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変貌するアメリカの系統金融
(株)農林中金総合研究所 取締役第一部長 田中 久義

 市場主義の国アメリカで、農業金融の主要な担い手として協同組合が活躍していることはあまり知られていない。その協同組合が形づくっている系統組織の姿が、今、大きく変貌しつつある。今回は、協同組合の変化について、アメリカの農業金融系統組織の動向を紹介しよう。

<アメリカの農業金融>

◆主役は商業銀行と協同組合

トウモロコシの収穫風景
アメリカ・ウィスコンシン州
トウモロコシの収穫風景

 アメリカは世界有数の農業国である。そのアメリカの農業向け金融を行っているのは、協同組合であるFCS(ファーム・クレジット・システム、農業信用制度)のほか、銀行、保険会社、そして農業資材や農産物の取り扱い業者など個人である。
 アメリカ農務省の統計によれば、2000年9月末の農業貸付残高は1864億ドル(1ドル130円換算で約24兆円)である。取扱機関別の構成をみると、銀行が41%、FCSが26%、ついで個人22%、日本の農林公庫にあたる農家更正局を継承したFSAが5%の順となっている。
 しかし、長期資金が中心である農業用不動産担保融資の残高でみると、印象が変わる。総貸付金残高1004億ドル(同じく約13兆円)のうち、FCSが32.2%、銀行が31.7%と拮抗しており、ついで個人(19.8%)、保険会社(12.1%)の順となっている。
 また、ここ10年間の推移では、FCSが26〜27%で安定的であるのに対して、銀行は32%から41%へ上昇している。これは、銀行の農業融資が短期資金の変動によってその残高が左右される傾向があることによる。
 このような違いがあるものの、銀行と協同組合であるFCSが、アメリカの農業金融の主要な貸し手である。

<農業信用制度のあらまし>

◆長期の抵当貸付から徐々に業務を拡大

 FCSという農業信用の仕組みは、1916年から徐々に形成されてきた。当初は長期の抵当貸付だけを扱っていたが、1923年には短期と中期の貸付が、1933年には農協に対する貸付が認められるなど、業務範囲が拡大された。
 また1933年には、FCSを監督する機関として農業信用局(ファーム・クレジット・アドミニストレーション:FCA)が設置され、ここでFCSの仕組みが完成した。FCAは連邦政府の機関であるが、農務省に属さない独立した行政機関であり、一般金融についての連邦準備制度と同様の役割を農業金融面で果している。

◆借入者が所有する協同組合

 FCSの単位組織は、80年代の農業不況までは、生産信用組合、連邦中期信用組合、そして連邦土地信用組合の3種類があった。これらの協同組合が、短期、中期、長期の資金をそれぞれ専門的に融資していた。
 これらの組合の出資は日本とはかなり違う。出資が行なわれるのは借り入れの時であり、借入金を全額返済すれば出資金の返還をうけることもできる。ただし、継続的な取引を行うのが普通であるため、実際に出資を払い戻す人は少ない。
 最新のデータ(2000年9月末)でみれば、アメリカ全体の農場数217万のうち、FSCの組合員数(延べ出資者数)は42万であり、全体の約20%が協同組合に加入していることになる。
 このような出資形態であることから、FCSは「借入者が所有する協同組合」と呼ばれ、FCS自身も自らをそのように呼んでいる。

◆農協信用事業との違い−貯金業務の有無

 FCSに属する各種の協同組合が行っている事業は、基本的に日本の農協信用事業とは異なる点がある。それは、FCSの協同組合が貯金を取り扱っていないことである。
 FCSが農業者に融資する原資は、FCSグループに属する専門の銀行が、金融市場で債券を発行することによって調達している。この債券の元利金の支払は、FCSに属する全機関が一体となって保証している。その意味ではアメリカの農地が最終的な担保になっているともいえ、結果的に発行債券の信頼性は高く、国債に次ぐ評価を市場から得ている。

<80年代農業不況以降の変化>

◆農業不況による貸付金の固定化

 アメリカ農業は、80年代に未曾有の困難にみまわれた。農産物価格が低下するなかで農業資材、機器の価格が高騰したために農家経済は深刻な状況に陥り、倒産する農場が続出した。これらは、農業貸付金を固定化させ、農業融資を行っている金融機関の経営を大幅に悪化させた。
 FCSの協同組合も同様の状況に陥り、農家経済の悪化や担保である農場価値の低下は貸付金を固定化させ、経営危機に瀕する組合が多発した。
 このような状況に対応すべく、政府買上価格の引き上げなどさまざまな対策が講じられた。融資機関であるFCSについての対策は、大きくみれば次の2つであった。

◆ファーマー・マックの設立

 1つは固定化債権を流動化するための仕組みであるファーマー・マックの設立である。ファーマー・マックは愛称であり、正式には連邦農業抵当公社である。
 この公社の役割は、一定の基準に該当する貸付債権をFCSの協同組合から担保付で買い取ってそれらをプール化し、それを見合いとする一種の資産担保証券(これがファーマー・マックと呼ばれた)を発行するというものである。
 これによって組合は、悪化した貸付金債権を切り離すことができ、経営の健全性を取り戻すことができる。この仕組みをうまく回転させるため、公社が発行する証券には、連邦政府の保証がつけられた。
 実はこのファーマー・マックは、住宅金融の仕組みを農業金融の世界に導入したものである。アメリカの住宅抵当融資は貯蓄貸付組合の主要商品であった。住宅貸付は長期の商品であるだけに、金利が変動することによるリスクをともなう。それを軽減するため、住宅ローン債権を売却する市場が整備された。
 これは、住宅資金の貸付金についての第二市場(流通市場)であり、具体的には住宅ローン債権を担保とした証券が発行され、この証券にファニー・メイという愛称がつけられた。ファーマー・マックはこの仕組みを農業金融に導入したものである。

◆FCS組織の再編

 もう1つは、組織の再編である。80年代までは、全米が12の農業地区に分けられ、それぞれの地区に連邦中期信用銀行、連邦土地信用銀行が設置され、管内の生産信用組合や土地信用組合に対する与信業務などのサービスを行なっていた。いわば、単位組織と農業地区毎の連合組織、そして資金調達機関である全国機関という、資金の流れ上は3段階の組織構造であった。
 このような組織構造も、効率化の観点から見直しが行なわれた。
 1つは、連邦中期信用銀行と連邦土地信用銀行の統合である。加えて農業地区の統合が行なわれ、とりあえず半分にされた。つまり地区内の連合会が合併するとともに、他地区の連合会との合併も合わせてすすめられたのである。
 もう1つは、単位組織の統合である。連合組織の統合と同様、融資期間で分担していた生産信用組合などの協同組合が1つに統合され、新しく農業信用組合が設立されたのである。
 これは組合員である借入者、つまり農業者の利益にもつながった。というのは、それまでは長短すべての資金を利用するためには、最大3つの組合に出資する必要があった。それが、統合によって1つの出資だけで、すべての融資を利用することができるようになったのである。

<協同組織性の変化>

◆協同組織性の変化−会社化

 FCSは、90年代に入り新たな変化を見せている。それがこのシリーズの最初で、EUの農協の動きとして紹介した。それを一言でいえば、アメリカで生まれた新しいタイプの協同組合の導入である。
 現在主流の協同組合のタイプは、対抗力的な協同組合と呼ばれる。対抗力とは、例えば大手資本に対抗するために、社会的あるいは経済的な弱者が協同組合をつくる場合がそれにあたる。その目的は、「集まって強くなる」ことによって、取引の公平さなどを確保しようとするものである。
 これに対して新たな協同組合は、企業家的協同組合と呼ばれる。その特徴は、より進展している競争主義社会のなかで、経済主体としての協同組合が発展していくには、企業の枠組みを取り入れつつ、協同組織としての運営を確保する、というものである。極端な例でいえば、組織は株式会社化するが、運営は組合員の利益確保を第一義とするという考え方である。

◆持株協同組合の誕生

 このような波が、FCSの協同組合にも及んでいる。組織の転換についての認可業務を行なっている農業信用局の年報によれば、2000年9月に終わる1会計年度内に、これまでにない企業化申請、つまり企業化するための定款変更申請を処理したという。
 具体的には、2000年1月1日時点で172あった協同組合のうち、実に117が企業化申請を行い、そのうち93が承認されている。その内容は案件によってかなり異なるが、共通的な点を整理すれば、次のようである。
 まず、農業者によって農業信用組合が設立される。これは新たに設立される場合と、既存の組合を改組する場合とがある。この組合は協同組合として設立されるが、その管轄する区域はかなり広く、中には州をまたがるものもある。
 つぎに、この組合が、管内にある生産信用組合と連邦土地信用組合を会社化し、それを完全な子会社にするための定款変更を農業信用局に対して行なう。これが認可されれば、先の企業化が完了することになる。つまりこれまでに直接融資業務を行なっていた組合を会社化し、その上に持株会社にあたる協同組合を置くという形である

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 アメリカの協同組合による農業金融機関であるFCSの組織は、競争原理特に効率的な事業運営を追求した結果、持株協同組合化がすすんでいる。それは、形の上では、事業の一部を協同会社化している日本の農協の選択と類似しているようにみえる。平等を重視する立場をとってきたわが国の協同組合は、自由化という名の効率化をすすめるアメリカの動きと重なるのであろうか。




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