農政:田園回帰~女性と子供たちの笑い声が聞こえる集落に~
地域に新たな"風"を 婚活は農作業体験で2016年1月7日
ルポ・JA松本ハイランド青年部(長野県)
今年で10年目を迎えた、JA松本ハイランド青年部が主催する婚活事業「みどりの風プロジェクト」。全国的に農家の嫁不足問題が深刻化するなか、これまでに成婚したカップルが23組(46人)と、大きな成果を挙げている。(JC総研・小川理恵)
◆若手農業者に 出会いの契機
プロジェクトを立ち上げたのは同JAの青年部員たちだ。結婚を望みながらも女性とのふれあいが少ない若手農業者たちの出会いのきっかけになればと、1泊2日の収穫体験を企画したのがそもそものはじまりだった。しかし1度会っただけではなかなか一歩を踏み出せず、結局それきりで終わってしまうことも多い。そこで、農業体験を中心とした1泊2日の交流会を、年間を通して複数回開催し、農業という共同作業を継続して行うなかから、じっくりとお互いの理解を深め合っていこうという、現在の形が創り上げられた。
プロジェクトの参加者は、男性はJA松本ハイランドの青年部員限定だが、女性は「農業に関心がある」こと以外には特段の条件はない。募集は全国紙やJAのホームページ、松本市の広報誌などを通じて広く行っており、関東地方を中心に、全国から参加希望の女性たちが集まってくる。平成27年度の会費は、男性が1万円で女性は無料。食事代や宿泊費代の実費は各自が負担する。毎年、男女それぞれ10人程度が定員で、これまでの延べ参加者数は男性が160人、女性が181人にまで達している。
各交流会は土日をかけて1泊2日で行う。男女あわせて23人が参加した平成27年度は、5月の発足式から9月の修了式まで、計4回の交流会が開催された。
◆共に汗を流し 距離感縮まる
毎回の交流会でメインとなるのは、青年部が借りている共同ほ場「マイ・ガーデン」での農作業だ。マイ・ガーデンでは、畝立てから、種蒔き、定植、除草、収穫といった一連の農作業を、発足式から修了式までの数か月間で、すべて体験できるように組み立てられている。作業を指導するのはもちろん男性参加者たちで、そのやりとりのなかから新たな会話のきっかけが生まれ、農業への理解も深まるという。
また、参加者全員で共同作業を行うことから、男女にこだわらず、チームとしての仲間意識が醸成されるのがマイ・ガーデンの良さだ。だから、たとえカップルにならなくとも、最後の回までプロジェクトに参加するメンバーがほとんどだという。プロジェクト後半には、マイ・ガーデンで育てた野菜をバーベキューで楽しむキャンプ大会も企画されており、収穫の喜びを共有することで、メンバー同士の距離感もぐっと縮まるそうだ。
そして、毎回の交流会に必ず組み込まれているのが、男性参加者のほ場見学である。農業者が一番輝いている場所はそれぞれが働くほ場であり、自分たちが活躍する姿を女性たちにぜひ見てもらいたい、という男性陣からの強い要望から実現したものだという。
マイ・ガーデンでの農業体験やほ場見学などの他にも、ホタルの鑑賞会や地元の夏まつりへの参加など、地域のすばらしさを体験できるメニューがふんだんに用意されているのも特徴だ。じっくり時間をかけて、松本の土地柄を知ってもらい、共に農作業を行うなかから、参加者同士が理解を深め合う。その先に新たな家族や仲間の絆が地域に生まれる。これが、みどりの風プロジェクトが目指す婚活のかたちである。
◆夢に見ていた 農村での生活
平成26年度のプロジェクトに参加し、27年11月にめでたく結婚式を挙げた三村さん夫妻。妻の寿枝さん(38)は、東京都日野市出身の元OLだ。新聞広告でみどりの風プロジェクトの募集を知り、数日迷った末に参加を決めたという。「農業はまったくの未経験だったので少し不安もありました。でもやってみると本当に楽しくて...。長いスパンの農業体験を通じて、この土地の良さや、主人の人となりを知ることができました。それが他の婚活パーティーなどとは違った、みどりの風プロジェクトならではの魅力だと思います」。
子どものころから、いつかは東京を出て地方で暮らしたい、という漠然とした夢を描いていたという寿枝さん。プロジェクトで何度も松本に足を運ぶうちに「まずはこの土地に惚れ込んだ」という。活動を通じて、地域に新しい友だちもできたそうだ。「松本に来て本当によかった。今、とても幸せです」。
夫の英次さん(43)は、6haの米と2.7haのジュース用トマトを栽培する専業農家だ。昨年初めてプロジェクトに参加し、そこで寿枝さんと出会った。両親が苦労しながらも仲睦まじく農作業をしている背中を見て育ったという英次さんは、自然ななりゆきで農業者への道を選択したという。
「どんな仕事でも、まっすぐに取り組むことが大事なのは同じです。なかでも農業は、自分が怠ければ必ず自分に返ってくる正直な世界。なぜなら農作物は嘘をつかないからです。でも、一生懸命やれば、必ずそれに応えてくれる。だから農業は面白いんです」。
英次さんが農業にかける思いは人一倍強い。その熱い志を支えてくれるのが家族だと英次さんは言う。「家族の絆を常に確認できるのが農業のすばらしさ。家庭を持ち、家族で力を合わせて農業をしたいという夢を、みどりの風プロジェクトが後押ししてくれました」。
◆成婚者の体験 交流会で披露
昨年6月に開催された平成27年度の第2回交流会では、三村さん夫妻を囲んだ「成婚者交流パーティー」が企画された。2人は体験談を披露し、ひとつひとつのテーブルをまわっては、たんねんに参加者たちの相談に乗ったそうだ。「これからも、自分たちにできることがあれば、積極的に協力していきます」。
みどりの風プロジェクトは、JA松本ハイランド青年部の重要な事業の一つとして位置付けられている。JA松本ハイランドはプロジェクトに予算を計上しており、また、松本市も後援するなど、全面的なバックアップ体制が整えられている。
「毎年プロジェクトの組み立てを考える際には、青年部とJAの事務局だけでなく、その年の男性参加者も加わった意見交換会を開き、どのような交流会にしたいのか、何をアピールしたいのかといった参加者たちの希望を企画に盛り込むようにしています」(JA松本ハイランド青年部・百瀬洋部長)。今年度は新たな試みとして、要望の強かった「コミュニケーション講座」をプロジェクト開始前に実施した。男性参加者を対象に、挨拶、話し方、気持ちのいい笑顔のつくり方など、婚活に留まらない、「前向きに生きる」ために必要なことを、専門の講師を招き学んだそうである。「活動がマンネリ化しないよう、工夫をこらしてプロジェクトをさらに充実させていきたい」(百瀬部長)
今、若者たちの間に、「田園回帰」という新たな動きが起こっている。その波を受けて、全国各地で様々な婚活イベントが開催されるようになった。そのようななか、いかに地域の魅力を活かし、特徴ある活動を展開していくかが今後の課題だ。みどりの風プロジェクトに次の"風"が吹く日も近いかもしれない。
(写真)農業青年の指導で野菜の定植、昨年結ばれた三村さん夫妻、力を合わせてリンゴの収穫
重要な記事
最新の記事
-
地域複合農業戦略に挑む(2)JA秋田中央会会長 小松忠彦氏【未来視座 JAトップインタビュー】2024年4月19日
-
農基法改正案が衆院を通過 賛成多数で可決2024年4月19日
-
【注意報】さとうきびにメイチュウ類 伊是名島で発生多発のおそれ 沖縄県2024年4月19日
-
【農業倉庫保管管理強化月間特集】現地レポート:JA水戸 那珂川低温倉庫(茨城県) 温湿度・穀温 適正化徹底2024年4月19日
-
【農業倉庫保管管理強化月間にあたり】カビ対策を万全に 農業倉庫基金理事長 長瀬仁人氏2024年4月19日
-
食農教育補助教材を市内小学校へ贈呈 JA鶴岡とJA庄内たがわ2024年4月19日
-
【浅野純次・読書の楽しみ】第97回2024年4月19日
-
(380)震災時は5歳【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年4月19日
-
【JA人事】JA道北なよろ(北海道)村上清組合長を再任(4月12日)2024年4月19日
-
地拵え作業を遠隔操作「ラジコン式地拵機」レンタル開始 アクティオ2024年4月19日
-
協同組合のアイデンティティ 再確認 日本文化厚生連24年度事業計画2024年4月19日
-
料理酒「CS-4T」に含まれる成分が代替肉など食品の不快臭を改善 特許取得 白鶴酒造2024年4月19日
-
やきいもの聖地・らぽっぽファームで「GWやきいも工場祭2024」開催2024年4月19日
-
『ニッポンエール』グミシリーズから「広島県産世羅なしグミ」新発売 JA全農2024年4月19日
-
「パルシステムでんき」新規受付を再開 市場の影響を受けにくい再エネ調達力を強化2024年4月19日
-
養分欠乏下で高い生産性 陸稲品種 マダガスカルで「Mavitrika」開発 国際農研2024年4月19日
-
福島県産ブランド豚「麓山高原豚」使用『喜多方ラーメンバーガー』新発売 JAタウン2024年4月19日
-
微生物農業資材を用いた大阪産の減肥料栽培で共同研究開始 ナガセケムテックス2024年4月19日
-
栃木県真岡市産バナナ「とちおとこ」使用「バターのいとこ」那須エリア限定で新発売2024年4月19日
-
大阪泉州特産「水なす」農家直送で提供開始「北海道海鮮にほんいち」2024年4月19日