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特集:農協があってよかった-命と暮らしと地域を守るために

2018.01.05 
【現地レポート・JA土佐あき(高知県)】「一元集荷」と「共同計算」は農業振興策そのもの(前編)一覧へ

・農協があってよかった-共同販売は農協の原点
・集出荷場を暮らしの拠点に
・団結より他に道なし
・共同で市場の信頼得る

 高知県では各地で生産される多くの園芸作物を高知県園芸農業協同組合連合会(以下、「園芸連」という)が一元集荷し全国の市場に出荷、販売する体制と、多くの品目では販売額を県下一本でプール計算する県共同計算方式も実施している。気候には恵まれているものの、山林が多く農地が限られる高知県では、明治・大正期から生産者が県内各地で園芸組合をつくり、共同販売方式をつくりあげていった。共同販売はまさに協同組合の原点であり、同県の農業振興策そのものともいえるだろう。その現場の声を聞こうと、JA土佐あきを訪ねた。

◆団結より他に道なし

JA土佐あき管内の野菜集出荷場(写真)JA土佐あき管内の野菜集出荷場

 

高知県園芸連創立50年誌

 JA土佐あきの役員室に大切に保管されている一冊の資料がある。『組合と50年』。園芸連創立50周年記念誌である。発行は昭和47年。つまり、園芸連の創立は大正11年(1922)であり2017年に95周年を迎えたということになる。
 記念誌の年表は「1799年(寛政11)藩船の御座水師幾之蒸、堺の百姓久米衛門より胡瓜の種子と作り方を教わり高知市種崎に帰る」から始まる。1893年(明治26)には「高知市池字吹井に吹井土佐園芸組合ができる」と農家組合結成の最初の記録がある。

(写真)高知県園芸連創立50年誌

 

 記念誌によると、高知市種崎を軸として始まった高知県の「園芸熱」は明治の初期から中期にかけてますます盛んになり「風をえた火の如く急速に伸び」、県も蔬菜促成栽培指導所を設置するなど後押ししたことから、阪神市場にも出荷されるようになった。
 しかし、「中間商人の意のなすがままの不利な取引が多くなってきた」ことから「心ある生産者は、...有利販売をなすには団結の力より他に道なしと組合ができはじめ、大正に入ると県としてもこれが結成を推し進めることとなった」という。それから組合ができはじめたが、組合間の調整ができず一市場に出荷が殺到してお互い不利益になったり、売上代金の個人差が出たり、代金回収のトラブルで産地側が泣き寝入りを余儀なくされるなど深刻な問題が出てきた。
長野隆・JA土佐あき代表理事組合長 記念誌は「これらの解決策として考えられた対策は」として行を改め、「組合の未結成地には早急に組合の設立を、結成組合については、単位組合の広域的な組織(化)を進め一本化し有利な販売体制の確立を図る」とした当時の方針を掲げている。そして、園芸連創立にいたるなかで「県園芸発展のためには絶対不可欠、早急実現をさせなければ後世に悔を残す」など関係者の議論があったことも記録している。
 JA土佐あきの長野隆代表理事組合長は「高知県は全国一の森林面積率(84%)のため農地が少なく、当時は輸送も容易ではなく、農産物を一か所に集めていかなければならなかった。園芸連も、作らざるを得なかった、という歴史だと思うが、それによって組合員を守ってきたとみな自負しています」と話す。

(写真)長野隆・JA土佐あき代表理事組合長

 

◆共同で市場の信頼得る

 JA土佐あき管内には現在、園芸集出荷場を独立採算制で運営している7つの生産者組織(支部園芸部)がある。そのひとつ、安芸郡安田町の中芸集出荷場を利用する中芸支部園芸部も、大正15年に誕生した東島園芸組合が始まりだ。
斎藤仁信・本部園芸運営委員会会長 7つの支部園芸部の連絡協議会である本部園芸運営委員会会長でもある齊藤仁信委員長が保存している「四十周年記念行事組合長挨拶」と事務用箋に手書された資料によると、組合結成当時は集荷場もなく、役員が奔走して町から旧学校を借りた、とある。が、農家にリヤカーはなく「背に担って集荷場に運んだ」。鉄道は開通しておらず朝10時1回の土佐商船出航に間に合わせるため、夜間に荷造り作業をしたとも記されている。昔は木や竹で枠を作り、油障子で保温する栽培だった
 高知県の農家が施設園芸に取り組んだのは、少ない農地面積でも日照を活かし収益を上げるためだ。販売代金で10aあたり400万円から500万円、最近では700万円を上げる生産者もいるという。そうした経営を実現できたのも高品質の農産物づくりへの努力とともに、共同で販売してきたからだ。

(写真)齊藤仁信・本部園芸運営委員会会長

 

 「市場に出すのは個人でもできる。しかし、先方から求められるのは安定的な量。共同で出荷し市場の信頼を勝ち取る。それが単価を上げることにもつながります」と齊藤委員長。
 集出荷場は生産者が運営してきた。歴史にみたように農協より古い。場長などのスタッフを雇用し、JAとは事務委託契約を結んで会計処理など実務を動かしてきた。齊藤委員長は「自分たちが運営している」という意識が大事で、農産物の出荷に対して生産者が支払うのは手数料ではなく、自分たちの集出荷場の「運営費だ」と強調する。余剰が出れば返還するが、逆に不足すればメンバーから追加で集める。検査料も販促宣伝費用も自分たちで負担し、販売PRは女性部も担う。
 「これは一人ではできないことです。自分たちが生産に専念できるのも共同販売があるから。出荷すれば生活が保障されるという安心感がある。集出荷場は町民の多くが頼りにしてきた場所です」と齊藤委員長は話す。

 
この続きは【現地レポート・JA土佐あき(高知県)】「一元集荷」と「共同計算」は農業振興策そのもの(後編)をお読みください。

後編では、赤野集出荷場に導入された自動選果機やエコシステム栽培の圃場などの写真や関連記事も掲載しています。

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