作業リスクへ対応しています。
公正な政策理念の観点からは、(1)インフラ(基盤)としての公的支援(政府の農業者労災保険)があり、(2)それを2階建て部分として補完する協同組合共済(JA共済の『農作業中傷害共済』等)や民間保険が位置づけられるべきですが、このような仕組みになっていません。
この政策的な歪みを是正する第1ステップとしては、認定農業者には任意加入ではなく、「加入メリットが実感できる労災適用条件の拡充・整備(例えば、"特定農作業従事者"が業務災害で『補償の対象となる範囲』として明示されている現在の"農作業場の高さが2m以上の箇所において行う作業"など5項目の適用範囲を限定した規定の見直し・改善)、並びに原則として加入すべき方式」を構想すべきです。
その結果、被災した場合は一般の労働者とのバランスにも考慮した、(a)療養補償給付、(b)休業補償給付、(c)傷害補償給付、(d)遺族補償給付、(e)傷病補償年金、(f)介護補償給付等が給付されることにより、農業者が安心して農業に従事でき、次世代の農業就農への意欲増進効果につながると考えます。
2001年6月に開催されたILO(国際労働機関)の第89回総会は、「農業における安全及び健康に関する条約(第184号)と勧告(第192号)」を採択しました。この勧告のなかで「加盟国は、適当な場合には、代表的な自営の農民団体の意見を考慮して、条約によって与えられる保護を自営の農民に斬新的に拡大するための計画を作成すべきである」、「代表的な自営の農民団体の意見は、...国内政策の策定、実施及び定期的な検討に際して考慮されるべきである」、「特別の保険制度又は基金を設けること」などを明示しています。このようなILOの勧告と対比しても日本の政策面に遅れが見られ、同時に、日本の代表的な自営の農民団体であるJAグループや全国農業会議所グループ等の交渉力強化が問われています。
これに対して、韓国では平成28年1月に「農業災害保険法」が施行され、60億円の予算を計上し、韓国農協中央会が保険事業を管轄し、農家の保険料の半額は国が助成、平成30年度から「農作業安全保険技師制度」という新しい国家資格の創設などに本格的に取り組み、注目されます。
日本では、「農作業安全対策」は農林水産省が取り組み、「農業者の労災保険」は厚生労働省が取り組み、省庁間の分断がこの分野の効果的な政策遂行に遅れをもたらしている原因の一つでもあります。例えば、農林水産省は暦年の農作業死亡事故についての実態調査を実施していますが、農作業時の傷害等の実態把握は十分にされていません。一方、厚生労働省は、農作業死亡事故や傷害事故の実態について、農業労災保険への加入者のみに限定した実態把握しかしていません。協同組合共済(『農作業中傷害共済』等)や民間保険は、加入者のみに限定した実態把握に留まっています。
厚生労働省の「労災保険:農業者のための特別加入制度のしおり」には、「労災保険は、本来、労働者の業務または通勤による負傷、疾病、傷害、死亡に対して保険給付を行う制度ですが、労働者以外でも、その業務の実情、災害の発生状況などからみて、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の人については特別に任意加入を認めています。これが、特別加入制度です。」と明示しています。
このような日本における制度設計は、2001年6月に開催されたILOの第89回総会は、「農業における安全及び健康に関する条約(第184号)と勧告(第192号)」を軽視したものであり、韓国における平成28年1月の「農業災害保険法」の施行が21世紀型の制度設計として評価されます。
日本の農林水産省がJAグループや全国農業会議所グループ等と協議を重ね早急に農業者の労災保険の改革案を提案すべきだと考えます。そのような動きが始まると、就業構造が大きく変化するなかで「ひとり親方」と分類される他産業の多様化した多くの人びとの「労災保険」(特別加入)の改革にも連動します。
2015年9月の第70回国連総会で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030年アジェンダ」において「包括的かつ持続可能な経済成長及びすべての人々の十分かつ生産的な雇用(employment)と人間らしい尊厳ある就業(work)を促進する」と明示しています。
17項目にわたる「持続可能な開発目標(SDGs目標)」のうち上記の8番目の項目を座標軸として、わが国の政府は"人間らしい尊厳ある農業就業(farming work)の促進"を農政改革の大きな目玉としてパラダイム転換を図るべきです。
※このページ「紙上セミナー」は新世紀JA研究会の責任で編集しています。
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