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特集:東日本大震災から5年

2016.03.11 
国は災害報告書作成を(小山氏の講演から)一覧へ

小山 良太・福島大学経済経営学類教授

 福島大学の小山良太教授は東電福島原発事故について、発生当時の風評のまま、事故が風化することを心配する。「5年経った今、政府は原子力災害の報告書をまとめきちんと残すべきだ」と指摘。2月、農政ジャーナリストの会で行った「食と農の復興に向けた、5年間の取り組みと6年目に向けて」の講演の要旨をまとめた。

◆市場構造が変化

小山 良太・福島大学経済経営学類教授 食と農の復興に向けた5年間だった。事故そのものは風化しつつあるが、原発直後のイメージは風化していない。一方で、福島原発の廃炉について、汚染水の問題や格納容器の状態などの情報は発信され、避難住民が5年たっても帰れないなど、情緒に訴える記事は特集される。
 一方で、農産物の安全性について、福島県の取り組みはあまり知られていない。消費者アンケート調査でみると、検査体制の認知度は年々下がっている。なぜ農産物の基準値超えがなくなったのかなどについての疑問は、福島産の農産物に触れることが少なくなったので、最初のイメージのまま風化することになるのが怖い。
 修学旅行でも、PTAが問題にすることもなくなった。そもそも行先は福島でなくてもいいではないか、となる。つまり風評をめぐる環境が変わってしまったので、風評被害対策をやってもあまり効果が期待できなくなった。
 農産物も福島産の市場での流通構造が変わってしまった。これはもう風評被害とは言えない。ここに問題がある。例えば、福島県は家庭用の良食味米の産地だったが、今は業務用中心に変わっている。かつて新潟に次ぐ良食味米だったが、いまではスーパーで福島県の米は売っていない。いまでは全量売れてはいるが、消費者が店頭で買える構造ではない。新潟産と同じ価格で買ってくれというのは難しい。
 これがすでに5年続いており、新しい産地づくりを考える必要があるのではないか。同じ米でも業務用としてはじめからつくるなど、新しいマーケットの開発が必要である。
 畜産も同じだろう。飯館牛は30年かかって作り上げたブランドが一発でだめになった。この損害からの回復には、マーケットが未成熟だったころのブランドづくりと同じことをやっていては成功しないのではないか。


◆東電 賠償カットも

 福島県の農産物は東電から卸価格差額の賠償があり、買いたたかれやすい産地になった。しかし東電は、昨年の時点で賠償の削減ないし打ち切りを打診している。吸収抑制対策のためのカリウム施肥も、土壌中のセシウムが基準を超えなくなったのでやめたいと言っている。だが、土壌による違い、そしてなぜ、どのように植物体へ移行するのかなど、農産物汚染のメカニズムはまだ分からないところが多い。
 われわれは農地、植物体、農産物、食品の4段階の食品安全検査を徹底している。第1は全農地の放射性物質の分布マップの作成であり、第2は放射性物質の吸収を抑制する科学的な分析、そして食品モニタリング検査と消費地検査である。
 こうした体系的な検査体制によって生産の安全対策に結び付くデータ収集に努めている。JA新ふくしまでは、県内のJAや生協の協力を得て、管内の水田と果樹園で一筆ごとにすべて、あわせて3万5000筆余りを測定した。
 米の検査は平成24年から、県が総数31万袋に及ぶ全量全袋検査を実施している。これは大変な経費が必要で、これまで260億円かかった。問題はこの検査をやめるときだ。そのときは止めるための科学的知見を示さなければならない。
 農地の除染も多くの問題がある。今は空間線量1時間当たり0.23マイクロシーベルトで判断しているが、空間線量は山の放射線量も拾うので農地の評価としては正確ではない。また日本では土壌中の放射性物質を1㌔㌘当たりのベクレル表示で基準にしているが、これは本来食品に用いられてきたもので、土壌にはあまり用いられず、海外との比較がしにくい。
 さらに全量検査のやり方にも疑問がある。もともと汚染源のない会津地区でなぜ検査の必要があるのか。例えはキノコ栽培。菌床栽培なのだから放射性物質を吸収することなどない。
 なぜこうなったかというと、原子力災害特別措置法の権限は自治体にあり、自治体が政府に要請して対応する。この法律は東海村の放射能漏れ事故でつくられたものであり、県域を越える事故は想定していなかった。だから福島県は自治体の要請があったため、全量検査するという状況が生じたのだと思う。
 今回の除染に関して、その対象は農地、道路、海洋と、それぞれあるが、すべて環境庁でなく農水省、国土庁と、それぞれの専門知識を持つ省庁が縦割りでやったほうがよかったのではないかと思う。例えば農地にしても、基盤整備など、農地での土木作業のノウハウを農水省は持っているはずだ。これを表土剥ぎ取りや天地返しなどの除染作業に生かせたのではないか。


◆除染情報きちんと

 今回、われわれは12都道府県3600人にアンケート調査した。会津地域が放射能汚染されているかと質問したところ、福島県の会津地域の人は15%が汚染されていると回答したが、会津以外では3割が汚染されていると答えた。会津の人は正確な情報を知っているということだ。つまり福島県民は、除染のことを知っているので安全ということを知っているということを示している。
 さらに農産物を購入する場合の情報について、検査があれば7割が購入してもよいと回答。また産地を気にするかどうかの問いに対して6割が、しないと回答。それはスーパーが安全を確認しているからという。
 一方で、アンケートは、著名な人や専門家による安全性のCMなどは意外と信頼されていないという結果も出ている。つまり消費者はスーパーや業者を信じて買い物をしている。これはもう風評という問題ではない。
 必要なことは、全量検査して安全であることをきちんと伝えることだ。福島県は全量検査の結果をただちに発表している。しかし、なかなかそれを見てもらえないのが実情だ。ちゃんと取材して、検査の詳細な解説報道をするよう、マスコミなどを通じて仕掛ける必要がある。
 原発事故から5年たち、なぜ1kg当たり100ベクレルを超える食品が出なくなったのか。消費者は疑問をもっている。これにきちんと応えるような情報を発信しなければならない。
 もう一つ、原発事故から5年たって、いま国がもっともやらなければならないことは、きちんとした原子力災害報告書の作成ではないかと思う。
 事故の調査報告書は国会、民間、政府の3つがあるが、原子力災害そのものの報告書はいまだ出ていない。ロシアのチェルノブイリ事故では被災者の状況、森林汚染などの詳細な報告書が毎年出ている。しかし日本には福島県の報告書はあるが、国にはない。このことは、国は原発事故の総括をやっていないということを意味する。
 何が起こって、何ができて、何ができなかったか。総括は反省である。震災直後のイメージだけ残して原発事故が風化されては困る。なぜ基準値超えの農産物がなくなったかを知らないままで風化させてはならない。
 いずれ米の全量全袋検査をやめるときが来るだろう。そのとき、やめる根拠が求められる。同じ福島県でも、会津地域は4年間で1度も問題となる農産物は出ていない。農地の汚染度は問題にならないほど低い。それを正確に伝える必要がある。
 原発事故の風化は抑えられない。お涙ちょうだいの情報発信は、やがて飽きられ、マスコミも取り上げなくなるだろう。原発事故から5年。正確な報告書の作成が、原発災害を伝える最後の機会になるかもしれない。

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