農政:時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す
(100)TPPを日米安保から考える2015年11月5日
柴田明夫氏によると、10月5日大筋合意されたというTPPの農業分野の「今回の合意内容を眺めると、2014年4月の日米首脳会談で大筋合意されていたともいえる。…ほとんどのメディアは『大筋合意できず』と報道していたが、これに対して読売新聞だけが1面で『大筋合意』と伝えるなど、見方が真っ二つに分かれた。真実は、ほぼ今回の内容で、大筋合意されていたのだ」という。
◆臨時国会を開け
「では、なぜ合意の事実を隠したのか。思えば、当時は尖閣諸島をめぐり中国との摩擦が激化していた。安倍晋三首相は、『尖閣は日米安保条約第5条の対象範囲』という発言をオバマ大統領から引き出すために、牛肉・豚肉、乳製品を差し出すことで合意した、というのが真相らしい」そうだ。
本当にそうなのだろうか。早く臨時国会を開いて交渉経過をつぶさに点検し、真相を明らかにしてもらいたい。
◆日米安保の問題性
日米間の経済摩擦問題の解決には、いつも日米安全保障条約がからんでくることは、前から指摘されていたことではあるが、この点についての吉岡裕氏の指摘をいささか長文になるが紹介しておこう。日米安保条約の問題性の理解を深めておく必要があるからである。
「ヨーロッパ諸国がNATOを通じて、米国との間に相互安全保障条約を結び、外敵の侵入に対し相互に軍事的に援助しあう関係をもっているのと違い、日本は、平和憲法によって海外派兵を禁止されているとの理由によって、領土外での防衛を総て米国に依存していること、したがって、日本の防衛に米国は責任をもつのに対し、日本は米国防衛の責任から免れているという、安全保障上の片務性という利益を日本は享受している。
このような日米安全保障関係を条約化しているのが『日米安全保障条約』であるが、この条約には同時に、『経済協力条項』が含まれており、自由な経済社会体制の強化をめざして両国は、経済政策上の相違を除去するように努力し、そのための協議を続けることを確認している。この防衛関係と経済関係のリンクは、米国側の政治的解釈としては当然視されており、『防衛での貸しは経済で返される』との期待が米国にはある。とくに日本が、経済的大国とみなされるようになってからは、そのような政治的期待は陰に陽に表面化することになった。...このような安保と経済の相互関係は、とくに米国議会の政治論として、日米間の経済摩擦が深刻になったり、米国の財政的な困難が高まったりしたときに表面化しやすい。しかし、日本政府のほうは、国内政治問題として防衛費の大幅増額ないし米欧防衛費負担の実質的肩代わりはきわめて困難であるから、経済貿易面での譲歩によってその埋め合わせを行わざるを得ないといった立場に立たされる場合が多くなる。戦後の日米貿易経済関係のなかで、日本政府は、たえずこうした防衛と経済の均衡的処理という選択肢のなかで対応してきたが、この状態は、今後とも基本的に変化しそうにない」(「農業経済研究」1989年2月号所収 同氏論文)。
◆従属度深まる
日本政府のほうは「経済貿易面での譲歩によってその埋め合わせを行ってきた」のだが、かつて農水省に在職し、日米農産物交渉の現場にも立ち会った経験をもつ戸田博愛教授は、「わが国の政府のなかでのアメリカの強い関心である農産物の自由化を実施し、農産物の輸入を拡大することが貿易摩擦解決にとってもっとも有効な手段であるという考えが強く、農政当局に対する政府部内の圧力は相当に強いものがあった」といっている(同氏著「現代日本の農業政策」農林統計協会刊、233頁)。
今度のTPP大筋合意は、全農林水産物の87%、米、牛肉、乳製品など聖域とされた重要5品目の30%で関税が撤廃されるし、アメリカに7万t、オーストラリアに8400tの米の特別輸入枠が設定される。2014年で6兆3000億円になっている農産物輸入額(国内農産物生産額は8兆4000億円)の25.5%はアメリカからだが、TPPが機能し始めたら大筋合意をみても、優遇されている同国からの農産物輸入は、さらに増えるだろう。毎日食べる食料のかなりの部分をアメリカに依存することになる。
そのアメリカには「国家安全保障上の理由」や「外交政策上の理由」で大統領が農産物輸出禁止を命ずることができる輸出管理法がある。こういう法律があることから、アメリカから大量の食料を輸入しているということは、「食糧の確保はアメリカの外交政策と安全保障に依存していることになるのです。単に物量的にアメリカに依存しているだけでなく制度的にもアメリカに従属しているのです」といったのは故小倉武一氏だが、TPPでその従属度は一層深まることになる。
それでいいのだろうか。早く臨時国会を開いて、こういう点も議論してもらいたい。
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