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 検証・時の話題

地に足をつけた議論を

新たな経営・所得安定対策の視点
JA全中・食料農業対策部部長 冨士重夫


現段階での検討状況

◆検討開始の所得安定対策
冨士重夫氏
(ふじ しげお)
昭和28年千葉県生まれ。
昭和52年中央大学法学部法律学科卒業。
同年全国農業協同組合中央会入会、
食糧農業対策部次長を経て、
平成13年4月より食料農業対策部部長。

 なぜ、経営を単位とした新たな経営所得対策が検討され、経営に着目した経営政策なるものが急に出てきたのか。今、この時期になぜ新しい経営・所得安定対策なのかということが言われる。
 (1)そのひとつとしてあげられるのが、新たな基本法に基づく観点である。農政改革大綱なり、基本計画において、効率的かつ安定的な農業経営を育成するとともに、営農類型と地域の特性に応じて、担い手の確保育成、農地の集積による規模拡大、基盤整備をすすめるとした。また、農畜産物価格の変動が経営に及ぼす影響を緩和するため、経営全体の安定をはかる仕組みについて、品目別の価格政策の見直しや、経営安定対策の実施状況等を勘案して検討を行うとしていた。
 まさにこうした観点から、新たな米政策から始まり、麦、大豆、甘味、酪農と品目別に経営安定対策を構築し、果樹についても13年度から加工から生果への経営安定対策に転換することとなり、品目別の見直し対策が整理された段階であった。
 (2)こうした状況にもかかわらず、先行実施していた米対策が水田農業活性化大綱による充実・強化をはかりながらも、連続した豊作による在庫の累増、生産調整の拡大にもかかわらず米価の連続した下落がつづき、稲作経営安定対策で、生産調整実施者には、セーフティーネットを持っているとはいえ、十分とは言えない状況となり、稲作農家の将来に対する不安が急速に広がったことがある。
 12年度秋に取り組んだ緊急米総合対策の時に、こうした現行システムに対する不満や将来不安に対し、(1)で掲げていた経営を単位とする新たな経営・所得対策を早急に検討する方向が示された。
 (3)これにもとづき与党・自民党は経営所得スタディで10月から検討を重ね12月には「新たな経営所得安定対策の提言」をとりまとめるに到ったのである。農水省もまた、この提言を受け、新たな経営所得安定対策の今後の検討方向をとりまとめ、これに呼応した。

◆経営政策に関する政府研究会の検討状況

 農水省は、(3)を受け、今年に入り、研究会を設置し、2月から毎月1回のペースで、検討をすすめている。経営政策大綱の検討は、経営全体に着目した新たな経営所得安定対策が重要な柱となるものの、構造対策、生産対策、金融対策等も含んだ、これまでの施策の見直し、再構築につながることから、簡単にはすすまない。事実、研究会での検討は、新基本法が目指すものから始り、現行農業施策の現状、評価、点検をしている段階で、経営政策大綱を構成する今後の重点的な施策展開の柱は何なのか、経営を単位とする新たな、経営所得対策の絵姿、パターン、その場合の現行品目別経営安定対策との関係や、望ましい農業構造、農業経営へ誘導していくための施策との関係やあり方など、まだ具体的な議論がなされていないのが現状である。

◆JAグループのすすめ方

 JAグループとしては、今秋予定されている水田農業対策を始めとした麦、大豆、甘味、畜産、酪農といった個別品目対策の検討と併せ、新たな経営所得安定対策についても、4〜5月に対象とすべき経営や経営展望を実現するための施策のあり方などについての検討を行いながら、JAグループの基本的な考え方を整理し、それを踏まえたうえで、7〜8月に再度、組織的な検討討議を実施し、政策提案や、要求をとりまとめる方向ですすめている。いずれにしても、これから政府・与党において、具体的なスケジュールが固まってくるであろうし、具体的な内容に関する方向性の議論や、いろいろな考え方やタタキ台が検討されてくると思われるが、それに備えた取り組みを今からすすめておくことが極めて重要である。

新たな経営所得安定対策の基本的考え方

◆品目ごとの需給と価格の安定確保による所得確保

 市場メカニズムにおける価格対策では、品目ごとの特性を踏まえた、それぞれの需給調整対策に取り組み、その品目の需給と価格の安定を確保し、その結果としての販売価格により、生産者の所得を確保することが基本となるべきである。したがって新たな経営所得安定対策は、品目ごとの対策が果たしている役割・機能を基軸に置いたうえで、これを補完・強化するものとして検討することが必要ではないかと考える。そして「食料・農業・農村基本計画」に基づく品目ごとの食料自給率や生産努力目標の実現がはかれ、我が国農業の持続的発展につながるものとすることが必要である。

◆農業の構造の改革と多様な担い手の確保が課題

 品目ごとに様々な農業生産構造の問題点を抱えている。  こうした生産構造を、将来展望をもって改革して行くプロセスに連動するものにすることが必要であり、地域の農業生産や多様な担い手の実態を踏まえた具体的な農業経営の展望を策定し、これが実現できるように、現行の構造施策を見直し、抜本的な農地の流動化・集積対策をはかり、生産基盤の確立や農地の有効利用に資する対策を確立することが必要である。
 そのことによって、他産業並みの労働時間や遜色ない所得を確保でき、地域での多様な担い手が、我が国の農業生産の相当部分を担うような構造につながって行く対策とすることが必要ではないかと考える。

◆農業の多面的機能や自然循環機能の維持・増進対策

 この点に関しては、経営全体を単位とした経営所得安定対策や、経営政策大綱の分野、範ちゅうに必ずしも入るものではないかもしれない。しかし一方で、こうした基本法の理念を具体化し、この国のかたちとしての農村政策として、環境保全、地域社会の活性化、総合的な食料安全保障など、農業の多面的機能や、自然循環機能による環境保全を担保できる対策をキチンと位置づけ、具体的な内容として確立する必要があると考える。経営政策とは別としても、この対策の位置づけと確立があって、市場経済に基づいた経営政策とのバランス、調和が保たれると考える。

具体的な検討の視点

◆品目対策との関係整理

 品目ごとに措置されている経営安定対策等については、それぞれの品目特性を踏まえて国境措置から生産、流通、消費に至る事情を良く考えて措置されている。単に内外価格差の補てんや、生産費と販売価格の実態に着目した補てんという機能だけに止らず、品目特性を踏まえた生産・流通、取引条件等も考慮したうえで、需給調整対策や円滑な流通対策として機能していることも十分考えて、その関係整理を考えるべきである。例えば稲経は生産調整実施者のメリット対策と、計画流通制度とリンクした形での機能を持っているし、酪農における加工原料乳補給金は、内地と北海道、飲用と加工といった需給調整と流通秩序を担保する機能を併せ果たしている。
 現行品目の経営安定対策は大きく分けて、麦作経営安定資金や、大豆交付金、加工原料乳補給金のような生産量単位に着目して出す定額固定支払いと、稲経、豆経、加工原料乳経営安定対策のような市場や相対での取引価格の変動を緩和するための措置があるが、この二分野を、経営を単位とした経営所得安定対策の関係でどう整理するか、また、品目ごとの特性に応じて果たしている様々な機能を十分考慮して検討することが重要であると考える。

◆対象とする農業経営のあり方

 この点については、農家戸数、対象者数ばかりが先行して議論される傾向にあるが、まず前述の基本的考え方なり、品目ごとの政策との関係整理をキチンとしたうえで検討、議論すべきである。そして品目ごとの自給率目標や生産努力目標を実現する観点から、地域の実態を踏まえ、集落営農なども含めた多様な担い手のあり方について検討すべきである。
 対象経営体の形態としては、個人、法人、集落営農などの任意組織であるが、例えば認定農業者については、現行での市町村ごとに差異がある公平性確保の問題、生産調整への参加の有無や農地の利用調整などの取り組みの促進をはかる観点など、経営基盤強化法による認定農業者制度についても見直すことが前提でないと、簡単に認定農業者を当てはめられない。また、集落営農等についても、一定の要件のもとで担い手として位置づけるなど、抜本的な制度の見直しを検討することが必要になると考える。

◆「保険」か「直接支払い」か・「収入」か「所得か」−−

 収入保険的仕組みを考えれば、生産者個々の青色申告書に基づき、過去の基準年度3〜5年の基準収入と当年の収入を比較して、その差額を補てんする仕組みと想定できるが、生産者の経営努力の反映や、モラルハザードの問題、規模拡大や、品目転換などによる収入変動への対応をどうするか、他産業並みの所得水準を実現するための具体的仕組みなど多くの大きい課題を検討しなければならない。
 一方、一定の所得モデルにより、その差額を対象者の経営規模に応じて一律に支払う仕組みを考えると、目標実現に向けた取り組みが明確となり、モデルを超えた生産性の向上は生産者の努力として還元されるものとなるが、農産物価格やコストのとり方、地域や品目実態をふまえた具体的なモデルの内容や水準をどうするかといった大きな課題を検討しなければならない。
 いずれにしても、稲作や畑作輪作などの土地利用型農業や畜産・酪農、果樹、野菜など品目ごとの構造改革の進捗状況や、生産・流通の実態、また、品目ごとの経営安定対策の進度状況が異なるなかで、現実と将来展望を踏まえ、地に足のついた具体的内容を検討することが重要である。



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