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この人と語る21世紀のアグリビジネス


肥料は人で売る 地域に密着し築いた信用

飯田邦彦
片倉チッカリン(株)社長
 総合商社・丸紅で化学品部門で活躍し専務という重責を務めてのち、「有機肥料の片倉」といわれる片倉チッカリンの社長に就任した飯田氏に、現在、有機肥料が直面している問題や日本経済、農業などについて語ってもらった。聞き手は農政ジャーナリストの会の坂田正通氏。


聞き手:坂田正通(農政ジャーナリストの会)
飯田邦彦氏

◆リンの原料・蒸製骨粉がBSE問題で輸入禁止に

――社名の「チッカリン」というのはどういう意味ですか。

 飯田 肥料の3要素である、窒素・リン酸・カリからきていますが、「チリンカリ」では呼びにくいので「チッカリン」としたのだと思いますね。

――「有機肥料の片倉」として業界やJAでいわれ、他の肥料メーカーに比べて元気のいい会社だと評判ですね。

 飯田 ところが最近は、BSE(牛海綿状脳症)問題の影響で大変困っています。有機複合肥料に含まれるリンは動物の骨からとっています。この原料である「蒸製骨粉」は、骨だけを高温高圧で長時間蒸してそれを砕いたもので、肉骨粉とは別のものなんです。輸入量が年間10万トンで、国産はたったの1万5000トンと圧倒的に輸入が多いわけです。全国複合肥料工業協会(全複工)に40社ほど加盟していますが、片倉はそのトップメーカーで、年間に蒸製骨粉を1万トンほど使っています。
 ところが、OIE(国際獣疫事務所)の基準をクリアしている蒸製骨粉が、BSE問題で肉骨粉「類」に入れられてしまい輸入が禁止され、昨年10月以来入ってきていません。窒素が含まれていて有機肥料のいい原料である「蒸製皮粉」も「肉骨粉類」に入れられ輸入が止められています。
 わが社の有機複合肥料に用いられる蒸製骨粉はリン酸成分が21%も有り、それが長時間にわたってジワジワ効いていくユニークでいい成分ですが、その輸入が止められている。だから「片倉チッカリ」で「ン」がない状態なんですね(笑)。

◆このままでは有機農業に大きな打撃を与える

飯田邦彦氏
(いいだ くにひこ)
昭和13年長野県生まれ。東京外国語大英米科卒業。昭和36年丸紅(株)(当時は丸紅飯田)入社。平成4年取締役、合成樹脂・無機化学品本部長、同5年取締役、有機化学品本部長、同8年常務取締役、同9年専務取締役・化学品部門統轄役員、同12年片倉チッカリン(株)に移り代表取締役副社長などを歴任し、平成13年6月に同社代表取締役社長に就任

――農水省は一部の牛由来蒸製骨粉を肥料に使っても大丈夫だといっていますよね。それでも使えない…。

 飯田 やっと昨年末の検討委員会で、国内での一定の製造条件を充たす製造業者の蒸製骨粉だけは解除することが決りましたが、需要の1割にしかならないわけです。
 そこで私たちは、国内と同じような衛生管理をした海外の蒸製骨粉も早く解除していただきたいとお願いをしています。そうしないと、有機栽培で味や品質がいいこだわり果実とか野菜などをつくるために必要なリン分が止っているわけですから、中国など輸入野菜に対抗して手塩にかけて栽培されている有機農産物が大きな打撃を受けることになります。

――なぜ海外のものはダメだといわれるんですか。

 飯田 中国には日本の工場よりも衛生的な大きな工場がありますが、国のステータスといって、衛生免疫防疫制度がきちんとしているのかどうかがまず問われ、最終処理が日本並でも、と殺される以前の牛の衛生管理が心配だという話になっているわけです。私たちが問題にしているのは骨だけですから、それはないでしょうというんですが、顕微鏡で見れば1つや2つのプリオンがあるかもしれないとか、遺伝子レベルの話になってしまうんですよ。

――蒸製骨粉について理解してもらう必要がありますね。

 飯田 消費者団体や学者の方に説明して、ご理解いただくように努力をしているところです。野菜や果実にとっては秋肥が大事ですが、今年の秋肥に間に合わせるためには、6月くらいまでに解除していただかないと製造が間に合いませんのでね。

◆地域に必要な情報と相談機能持つセールスエンジニアの力

飯田邦彦氏

――御社は、地域に密着した事業活動と研究部門が充実しているという印象が強いですね。

 飯田 81年の歴史を通じて、地域密着の製造販売をしてきていますが、管理部門を分散してもたなければいけないとか問題はあります。しかし、日本農業の現在ある姿からみると地域に分散させて、その地域の農家や農作物に必要な情報と営農的な相談機能を持った片倉のセールスエンジニアが力になっているものと考えています。
 「肥料は人で売る。農薬は製品で売る」といわれます。肥料はすぐに結果がでるわけではなく、土に入れてじっくりと効果が表れてくるものですから、長年の間に築いた信用、そして農家の方との接点になる人間、そうした全体的な力で売っていくのが肥料であるわけです。

◆最先端いく微生物資材

――研究部門もそうした力の大きな要素ですね。

 飯田 研究部門で私がいま一番高く評価しているのは、有機農業につながる微生物を活かした資材の開発です。これは今後のわが社にとって非常に有益だと考えています。

――どのような資材ですか。

 飯田 堆肥をつくるときに分解を促進する「ビオライザー」とか、植物の根のところに力を与えてすくすくと育ちやすくする「ビオホールド」、ナス科の青枯れ病を発生させないよう抑制する「エコガード」、コガネムシの幼虫を駆除する「メタリッチ」とかがありますね。

――微生物資材で最先端を走っているわけですね。

 飯田 微生物資材だけではなく、化粧品の原料も開発しています。BSEで牛由来のものが問題視されていますが、魚とか植物から抽出しているので最近急速に注目をされてきています。

◆いまは「厳冬極寒」のとき

――いまの日本経済についてはどう考えておられますか。

飯田邦彦氏

 飯田 1929年に起きた世界大恐慌に匹敵する世界史的なレベルの渦の中にあると思います。だから小手先の対応ではどうにもならないので、小泉首相がいっていることをやるしかないでしょう。景気はまだ悪くなり、平成14年は歴史に残るような悪い年になると覚悟しています。
 いま、子孫にGNPを超えるような巨額の借金を残して、効果がある景気浮揚ができるかといえば、私はできないと思う。まず構造改革をして、渦の力が弱まったときにすっと浮きあがるような浮袋を、自ら血を流して持つしかない。そのために耐えるしかないなと思います。
 小泉首相のいう構造改革を役所も一緒になって本気でやり、世界経済の機関車であるアメリカが落ちこまないでいてくれれば、3年後には回復するかなと思いますよ。この厳冬極寒の時期を耐え忍べる企業でないとどうしようもないでしょうね。

◆国家安全保障のために農業保護は必要

――農業はどうですか。

 飯田 私が社会人になった40年前の自給率は73%で、農業人口も1300万人でした。ところがいまは自給率は40%、農業人口は350万くらいですね。そして競争力がある農業をやれるところはみんな宅地になってしまったという、大変困った状態にあると思いますね。
 アメリカやヨーロッパ、中国の沿岸部など広大な土地があり競争力のある農業ができると思いますね。しかし例えば膨大な人口をかかえる中国で食糧危機が起きれば、日本の食糧安全保障に重大な問題が起きますから、私は日本の国家安全保障のために農業保護はやらざるをえないと思います。
 それと、このままでは担い手がいなくなりますから、季節労働者を中国からもってきたらどうかと思います。その受入をJAがする。そのほうが安全性などで心配がある安い野菜をどんどん持ちこまれるよりもいいし、日本でコントロールした農業のマンパワーだけを輸入し、双方が喜べる状況をつくる時代になったのではないかと思いますね。そうすれば中国に対しても「モノを持ちこむな、人を雇っているのだから」といえるし、共生できるじゃないですか。それが政治ではないでしょうか。


インタビューを終えて
 元気のある肥料会社にはエネルギッシュな社長がいる。BSE問題で、国会の先生方から学者、主婦連、消費者連などBSE検討委員会のメンバー個々に飯田社長が説得して回る。会社の周りの人々は、はらはらしながら社長の行動力を見守っている。大商社の幹部出身だけあって、話は論旨明快。その1、蒸製骨紛は、日本の有機農業のため輸入再開を直ちに許可すべし。その2、日本農業は食糧安全保障の面から、保護の必要あり。その3、これしきのことで社員はへこたれるな。不景気の時は、女性の消費を狙え。お陰で、魚から取った片倉産の化粧品原料が売れているという。
 家族は、奥様と娘さん2人、1歳半のお孫さんも女の子、強い女性群に囲まれて、暮らしているとおっしゃる。読書はノンフイクション、特に司馬遼太郎ものを好む。「街道を行く」は愛読書。自由になったらシルクロードやモンゴルに旅したい。海外駐在員時代に覚えたゴルフは鷹の台クラブでハンデキャップ15。


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