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EUの農協と日本の農協

変わる協同組合

(株)農林中金総合研究所 取締役第一部長 田中 久義 氏

 現在の協同組合と全く同じかどうかは別として、協同組合の歴史は人間の歴史とほぼ重なり合うほど古いといわれる。それだけに、その形や基礎となる考え方がさまざまであることは当然かもしれない。しかし、ある協同組合の考え方に馴染んでしまうと、そうではない別の考え方による協同組合との出会いは驚きであり、とても新鮮である。そこで、ヨーロッパの協同組合がどのように変化しているのかを紹介しながら、農協の今後につながると思われるいくつかの動きを考えてみたい。

変わるEUの農協 

 1年ほど前に、「EUの農協」という本を訳す機会があった。EU委員会の委託を受けて学者グループがまとめたものであるが、その内容はEUに加盟している15か国の農協について、組織や事業の動きや変化をレポートするとともに、共通する今後の方向を提言している。
 この本をきっかけに、研究所内で話題になったことがいくつかあった。ひとつは、連合会の役割が変化し、それが協同組合組織全体の見直しに繋がっていること。もうひとつは、メンバーシップ制つまり組合員中心である協同組合が投資家の資金を受け入れはじめていること。そして3つ目は、協同組合自体が株式会社化していることである。
 実は、わが国の農協でも、株式会社を活用する動きがある。農協という協同組合自体が、組織として株式会社化している例はないが、その事業の一部を外出しして株式会社化する例は増えている。いわゆる協同会社である。このような動きが今後の農協組織にどのような影響をもたらすのかを考えるうえでも、ヨーロッパの動きから目を離すことはできない。以下順に紹介しよう。

● 連合組織の役割の変化
 先の世界大戦の後、さまざまな国でそれぞれの協同組合がつくられた。その組織には共通した特徴があった。それは協同組合を会員とする連合会という組織をつくったことである。その理由は、一定の経済力を発揮するうえで、一つ一つの組合の規模では限界があったからである。
 この連合会という組織のあり方は国によって異なるが、奇妙なことに3段階の組織とした国が多い。ドイツ、フランスはもとよりアメリカの農業金融組織である連邦農業信用制度(FCS)もそうである。わが日本でも、都道府県段階、全国にそれぞれ連合会が設けられている。
 実は、現在、この連合会の役割が大きく変化しているのである。いや役割どころか組織のあり方それ自体が見直されている。その背景には、国を問わず進行している合併の進展がある。合併によって単位組合の事業規模は拡大し、その結果として農協は限りなく連合会に近づいて行く。一定の経済力をもつという意味で、規模が役割を決めているのであれば、それしか果していない連合会は、その存在意義が問われることになる。
 EUの農協の動向についての報告書は、このような農協の合併による連合会の役割の変化はEU加盟15カ国に共通した動きであり、連合組織が不要になる、という言葉まで使っている。

● 出資と利用
 もうひとつの動きは、出資と利用との関係の変化である。実はこれは変化ではなく、もともとそうであったことを、われわれが知らなかっただけなのかもしれない。
 ともかく、わが国の協同組合陣営に属する人々は、出資と利用とは一体であると考えている。協同組合に出資することは組合員になることであり、組合員になるのはその協同組合が行なっている事業の利用が目的である、と教えられてきた。つまり出資者=利用者という考え方である。この例外は、出資はしていないが利用はしているという形であり、いわゆる員外利用である。逆に、利用を目的としない出資者というのは、全く想定されていなかった。
 ところが、ヨーロッパではこのような出資者を協同組合が受け入れている。つまり利用を目的とせず、出資という投資についての収益を得ることをを目的とする組合員を認めているのである。
 そういえば、わが国でも、出資配当率が一般の金利水準より高い場合、現状がまさにそういう状況であるが、配当目当てに出資したいという人が増えることがあるといわれている。要は、ヨーロッパではこのようが組合員が制度的に認められているのである。
 このような組合員を認める背景のひとつが、経済の市場主義化の流れが強まるなかで、協同組合が資本という形で資金を調達することを容易にする必要があるということである。株式会社と違って協同組合の資本増強は容易ではなく、それが経営環境の変化に対応する力を殺ぐのは事実である。これを解消する方法が投資家組合員の受け入れだというのである。

● 株式会社形態の協同組合
 また、EUでは、協同組合自体の株式会社化がすすんでいる。株式会社化しているのは連合会であることが多い。それは多国籍な大企業、特に小売業者に対抗するためであり、資金調達を含めて連合組織が機動的に動けるようにするためである。また、金融の世界でみても、ドイツの信用事業の全国機関のDGバンクも、フランスにおけるそれであるクレディ・アグリコールも、いずれも株式会社化してる。
 株式会社化といってもその形はさまざまである。例えば連合会の会員がそのまま株主となっているもの、議決権の半分は旧会員がもち、残りを一般に売却しているもの、などなど。これらに共通しているのは、従来の組合員や会員が議決権の過半をもつなど、組織としては株式会社の形になっているが、運営は協同組合としての性格が残されていることである。
 しかし、中には、議決権の半分以上を外部の投資家に保有されてしまったため、協同組合としての性格を完全に失ったケース出ている。まさに、株式会社と協同組合の境界が揺れ動いている。

● 農協と協同会社
 実はわが国でも似たような動きがある。
 まず、連合会の変化については、現在農協系統では組織の2段階化がすすめられている。その具体的な形は県によって異なっているいるが、ヨーロッパにおけると同様の動きである。次に、新しい出資としては、既に全国段階の連合会では発行されている優先巣出資制度等の導入が行われている。
 株式会社化については、ヨーロッパとは異なり、連合会や農協自体が株式会社になった例はない。しかし、先にもふれたが、それらが行なっている事業の一部を外出しして株式会社にするという形、つまり協同会社を設立する動きは増えている。
 ここで考えなければならないのは、これらの動きは、これまでわが国の農協の特徴のひとつとされている総合事業性に、どのような影響を及ぼすのかである。年齢に応じて人の顔も変わるように、農協組織の性格や特徴、つまり顔が変化するかも知れないからである。
このことは、農協として今後の総合事業性をどのように考えるか、について真剣に検討することが必要な時期に差し掛かっていることを示している。総合性を実現する形はいくつか考えられる。ひとつは、同じ組織のなかで組合員の必要とする事業をすべて行なうという、従来型の総合農協の形がある。これも範囲の経済性というひとつの経済理論に裏付けられたあり方である。
 もうひとつは、事業の性格等に応じた経営を行なうという観点から組織の形を決め、それら全体をひとつのグループとして協同組織性をもつ方向である。個々の組織がグループ全体として総合性を発揮するという考え方である。
 問題は、「このどちらがよいのか」という形で検討することがよいのかどうかである。なぜなら、すべての農協が同じ条件のもとにあるという前提をおくのは無理があるからである。とすれば、それぞれの農協がどのスタイルを選ぶのかが重要であり、総合性とは、という議論は後で行なうことでもよいのかもしれない。
 多様であること前提としながら、全体を束ねてきたのがこれまでの協同組合であったのではないだろうか。その意味でわれわれは、組織のあり方とともに、農協の総合事業性という他の国にはない農協の特性を、保持するのかどうかを決めなければならない岐路に立っている。現在はそれだけ重要な時期であると考えるべきであり、海外の動きにも注目しながら、わが国独自の道を追求する必要があるのではないだろうか。  



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