【米国大統領選2016】トランプ大統領で懸念される一層の国益譲歩 鈴木宣弘・東京大学教授2016年11月16日
鈴木宣弘・東京大学教授
米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した。TPPから離脱すると主張してきたが、二国間交渉によるさらなる強硬な対日市場開放要求につながりかねない。TPP批准を急ぐ日本政府の姿勢はさらなる国益の譲歩のメッセージではないか、東大の鈴木教授はこう批判するともに、今こそ「一部の企業への利益集中をもくろむ時代遅れのルールではなく共生をキーワードにした経済連携協定の具体像を示すべき」と提起している。(この原稿は11月14日現在で御寄稿いただいた)
国民の「格差是正」「自由貿易見直し」の声が巨大な「うねり」となり、TPP(環太平洋連携協定)破棄を主張したトランプ氏が勝った米国のみならず、日本以外の参加国は、1国として、TPP関連法案を可決していない。つまり、世界中で「やはりTPPは悪い」と証明されつつあるのに、我が国だけが「バラ色」としか言わず、不安の声を抑えつけ、多くの懸念事項について、国会決議との整合性も含め、納得のいく説明は得られないまま、数の力で最後は強行採決すればよいとの姿勢をあからさまにしてきた。このような非民主主義的な国は日本だけである。誰のために政治・行政をやっているのか、このような手続きは日本の歴史に大きな禍根を残す。見え透いたウソとごまかしが平然と繰り返され、まかり通ってしまう、この国は異常である。
しかも、トランプ大統領が決まった翌日(2016年11月10日)というタイミングで衆議院本会議で「強行採決」した。世界の笑い者である。どうしてそこまでしたのか。「東京オリンピックまで続けたい」(さらには無期限に?)という発言に象徴されるように、「米国に追従することで自らの地位を守る」ことを至上命題としてきたのが官邸である。「まず、TPPレベルの日本の国益差し出しは決めました。次は、トランプ大統領の要請に応じて、もっと日本の国益を差し出しますから、見捨てないで下さい。」というメッセージを送っているのである。すでに、TPPの米国の批准を後押しするために、水面下で国益を差し出し続けてきていた。それを加速して、トランプ大統領のご機嫌取りに奔走するつもりだろう。
◆「自主的に」米国要求に応え続ける「アリ地獄」
すでに、駐米公使が「いま条文の再交渉はできないが、日本が水面下で米国の要求をまだまだ呑んで、米国の議会でTPP賛成派が増えるようにすることは可能だ」と漏らしていた(『IUST』2015.11.24)。例えば、米国の豚肉業界は、「日本が関税を大幅削減してくれて輸出が増やせてありがたいと思っていたら、国内対策で差額補填率を引き上げるという。それで米国からの輸入が十分増えなかったら問題だ。その国内対策をやめろ」と要求してきている。新薬のデータ保護期間についても、水面下で実質12年を各国に認めさせる交渉が進んでいた。
トランプ大統領の誕生で大統領選後のオバマ政権のレームダック(死に体)期間に米国がTPPを批准することも困難になったが、トランプ新大統領は、「TPPには署名しない。2国間FTAでよい」「日本の負担が足りない」ということだから、日本が一層譲歩させられた日米FTAが成立しかねない。この流れに自ら喜んで応じようとする決意表明をしたのが、今回の強行採決とみてよいだろう。今後、さらに「売国行為」が加速される危険性を認識しなくてはならない。
そもそも、農産物関税のみならず、政権公約や国会決議で、TPP交渉において守るべき国益とされた食の安全、医療、自動車などの非関税措置については全て譲り終えていて、これらはTPPが発効しなくても、日本が「自主的に」行った措置として、もう実質的に発効しているのである。つまり、2国間の力関係で、ずるずる押し込まれている。今後はさらにこの流れは強まる。「日本の負担が足りない」と言っているトランプ氏のために、TPP水準に上乗せする追加譲歩リストを日本政府はもう作成しているだろう。
◆食の安全、関税撤廃-さらなる国益差し出し
食品の安全基準は、TPPでなくても、2国間の力関係で決まる最たるものだ。日本のTPP交渉参加を認めてもらうための米国に対する「入場料」交渉や、参加後の日米平行協議の場で「自主的に」対応し、すでに次々と緩和を受け入れている中で、「自主的」措置として、今後は、TPPでなくても、さらに日本から譲歩する格好の分野として、トランプ新政権下でも差し出しが続くことになるだろう。
非関税措置については多くがすでに実質的に発効しているが、農産物合意については、FTAなどを結ばないと発効しない。米国農業団体は、新政権下でもTPPを進めてほしいと声高に表明している。せっかく日本から、コメも、牛肉も、豚肉も、乳製品も、「おいしい」成果を引き出し、7年後に再交渉も約束させていたのだから。いみじくも、「(トランプ氏は)おそらくTPPの中身について詳しく知らないんだと思うんです。(TPP不成立なら)アメリカの農業にとっては、せっかくのチャンスをみすみす失うことになる」と朝日放送のインタビューで自民党TPP対策本部議員が述べている。
だから、「日本への負担増」を付加した2国間FTAへの移行も含めて、事態は悪化しかねない。このことを肝に銘じておくべきである。ずるずると米国の要求に応え続ける姿勢から脱却し、真に国民の将来を見据えない限り、問題は永続することを忘れてはならない。 なお、日本の経済界がいまもTPPに固執するかのような発言をするのは、過去の2国間FTAでアジア諸国などに徹底した投資・サービスの自由化(対等な競争条件)を強要したが、まだ不十分だったので、それがTPPで強化されることに期待した側面がある。過去の多くのFTAの事前交渉に参加した筆者は、日本の経済界の露骨な要求を、途上国の人々を人とも思わないような態度で罵倒して突きつける日本政府(関連省庁)の交渉姿勢を非常に恥ずかしく情けなく思った。TPPでの米国の態度と、アジアとのFTAでの日本の態度と要求事項は実はそっくりだった。
いまこそ、TPPのような一部の企業への利益集中をもくろむ「時代遅れ」のルールではなく、「共生」をキーワードにして、特に、食料・農業については、零細な分散錯圃の水田に象徴されるアジア型農業が共存できる、柔軟で互恵的な経済連携協定の具体像を明確に示し、実現に向けて日本とアジア諸国が協調すべきときである。思考停止的・盲目的な米国追従から脱却するには、アジアと世界の人々の共生のためのビジョンと青写真を早急に提示することが不可欠である。
(写真)MICHAEL VADON提供
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