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検証・時の話題

恐るべし中国のコメ戦略
―― 中国・長江沿いの稲作地帯を見る

梶井 功 前 東京農工大学 学長

 中国は今、スーパーハイブリッド米開発に力を入れているという。10アールあたり900kgという超多収量米も登場し、しかも食味は「コシヒカリ」並みなど、日本の稲作にとって脅威となる技術が実用化しつつある。その開発の現状報告を今月初めに現地視察した梶井功前東京農工大学学長にお願いした。「揺るぎない信念に立って研究を進めている研究者を国策が支えている中国」。何をめざしているのか−−。


 7月30日〜8月7日、中国・長江沿いの稲作地帯を歩いた。日中農業農民交流協会の稲作視察団の一員としてである。以下この視察行で考えさせられたことを若干報告したい。
 上海西北100km、江蘇省常熱市。四季を通じて作物がよく実るところ、ということからつけられた市名だそうだが、市農業局長の案内でまず見せられたのは今が盛りのヘチマだった。長江沿いでもジャポニカ種の米産地として名のあるところだが、中国でも米過剰・転作が行われている。米の3倍の収益をあげるヘチマ農家はその代表選手だそうだ。転作のことはあとでもう一度ふれるとして、常熱でびっくりしたのは、つぎに案内された市農業局試験圃場の水稲。直葉型の素晴らしい葉型。厚葉小葉、濃色、直立的、密集的というのか、多肥多収稲の草型として日本で定式化されているが、その典型のような稲である。ジャポニカ種ハイブリッドだとの説明である。
 常優99−1と名づけられているが、常熱市農業試験場が99年に開発した1号稲品種という意味。局長の説明では「現在、ほ場での栽培実施試験を行っているところだが、昨年の試験では籾で10アール当たり900kgとれた。食味も「コシヒカリ」並を自負している。これまで当地でのジャポニカ種は、食味では東北三省のジャポニカにかなわなかった。向うは昼夜間温度格差が大きく、うまい米づくりのできる気象条件だが、長江沿岸はその点、駄目だった。食味改良を重視したハイブリッドづくりを進めてきた成果がこの常優99−1だ。2年後には農家に普及できるだろう」ということだった。
 ジャポニカ系ハイブリッドで、「コシヒカリ」並み食味ということになると、東北三省のジャポニカ以上に日本の稲作にとっては脅威になろう。

◆注目される多収米「常優99−1」

 わが国でも1981年から始まった農水省プロジェクト研究「超多収作物の開発と栽培技術の確立」のなかで、ハイブリッド稲の開発研究をすすめてきているが、その研究結果として“日本品種間での増収効果は小さく、5%程度であるが、日本品種と南ヨーロッパの日本型イネとの間では15%程度が期待された。しかし、日本型イネとインド型イネの間では籾数に大きなヘテロシスが発現するが、雑種不稔が発生し多収にならないことが判明した”(農林水産技術協会刊「昭和農業発達史2・水田作編」88ページ)とされている。ジャポニカハイブリッドだという常優99−1がどういう組合わせのハイブリッドなのか、局長の説明にはなかったが、是非とも試食してみたいものだ。収穫したら試食用に提供してくれるという話にはなったのだが、どういうことになるか。食味がいいというときのキマリ文句に、「コシヒカリ」並みということを中国の人たちもよく使う。「コシヒカリ」並みとまでいかなくともそこそこの食味で、しかも900kgの多収になるということになると、いま引用したプロジェクト研究で得られた認識とは、だいぶちがうF1品種をつくったことになる。注目しておくべきだろう。

ハイブリッド稲の作付は中国全水稲作付の50%

南昌市内の農産物市場の米卸
南昌市内の農産物市場の米卸
 1983年夏、NHKが「謎のコメが日本を狙う」を放送した。アメリカの種子会社がハイブリッド米種子の売り込みを打診にきて食糧庁がことわるという事件があったが、そのハイブリッド米種子作出の技術はもともと日本で作られたものであり、それが中国で実用化されたが、中国がそのノウハウをアメリカの会社に売り、アメリカの会社が本家本元の日本へ売り込みにきた、ということを明らかにした放送だったので、大きな話題になった。
 そのいきさつは、川井一之「バイオ革命は農業を革新できるか」(御茶の水書房刊)に語られているので、ご一読されたいが、その中国でのハイブリッド稲(むろんいまはインディカ米)の作付は、中国全水稲作付面積の50%になるといわれているから、1500万ヘクタールの普及面積ということになる。このインディカ・ハイブリッド米のなかで、早稲については食味の点で市場の人気が悪く、WTO加入をにらんでの中国政府の農業構造調整政策も、インディカ早稲の減産、その転作を方針として打ち出している。

◆激化する農民の階層分解

湖南省南昌郊外の広大な田園風景
湖南省南昌郊外の広大な田園風景
 今回、私がみたインディカ・ハイブリッド米の主産地江西、湖南両省の各地でも、従来の早稲・晩稲を続けてつくる二期作をやめ、晩稲に一本化したという話は聞いた。構造調整政策はそれなりに浸透しているといっていいのだが、かといって早稲がなくなったわけではない。むしろ、米過剰のなかで食糧としての生産義務から解放されたのを好機に、早稲を飼料として積極的に利用している農民もいる。籾のまま豚の飼料にするのである。付加価値を畜産物というかたちでつけるのだから、そのほうが米として売るよりもはるかに多くの収益をもたらすという。ヘチマといい、飼料稲としての活用といい、米減産を商品生産展開の好機としている感を受けた。
 むろん、そういう対応を皆が皆やれているわけではない。対応できぬ農民の大量が沿海大都市への出稼ぎに出、水田を荒らすす農民も大量に発生している。そしてその対極にその出稼ぎ農民の耕地利用権を集中して、常傭労働者を雇って数十ヘクタールの米作りをする農民も出ている。というように、農民の階層分解は激しいようだ。WTO加入はそのうごきを一層激しくするのではないか。

揺るぎない信念に立つ中国の農業技術研究

 今回の中国訪問の最後の日、湖南省にある国家雑交水稲工程技術研究中心所で、袁隆平所長の話を聞き、実験圃場を見せてもらうことができた。袁先生は、「中国ハイブリッド米の父」といわれている人。中国の食糧問題解決に寄与したその業績を評価されて、1996年、日本経済新聞社から第1回日経アジア賞を贈られているので、ご存じの方も多いだろう。その袁先生の話。

◆反収9.6トンの収量をあげる

“中国ハイブリッド米の父”袁先生
湖南雑交水稲工程研究中心の試験圃場で開発したF1品種の成育状況を説明する袁先生。 袁先生は“中国ハイブリッド米の父”とも言われている。
 “ハイブリッド米の普及率は50%に達した。ヘクタール当たり7トンの収量になる。一般品種はヘクタール当たり5.5トンだ。
 いまスーパーハイブリッド米作出プロジェクトに取り組んでいる。研究期間は3期にわけており、1期は1996〜2000年でヘクタール当たり10.5トンの収量を目指した。2年間、7ヘクタールの圃場2カ所で実証試験を行ったが、狙いどおり10.5トンの収量をあげた。昨年、湖南省に7ヘクタールの圃場18カ所、70ヘクタールの圃場7カ所に試験圃場を増やしたが、すべての圃場で10.5トンをあげた。昨年は一般農民にも実際に作らせたが、23万ヘクタールで平均9.6トンの単収だった。幾つかある新品種のなかで特に有望なのは、「先峰」で、長江流域100万ヘクタールに普及でき、ヘクタール10トンをあげるようになるだろう。

◆1ヘクタール当たり12トン ―― 5年後の目標

 第2期は2001〜2005年で、ヘクタール当たり12トンをあげる品種開発が目標。第3期は2006〜2010年で、ヘクタール当たり13.5トンが目標。
 ここにある私の10アールの実験圃場では17.1トンの収量をあげたし、福建省内に設けてある実験圃場の今年の出来具合では13.3トンはいけるとみている。

◆少ない面積で必要量を生産

 第3期には遺伝子組換えにも取り組む。といってもアメリカのように、ヴィールスを組み込むのではなく、植物の増収遺伝子組み込みだ。ハイブリッド米はうまくない、量はいいが質が問題だという人がいるが、インディカ米としての質の良さは充分に確保している。香港や広東のうるさい連中も、ここのハイブリッド米はうまいという。ジャポニカ米との食味のちがいはアミロース含量の差という品種特性のちがいからくるもので、食文化のちがいで評価は当然分かれる。
 中国のハイブリッド種子は東南アジア各国に提供されており、ベトナムではすでに45万ヘクタールに作付けされている。
 少ない面積で、必要量を生産できるようにするために、さらに単収増に取り組む。今までに5ムーの稲をつくっていた農民が、同量を4ムーでとれるようにしてやれば、残り1ムーをもうかる経済作物生産にあてられる。その方が農民のためにもなる−−。

◆転作田で“外国でも受け入れられる米”を作る

 袁先生の話を聞きながら、亡くなれた川田信一郎東大名誉教授が、まったく同じように“米が余ったから増収技術はもう不要というのは短見も甚だしい。より少ない面積で必要量を取るのが進歩だ”と憤慨されていたのを思い出した。また、“減反田で外国に輸出できるような米を作ればいいのではないか”と考えた稲作技術者が日本にもいた。農研センター所長も勤めた金田忠吉氏である。
 むろん、いまの日本の品種では駄目である。タイ、バングラデシュ、インドの大多数の人たちはまずいというはずである。…IRRIの食堂である時期に出された日本米のように粘りのあるご飯を食べて、熱帯アジアの各国の人たちは一様に「胸やけする」と言っていた、という経験を踏まえて金田氏は“将来、減反田で、外国でも受け入れられる特徴をもった稲を作る”ために、インディカ種で美味と定評のあるバスティマ種と日本の稲を交配、「サリークイーン」(91年農林登録)を作った(以上、引用は大内・佐伯編「米生産の試練と未来」家の光協会刊所収、金田稿「米の品質と技術−おいしい米・たくさんとれる米−」23ページ)。
 しかし、転作田で“外国でも受け入れられる”米をつくる政策は、稲の青刈政策はとられても、とられていないし、超多収作物の開発と栽培技術の確立研究プロジェクトの成果が生産政策に生かされることも、まだない。自給率引き上げを謳う食料・農業・農村基本法ができ、その実行方策を示すはずの基本計画ができているにもかかわらず、である。

◆国策が支える中国の農業技術研究

袁 隆平 先生と梶井 功 氏
袁 隆平 先生(左)と梶井 功 氏
 もう1つ、袁先生は、北海道の稲にとうもろこし遺伝子を組み込み、40%の増収になったと語っていたが、C3植物である稲のC4植物化をやったということであろうか。私が“何とかしてC4的特性をもつものが稲のなかで作れないか”ということを、田中市郎博士から聞いたのは25年前のこと(農林行政を考える会編、「食料自給力の技術的展望」68ページ)だが、そういう研究プロジェクトはわが国ではしっかり立てられているのだろうか。
 揺るぎない信念に立って研究を進めている研究者を、国策が支えている中国との比較で、わが国の農業技術研究推進が私は心配になった。杞憂であってほしい。


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