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検証・時の話題


JAにも迫られるリスク管理
農協経営とリスク・マネジメント

田中久義
 (株)農林中金総合研究所 常務理事

 JA全中は、今年度からJAの常勤役員を対象とする研修会を開始した。第一線の農協経営者が受講者であるだけに熱心な参加者が多く、活況であった。この研修の参加者に共通した話題は、さまざまなリスクにどう対応するのか、ということであった。
 そこで今回は、リスク・マネジメントについて考えてみることとした。

何を管理すべきなのか

◆リスクという言葉の使われ方

 最近、さまざまな場面で「リスク」という言葉が使われている。例えば、金融の世界ではハイリスク・ハイリターンという言い方がある。このうちのリターンとは収益のことであるから、この言葉はリスクが高ければ収益性も高いということを意味している。ここでいうリスクとは何だろうか。
 また、経営の世界でもリスクという言葉が日常的に使われている。例えば「経営環境が変化する時代には、リスクをいかにコントロールするかが重要な経営課題になる」という言い方である。もともと経営とは環境の変化への対応であるといわれる。その意味でこの言い方は、経営の重点が変化していることを示している。この「リスク」も、先の金融の世界でいうリスクと同じことを意味しているのであろうか。

◆リスクとは?

 「リスク」とはいったい何であろうか。広辞苑でみると、単に「危険」とあるだけである。また関連した言葉である「リスク・マネジメント」をみると、「企業活動に伴うさまざまな危険を最小限に抑える管理運営方法。RM」とあり、やはり「危険」という言葉が当てられている。しかし、リスク=危険というだけでは漠然としている。どのような状況が危険なのかがはっきりしないからである。
 一般に、リスクは次のように考えられている。企業であれ個人であれ、何かをする、あるいはしない、という決断が常に求められる。このような決断は、判断した人や組織にとってプラスに働くことを想定して下される。しかし、現実には想定どおりに動くという保証はない。このような、想定どおりにならない可能性、これがリスクである。
 株式投資を例にとって考えてみよう。例えばAという銘柄を買ったとする。投資の目的は利益をあげることにある。とすれば、買うという行動は、将来の値上りが想定されている。相場の動き方は、上がる、下がる、横ばいの3通りである。買った人は、このうちの一つを想定して行動したことになる。しかし、期待どおりにいくとは限らない。想定に反して下がることもあろう。これがリスクである。

経営体の変遷から何を学ぶか

◆企業の花形部門

 企業にはいくつもの部門がある。生産、販売、財務などの各部門は、それぞれ特定の機能を担っている。部門に分かれているということは、機能を分担していることである。
 ところで、経営体がこれらの機能のうちどれを重視するか、つまり経営の力点をどこに置くかは、時代によって異なる。時代によって環境が異なり、経営が環境への適応である以上、いわば当然のことである。いずれにしても、どの時代にも経営上の花形部門がある。
 経営の重点がどこに置かれていたかをみる簡単な方法のひとつに、経営トップの経歴をみることがある。つまりトップがどの部門の出身であるかが、その時点の経営体の主流である花形部門を示している。

◆経営者の出身部門の変化

東京証券取引所
東京証券取引所

 まず1960年代までの大企業のトップは、大部分が製造部門の出身であった。モノの充足が第一とされた経済的な発展期に製造部門が重視された。その結果として製造部門出身の社長が多かったというのはわかりやすい。
 次いで販売・営業部門出身のトップが増加した。70年代以降はマーケティングの時代といわれ、それまでの「良いものをつくれば売れる」という考え方から、「売れるものが良いものであり、それをつくる」という考え方へ転換した時期であった。この時代には、そちこちに「営業の神様」がいた。
 さらに80年代には、財務出身の社長が増加した。経営者は単に生産や販売という個別部門をみるのではなく、両者のバランスをとることが重要と考えられた。生産、販売等の収支構造を、共通の言葉である数字つまり財務として把握し、収益の最大化を可能にする組み合わせを追求した時代である。
 この時期は「財務の時代」と呼ばれたが、これも長続きせず、現在はさらに新しい時代に入りつつある。それが「リスク・マネジメントの時代」である。このところの企業の課題は、企業経営に降りかかるさまざまなリスクにどのように対応するか、になりつつある。

◆経営上のリスク

 現在は、さまざまなリスクを的確に把握し、それをコントロールする技術をもった人が、経営体のトップになる時代である。
 逆にいえば、経営者がリスク・マネジメントを学ぶことが必須になっている時代である。
 リスク・マネジメントに関するある本では、リスクが次にように定義されている。リスクとは「一定の社会・経済的な価値を失う可能性、または、一定の社会・経済的な価値の獲得ができない可能性」である。この意味するところは、「想定どおりにならない可能性」と同じである。
 経営リスクのなかでマネジメント上重視されているのが「投機的リスク」である。この言葉からは金融に関連するリスクという印象を受ける。これは、もともとリスクという概念が、金融機関経営で利用されたことと無縁ではない。
 しかし、経営リスクとしての投機的リスクの意味するところはもっと広い。投機的リスクとは、経営資源の獲得とその戦略的配分にかかわるヒト、モノ、カネなどにかかわる経営上のリスクであり、損失と利益の両方を発生させる可能性のあるリスクをさしている。

◆変化する管理の重点

 個人金融でも、企業金融でも、そして金融機関経営それ自体でも、リスク・マネジメントが重要になっている。損失や利益の発生可能性、つまりリスクを把握することが容易だという意味で、金融のリスクはわかりやすいという面がある。
 問題は、収益の可能性を追求する方向と損失発生の可能性を管理する方向との、どちらを基本にするか、である。結論は、収益は管理することができないし管理する必要もないが、損失は管理することができるし、管理する必要がある、ということである。
 個人の資産運用で考えると、冒頭に紹介したハイリスク・ハイリターンで運用するにせよ、そうでないにせよ、運用が収益を追求するものである以上、管理する必要があるのは損失またはその発生可能性である。リスクのない資金運用の代表であった預貯金も、ペイオフの実施凍結解除により、預金保険の対象とならない部分は戻ってこない可能性、つまりリスクをもつ商品となった。管理しなければならないのは、損失発生可能性というリスクなのである。

◆ストップ・オーダーの考え方

 損失発生を管理する代表的な手法が、ストップ・オーダーである。これは、ストップ・ロスなどともいわれる市場運用の基本的な手法である。その考え方は、マネジメントすべきは損失やその可能性なのであって、収益は結果として生じるというものである。
 さきに、相場のリスクとは「想定どおりにならない可能性」であるとした。資金運用のリスク・マネジメントは、その可能性を限定しようとする。ある銘柄の株式を200円で買ったケースで具体的に紹介しよう。
 ストップ・オーダーの第一歩は、許容できる損失を決めることである。通常それは投資金額の一定割合で決められる。具体的には、運用資金の大小や、損益状況などで設定される。仮に10%の損失を許容限度とした場合には、当初のストップ・オーダーの水準は、買い単価200円の10%下、つまり180円となる。
 この180円の意味は、上昇を想定して買った株式の価格が180円に下がったら、目をつぶってでも売却するということにある。これで損失は20円に限定される。大事なことは、機械的に行動することである。

◆投資とリスク・マネジメント

 では、想定どおり値上がりした場合はどうであろうか。値上がりしているのだから、高いところで売ればよい、でよさそうである。しかし、高値をあらかじめ知ることはできない。そこで、値上がりしても先のストップ・オーダーの考え方をそのまま適用する必要がある。
 200円で買った株式が300円に上昇した場合には、やはりその10%下の270円をストップ・オーダーの水準にする。400円になったら360円がその水準である。このようにしていけば、いつ相場がピークになるかを心配する必要は全くない。収益は結果としてついてくる、というのはこのようなことである。

先行きの不透明な時代の農協経営の重要課題

 リスク・マネジメントがこれほどまでに注目されるのはどうしてであろうか。社会や経済の構造が変化しつつあることによって先行きの見通しが難しい時代となったことが、その理由である。
 例えば、1980年代までは基本的にインフレの環境であり、右肩上がりの時代であった。そのような時代には、多少の変化はあっても先行き見通しが可能であった。しかし、デフレへと枠組みが変化すれば、それは難しくなる。今、先行きで明らかにできるのはリスクなのである。
 損失と利益の両方を発生させる可能性のあるリスクには、どのように対応すればよいのであろうか。リスク・マネジメントは、損失が発生する可能性を管理する必要があることを示している。経営上の重点は、リスクの発生を極力防止し、もしリスクが発生したらそれを最小化することに置く必要がある。
 農業・農協をめぐる環境の変化は、組合員経済や農協事業・経営にさまざまなリスクをもたらしている。それらのリスクが現実したときの損失をいかに最小限度にとどめるかは、農協経営にとって重要な課題となっている。これに的確に対応するには、リスクの所在と規模を把握する仕組みづくりと、損失発生を回避する意思が経営者に必要である。




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