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検証・時の話題

カタール閣僚宣言とWTO交渉
−−農業交渉 本格化へ

−「日本提案」の実現をEUとの連携強化が課題−

 11月9日から14日にかけて、カタールのドーハで開催された第4回WTO(世界貿易機関)閣僚会議では、中国と台湾のWTO加盟を正式承認、また、貿易と環境、アンチ・ダンピング、投資・競争などを交渉対象とする新ラウンド(多角的貿易交渉)の立ち上げに加盟国が合意したカタール閣僚宣言を採択した。農業交渉はすでに2000年から開始されているが、この宣言によって農業分野も新ラウンドの一部として位置づけられ、他の分野と一括して2005年1月1日を期限として合意されるべきことが決まった。
 同会議では閣僚宣言の農業関係の記述に、農工一体論の明記や交渉の具体的な到達水準を盛り込むべきとするケアンズ諸国と、それらを記述すべきではないとする日本、EUなどが対立した。しかし、結果は「交渉の結果を予断すべきではない」ことが明記されるなど、閣僚宣言には日本の主張が反映され、政府は「多様な農業の共存」を主張している日本提案の実現の足がかりができたと評価している。カタール閣僚宣言の内容と今後の農業交渉の行方についてまとめてみた。

 
農業も新ラウンドに交渉は一括受諾方式で

 今回の閣僚会議は、ウルグアイ・ラウンドに続く新ラウンド(多角的貿易交渉)を立ち上げることが目的。前回、1999年12月のシアトル閣僚会議は決裂、ラウンド立ち上げに失敗したが、世界経済の悪化のなか、今回は加盟国が、ともかく新ラウンドを開始させることについて合意した。
 農業分野にとって、シアトルのときと状況が違うのは、今回はすでに農業交渉がスタートしているなかでの閣僚会議だったこと。ウルグアイ・ラウンド合意に基づくWTO農業協定では次期農業交渉は2000年から開始されることになっていたことから、シアトルでの決裂があっても、農業については昨年3月からWTO農業委員会特別会合の場で交渉が始まっていた。
 したがって、今回の閣僚会議の結果、農業分野が単独交渉ではなく他の分野とともに新ラウンドの一部として位置づけられたことになる。さらに交渉はすべての分野を一括して合意するシングル・アンダーテイキング(一括受諾方式)とすることも決まった。
 次期交渉については、かねてから農業分野の単独交渉との主張や、あるいはラウンドを立ち上げても一括受諾ではなく、合意できた分野から早期に妥結させる方式などの意見も諸外国にはあった。それに対して日本は、農業交渉を有利にすすめる判断から、他分野との包括的な交渉による一括受諾方式を主張してきた。今回の会議で、その主張どおりに交渉の枠組みが固まったことになる。そして、交渉の期限は2005年1月1日までとされた。

新ラウンドと農業交渉

排除された農工一体論 非貿易的関心事項も明記

 焦点となったのは、閣僚宣言の農業部分の記述について。
 自由化促進をめざすケアンズ・グループ(国内補助や輸出補助金などの撤廃をめざす農産物輸出国グループ)は、宣言に農業に関する貿易ルールを鉱工業と同一にすべきとの考え方、いわゆる「農工一体論」を明記すべきことを主張。
 また、交渉項目である市場アクセス(関税率など)、国内支持、輸出補助の3分野について具体的な到達水準を明記すべきこと、さらには食料安全保障や環境保護などの非貿易的関心事項を実現するための政策には、“限定条件”を盛り込むべき、とも主張した。
 米国も3分野の自由化促進や非貿易的関心事項の政策要件を明記すべきとの考え方を示していた。
 これらの主張には、今回の閣僚会議で農業交渉に“縛り”をかけ、結果を先取りしようという意図があった。
 しかし、農業交渉は、昨年末、日本提案を含め計121カ国が交渉提案を提出し、今年は各国提案の内容をそれぞれ詳細に検討するという作業(第2フェーズ)が行われている(表参照)。それも非貿易的関心事項を考慮に入れながら農業貿易体制を確立しようという農業協定20条に基づいて行われているものである。
 こうしたことから日本は、農工一体論は農業貿易を鉱工業と別に扱うために規定された農業協定をそもそも逸脱するものだとして、この主張に反対。
 また、今後の交渉で、かりに国内支持などの水準が下がったとしても「それはまさに交渉そのもので決めること」(農水省国際経済課)であって、あらかじめ到達水準を記述すべきではないと主張した。また、同様の考えから、非貿易的関心事項に限定条件をつけるような記述にも反対した。
 このような対立があったものの、閣僚会議の最終局面で宣言案では、ほぼ日本の主張が受け入れられ、農工一体論や非貿易関心事項への限定条件は盛り込まれていなかった。
EU農業団体との会合
JAグループも現地で各国代表と積極的に意見交換。
写真はEU農業団体との会合。
 ただし、EUは、この宣言案に猛反発した。それは輸出補助金について「段階的撤廃をめざした削減」との文言が入っていたためだ。“撤廃”はまさに交渉結果を先取りし着地点を記述することになる。削減するにしても輸出補助金を継続させたいEUにとっては飲めない部分だった。
 一方、農産物輸出で経済発展させたいケアンズ・グループや一部の途上国は、輸出補助金の撤廃にこだわった。この文言が消されてしまえば、何のために閣僚会議に参加したのかということになるからだ。
 分科会で意見対立があり調整がつかない部分はカッコで括って示されたが、農業分野では交渉日程などを除けば、この一文のみが意見が折り合わない部分だったという。
 関係者によれば11月13日から徹夜でEUをはじめ関係国との調整が続けられ、最終的には、輸出補助金のほか、市場アクセス、国内支持の3分野の記述全体について「交渉結果を予断することなく〜」の一文が加えられて決着した。輸出補助金の“段階的撤廃をめざした削減”との言葉は残ったものの、その前に「交渉結果を予断しない」との言葉が加わったことで、EUも納得した。
 この問題をめぐって、EUは、“撤廃”の文言を削除させるために、米国に、日本も反対している「非貿易的関心事事項に限定条件をつける」ことを承諾することを持ちかけたのではとの報道もあった。が、関係者によると「真相は闇のなか」。国際交渉の現場では、主張を同じくする国の分断を図ろうとするような情報が飛び交うのは織り込み済み、として冷静に受け止めているようだ。
 帰国後、武部農相は会見で「日本がEU(の主張)に反対したことはない。EUはEUの事情があった。会議の場では国益第一となる。お互いの考えを明らかにしたうえで、立場の違いが出てくるのは当然」とし、今後のEUとの連携について「影響なし」と語った。
 いずれにしろ、輸出補助金についての問題をめぐって宣言に「交渉結果を予断することなく」との表現が盛り込まれたことは、交渉を先取りするような記述をすべきではないと考えていた日本にとっては、「われわれの主張がさらに明確になった」(農水省国際経済課)との評価をしている。

日本提案の多面的機能 宣言に実質的に盛込む

 もっ とも日本が主張している農業の多面的機能の文言は盛り込まれなかったのではないかとの指摘がある。
 しかし、関係者によれば宣言を注意深く読めば実質的に多面的機能が盛り込まれていることになるのだという。
 それは、「非貿易的関心事項」について書かれた農業分野の最終部分。この部分は、「加盟国から提出された交渉提案に反映された非貿易的関心事項」に留意する、と記述されている。すなわち、日本提案で主張している多面的機能も非貿易的関心事項として考慮されることになるといえる。「日本提案の主張のうち、この閣僚宣言によって主張できなくなった要素はなにもない」と関係者は胸を張る。

来年4月以降に交渉が本格化か?

WTO閣僚会議
カタールのドーハで開かれた
WTO閣僚会議(ロイター・共同)

 では、農業交渉は今後、どのような日程で進むのか。
 現在、農業交渉は先に触れたように各国提案を詳細に検討する第2フェーズが行われている。これは来年3月までの予定だ。3月に4月以降の協議内容や日程を決めることになっている。
 一方、今回の閣僚宣言では2003年3月31日までに“モダリティー”を決めることとされた。
 モダリティーとは、国内支持の削減や関税率の引き下げなどの「方式」のこと。たとえば、ウルグアイ・ラウンドでは関税率については、「全品目の単純平均で6年間に36%、1品目最低15%の削減」という方式が合意された。いわば、このような“方程式”をどう描くかを議論し、それを03年3月末までに決めるとされたのである。
 したがって、来年の3月から再来年の3月までの1年間でモダリティーを決めることになる。
 この間に交渉の山場があると考えられ、たとえば、ミニマム・アクセス米の削減や撤廃をめざす日本としては、この期間に、輸出国と輸入国の権利義務のバランスをとるべきことを主張しながら、その主張が実現できる具体的な方程式を呈示するという、まさに交渉力が問われる時機になりそうだ。
 その後、閣僚宣言では、参加国はそのモダリティーに基づいた「譲許表」を第5回閣僚会議の日までに提出しなければならないと記されている。
 譲許表とは、品目ごとの関税率や国内支持について書き込んだもの。それを次の閣僚会議までに提出することになったわけだが、閣僚会議は2年に1度の開催とされているため、次回は2003年の11月が濃厚だ。つまり、現時点から考えると、再来年の3月までにルールなどを決め、その年の11月までに各国が具体的な約束を他国に示すというスケジュールになる。
 その後はどうなるのか。新ラウンドの期限は2005年1月1日とされたが、実質は2004年末とみられる。その間の約1年間に第5回閣僚会議に提出した各国の譲許表をめぐって、参加国の間でお互い具体的な数値の変更を迫るなど、妥結に向け厳しいつばぜり合いが展開される……。
 これが、今のところ想定される交渉のスケジュールだが、もちろんこのとおり進むとは限らない。たとえば、モダリティーの議論が暗礁に乗り上げ、期限ぎりぎりにWTO事務局長が案として示すものの、それに不満な参加国は、譲許表を空欄だらけで提出、交渉が混迷する事態も考えられる。
 日本提案の実現に向けてこれからが本番となる。政府には、農業者をはじめ広く国民に情報を公開しながら交渉をすすめることが求められる。

WTO閣僚宣言の要旨(農林水産関係部分)

●我々は、計121カ国から提出された数多くの交渉提案を含む、農業協定20条の下で2000年初から開始された交渉の中で既に行われている作業について認識する。
●我々は、世界の農産物市場における制限と歪曲の是正・防止のため支持及び保護についての強化された規律と具体的な約束を含む根本的改革のプログラムを通じて、公正で市場指向型の貿易体制を確立するという、農業協定に言及された長期目標を想起する。
●我々は、このプログラムへの約束を再確認する。
●我々は、これまでに実施してきた作業を基本として、また交渉結果を予断することなく、市場アクセスの実質的な改善、全ての形態の輸出補助の段階的撤廃を目指した削減、及び貿易歪曲的な国内支持の実質的な削減を目的とした、包括的な交渉を約束する。
●我々は、開発途上国に対する特別かつ異なる待遇は、交渉における全ての要素の不可分の一部でなければならないことに合意する。また、特別かつ異なる待遇は、それが運用上効果的であり、途上国が食料安全保障や農村地域開発を含む開発上のニーズを効果的に勘案できるように、譲許表に、また適切な場合にはルール及び規律に、体現されなければならないことに合意する。
●我々は、加盟国から提出された交渉提案に反映された非貿易的関心事項に留意するとともに、非貿易的関心事項が農業協定で規定されているとおり交渉において考慮されることを確認する。

●特別かつ異なる待遇に関する規定を含む更なる約束に関するモダリティーは、2003年3月31日までに定められなければならない。これらのモダリティーに基づき、参加国は、包括的な譲許表の案を第5回閣僚会議の日までに提出しなければならない。ルールや規律に関する事項、関連する法的文書を含め、交渉は、交渉議題全てが終結する日に、その一部としては終結しなければならない。




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