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金融ビッグバンと系統金融 個人は変化したか

(株)農林中金総合研究所 取締役調査第一部長 田中 久義 氏

 ペイオフの解禁まで残すところ1年を切るなど、金融ビッグバンといわれる金融市場の改革が最終段階を迎えている。これまでに実施されたさまざまな施策によりわが国の金融は大きく変化した。金融ビッグバンの影響を個人金融中心に改めてみておくことは、系統金融にとっても有益であろう。

ビッグバンの背景

資金の流れの変化

 ビッグバンがおこなわれた背景には国の内外で生じた環境変化がある。
 まず国内では、資金の流れの変化がある。90年代半ばまでは、資金が余っているのは個人(家計)であり、不足しているのは企業と公共部門であった。このような状況では資金は個人から企業・公共へと流れていく。
 これらの間にあって資金のやり取りを仲介していたのが系統を含む金融機関である。金融機関は、貯金や預金の形で個人から資金を集め、それを企業や公共団体に融通した。お金は天下をこのように流れていたのである。
 ところが94年以降、企業は資金が余るようになった。個別にみれば資金が不足している企業はあるが、全体としては資金余剰となった。その結果、金融機関から資金を借り入れる必要があるのは、大きくみれば公共部門だけになってしまったのである。
 さらに、大規模な企業ほど、銀行から資金を借り入れるのではなく、株式や社債の発行で市場から直接資金を調達する傾向が強まった。このような資金の流れの変化は、それに携わる金融機関の業務ひいてはあり方に大きな影響を及ぼすことが想定されたのである。

東京市場の地位の低下

 国際的な要因としては、東京市場の地位の低下がある。
 90年代まで世界の主要な金融市場は、ニューヨーク、東京、ロンドンの3つであった。特に東京市場は、80年代後半のバブル期にシェアが大幅に上昇し、ニューヨークと肩を並べようとしていた。そのあおりを受けてシェアが低下したのがロンドン市場であった。
 そこでイギリスは、金融市場を改革することにより、市場の活性化を図ろうとした。これがイギリスの金融ビッグバンである。イギリスの残された最後の産業ともいうべき金融業を復興しなければ、イギリス経済の先行きはない、という危機感がバネとなった。
 その10年後、バブル崩壊の影響もあって、東京市場は地位低下に直面した。市場地位の低下つまり取引量の減少は、資金の動きを鈍くする。資金はいわば血液にも例えられるものであり、血のめぐりが悪くなれば健康にも重大な影響を及ぼす。そこでイギリスの例にならい、大幅な改革が必要となった。
 その考え方は、市場の使い勝手をニューヨークやロンドン並にすることにあり、当時1300兆円に達していた個人の金融資産を活用することにあった。

ビッグバンがもたらしたもの

 ビッグバンは、金融の活性化を通じて経済活力を取り戻そうとするものである。その方法は、規制をできるだけ少なくすることによって競争を促進することである。それによってはじめて効率のよいシステムを作り上げることができる、という考えである。

ウィンブルドン現象はあったか

 イギリスにおけるビッグバンの結果は大成功であった。ロンドン金融市場の3大市場に占めるシェアは上昇し、シティーも活気を取り戻した。しかし、副作用も生じた。それがウィンブルドン現象である。
 ウィンブルドンは世界的なテニス大会の一つである。この名称は会場となるイギリスの地名をとったものであるが、そこに出場し、活躍している選手にはイギリス人が見当たらない。活躍しているのは外国人だけであり、イギリスは会場を提供し、試合を観戦しているだけである。
 ビッグバン後のロンドン市場でも同じことが生じた。市場で活躍するプレーヤーつまり業者のほとんどが、アメリカや日本の業者に買収された。イギリスはそれでもよしとした。それは雇用が確保されるとともに、市場それ自体は国内にあるからである。
 日本ではどうだろうか。結論からいえば、証券会社は大手4社のうち2社は外資または外資系となった。多くの海外金融機関・証券会社も進出している。しかしイギリスほど極端な動きにはなっていない。それは、個人顧客の獲得に必ずしも成功していないからである。

メガバンクと個人取引

 ビッグバンへの金融機関の対応方向は2つある、と考えられた。1つは、すべての金融業務を取り扱い、海外の大手金融機関に伍して競争していく方向であり、これがメガバンクである。もう1つは、自らが力を発揮できる分野や対象に特化するという方向であり、大多数の金融機関がこの方向を目指している。
 メガバンクとして4つのグループが形成されることとなった。これらは共通してリーテイル分野で収益を確保することを計画している。というのは、企業が資金を直接市場から調達する傾向をますます強めるため、そこで利益をあげるのは難しいからである。
 しかし、公表された計画をみると、個人取引での収益はそれほど大きくはない。むしろ、収益の第一は企業取引からのものである。つまり、いわれるほどメガバンクは個人取引に頼っていないのである。
それは、個人とどのように付き合うかを決めかねていることを示している。4グループが足並みを揃えてIT投資は個人取引のために行うとしている。個人取引を1つのシステムにのせて対応するということであり、どの人とも同じように取引することを示している。

個人取引の難しさ

 そのシステムは、個人顧客をグルーピングするものである。特定の傾向をもつ個人をグループ化してそのニーズに合う金融商品を提供すればよいとの考えである。これはマーケティングでいう市場細分化戦略であり、グルーピングするキーとしては年齢、収入、性別、所得などが伝統的に使われている。
 グルーピングの手法として最近注目されているのがデータ・マイニングという手法である。マイニングとは探鉱とか採掘というほどの意味であり、個人のデータを統計的に処理して自動的にグルーピングすることができるソフトウェアが開発されている。しかし、同じデータを同じソフトで解析すれば、当然結果は同じである。それでは他の金融機関と差別化することはできない。メガバンクも悩んでいる。本気で個人と付き合うのは初めてなのだから。

カギを握る個人の動き

根強い安全志向

 個人の金融取引も企業金融などと同様、資金の調達と運用の両面から考える必要があるが、ここでは資金運用に絞って考えてみたい。
 個人が資金を運用した結果として、どのような金融資産をもっているかをみると、5割強は依然として預貯金である。ビッグバンにともなって個人の金融資産構成が変化し、投資信託などのいわゆるリスク商品のウエイトが高まると考えられていた。しかし、現状ではまだそうなっていない。
 預貯金中心の資産構成は変わっていないが、今後の変化につながる可能性を示す動きはある。それは郵貯の定額貯金が大量に満期到来したことである。郵便貯金は預入限度があるため、それを超える部分は流出する。これによって郵便貯金の残高が減少に転じたのである。
 個人金融資産の今後を考えるうえで注目したいのは、ここで個人が預け替えを経験したこと、そして、改めて現在の金利水準の低さを実感したことであろう。特に後者は今後の金融資産選択に影響を与える可能性がある。
 それを考える材料として定額貯金の満期金の行方が注目されている。取りあえずは預貯金や中国ファンドなど安全性の高い商品に向かったと見られ、農協貯金の増加要因の1つともなっている。株式市場の低迷などがその要因との見方もあるが、むしろ利用者が意識的に選択した結果とみるべきであろう。それだけ安全性志向は強いのである。

ペイオフと個人

 ペイオフ解禁まで1年弱となった。
 足元の動きは落ち着いており、農協でも他の金融機関でもそれほどの変化はみられない。強いていえば、経営破綻が相次いだ第二地銀で大口が若干減少している程度である。
 ペイオフについてはいくつかの疑問がある。1つは「解禁」という言葉が使われていること、そしてもう1つはその影響について、である。
 まず、なぜ解禁というのだろうか。解禁とは禁止をやめるということであろうが、これまでペイオフは禁止されていたのだろうか。やらなかっただけのことではなかっただろうか。解禁という言葉は大げさである。大事なことはペイオフが破綻処理だということである。
 次に影響である。いわれているのは保険限度を超える部分の預け替えである。現に、わが国に先んじてペイオフの実施に踏みきった韓国では、中小金融機関から資金が大手金融機関へ流出したという事実がある。
 しかし、いまのところわが国ではそのような動きはみられない。いくつかのアンケートでは既に対応したとの回答がみられる。もし本当に預け替えたとすれば、各金融機関で同程度であったため、金融機関同士ではいわゆるチャラになったとみられる。

 メガバンクが個人取引でもたつきをみせ、個人金融がそれほどの変化をみせていないこの時期こそ、系統金融にとっては大きなチャンスである。その意味で現在までのところ、ビッグバンは系統にチャンスをくれたのである。  



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