農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

インタビュー 山田俊男 JA全中専務に聞く
新基本計画とJAグループの対応
幅広い多様な担い手への支援こそ、改革への道
インタビュアー 梶井功 東京農工大学名誉教授

 新基本計画づくりに向けた議論が9月から再開される。JA全中の山田俊男専務は、中間論点整理のとりまとめの検討のなかで「基本的考え方」を企画部会に提出(下の要旨参照)、今後の議論に向けて担い手や農地制度、経営安定対策などについてのJAグループの考え方を示した。今回は、この「基本的考え方」をもとにJAグループの今後の対応について聞いた。

◆中間報告は今後の議論に向けたあくまでも課題の整理

 梶井 今日は、中間論点整理をまとめる際に企画部会に提出された「基本的考え方」をもとに今後の課題とJAグループの対応についてお聞かせください。
 この文書では最初に中間論点整理の位置づけを明確にして、「こうだ」と言えることをはっきりさせておくことが必要だと提言されていますね。(「基本的考え方」(1)参照)これはどういうお考えからの問題提起なのでしょうか。

山田俊男 JA全中専務
山田俊男 JA全中専務

 山田 ひとつは、15回開かれた企画部会の議論のなかで回が深まるにつれて内容的に理解が深まった部分ももちろんありますが、どうしても納得できない部分もありそれについてははっきりさせておきたいということでした。
 ふたつには、これまでのわれわれの主張は今後もさらに引き続き議論されることだ、という点を明確にするということです。あくまでも中間論点整理とは今後さらに詰めるべき課題を明らかにしたものであって、これで合意したから後日の議論はできないというものでは決してない、そのことを強調したかったわけです。

 梶井 企画部会では担い手・農地制度、経営安定政策、資源・環境政策のいわゆる主要3課題が検討されてきましたが、私はなぜ今、この主要3課題の議論が必要なのかという点が中間論点整理でもはっきりしていないと感じています。現行の基本計画の中心課題は自給率の向上ですから基本計画を変更するなら当然自給率問題を議論しなければなりませんが、それを検討するためには、まずこの主要3課題を議論しておかなければならない、ということでしょうけれど、その関連性が分かりにくい。

 山田 われわれも自給率目標について並行して議論することが大事ではないかと主張しました。それは、目標数字を掲げてそれに向けて政策を具体化するということが基本ではないかと考えたからです。
 ただ、参議院選挙を控えたなかでの議論でしたから、目標数字が高いか低いかだけの議論になるのを避けざるを得なかったという事情があったと思います。たしかに、自給率目標の数字の議論は45%か、50%か、目標が高ければいい、低ければ悪い、という問題ではないと思います。
 しかも目標を計算するには一方で消費者の食料消費のあり方が関係する。つまり、食生活のあり方を変えていく、そのベースになる食育をきちんと積み上げていくなど数字になりにくいものも自給率目標に大きく影響を与えます。

◆水田への新たな作物導入定着対策も大きなテーマ

 山田 ですから、数字が高いか低いかという議論だけでは不十分な議論であって、目標を達成するためにどうしても必要になる担い手や農地をどうするのか、そのための政策はどうあるべきかということをきちんと議論することが必要だという位置づけでまずは主要3課題を議論をしてきたわけです。そこで、ご指摘のような議論の関連性についても、「基本的な考え方」を提出することによって、自給率の議論は今は後回しにしたけれども今後しっかり議論するんですね、ということを明らかにしておきたかったわけです。
 このことと関連して、われわれは主要3課題のほかに、水田で安定して生産できる新たな作物の導入定着対策が絶対必要だと主張しています。(同(5)参照
 これは当たり前の話であって、担い手、農地、経営安定対策、環境・資源対策を議論しましたが、今いちばん困っているのは水田で新しく何を作るのかという問題です。この議論はまったくなかった。
 経営安定対策の対象作物は畑作物と水田では麦と大豆だけ。飼料作物は対象になっていません。
 水田農業には米、麦、大豆以外に主要な飼料作物があるのに、そのことを念頭に置かず、水田農業の経営を単位とした経営所得安定対策というのは確立できるのでしょうか。そこが主要3課題の検討だけでは解決できない問題として残されていますし、自給率の議論とも密接に関連すると考えています。

◆家族経営は米国・EUでも中心農業の将来イメージに共通認識を

梶井功 東京農工大学名誉教授
梶井功 東京農工大学名誉教授

 梶井 農地・担い手制度については「持続的な家族農業経営を中心に」「多様な担い手に面的利用の集積を図る」べきだと提言されています。(同(2)―1参照)この意図するところをお聞かせください。

 山田 私は企画部会ではわが国農業の将来イメージについて必ずしも一致していないと感じています。
 今回、このような「考え方」をあえて示したのも、やはりわが国の水田農業のあり方をあらためて押さえておくべきだとの思いからです。つまり、アジア・モンスーン地帯での零細分散所有という実態、さらに農地解放という歴史的な経過、そしてそのことがわが国の生産力を高め民主化も進め農村の発展にもつながったということ、しかし、いびつな高度経済成長により離農による自立経営農家は育成できず圧倒的に兼業農家を定着させてしまった。このような歴史的、政治的、経済的な要件に、さらにまた国土条件や気候条件に制約されてわが国の農業があるわけです。それがどの程度共通認識になっているのか疑問です。むしろ、欧米型の農業経営が望ましいという考え方に立って、それにくらべて日本は零細農家を温存している、過保護だ、と指摘する人もいる。
 しかし、本来はわが国の実態、条件のなかでどうすれば農業を改革できるのかを考えなくてはいけないはずです。
 そういう議論が不十分なまま、リース方式による株式会社参入を全国展開すべきとか、さらに一般の株式会社にも農地取得を認めるべきだという議論をする。
 これでは将来イメージをまったく共有しているとはいえない。
 持続的な家族農業経営にはわが国の地域社会や家族という社会の基本単位を維持し安定させていくという大切な役割もあるのに、それも放り投げた議論になっている。その危機感から、あえて家族農業経営を中心、という考えを改めて強調したわけです。
 このことはわが国の国のあり方にも関わる重要な問題です。それなのにまともに議論しないで、すぐに株式会社に農業参入を認めろという話になる。しかし、ヨーロッパでも米国でも株式会社参入についてはものすごく厳しい制約があって、実質的には80〜90%は家族農業経営ですよ。

◆農用地利用改善団体の具体的改革を提起

 梶井 そうですね。農業というのは先祖から代々続いてきた営みです。そこを忘れていけない。それから「担い手」への農地の面的利用の集積を強調していますが、これは大変的確な指摘で重要なことです。

 山田 ここでは担い手問題と農地利用の問題は切り離せないということを強調したかったわけです。
 担い手が育つためには、とくに水田農業の場合は土地利用をどう集積するか、分散所有が実態ですから面的に、一元的に、団地的に利用できるということを実現させる必要があります。ただ、農地はどの農家にとっても資産的所有になっておりみな手放せないと思っているのが実態です。そこで資産としての所有は認めながら、利用を徹底して一元化、団地化できないかということです。
 さらに今回、われわれは「農地利用・農村整備計画づくり」を打ち出しています。そこでは現行の農用地利用改善団体の仕組みを充実させて、集落、あるいは旧村単位で具体的に農地利用の集積を図ることなどを提起しています。

 梶井 JAグループの提起では、利用改善団体に農地利用調整だけではなく、作付け計画と販売目標も定めることにすべきだとしていますね。これまでは農地の権利調整機能を果たすだけで生産面に立ち入る必要はないんだという意識があったと思いますが、この提起では地域の農業をどうするのか、その計画を立てることを農用地利用改善団体の主要な仕事にしようという意気込みが感じられ注目すべきことだと思います。

 山田 米政策改革か地域水田農業ビジョンづくりが進行していて、担い手をどうするのか、特色ある米づくりや売り方、あるいは米に代わる作物をどうするのかを協議していますから、それと農地利用の問題をしっかり結びつけ、農地利用改善団体の役割を見直して法的にも位置づけていこうということです。

◆地域の実態に合わせ担い手と農地利用をつくり上げる

 梶井 担い手について中間論点整理では、効率的かつ安定的な経営とそれをめざすものとなっています。一方、山田専務の提出された基本的考え方では「多様かつ幅広い担い手」とすべきと提起されていますね。(同(2)―2参照)この問題では担い手を限定するという議論がありますが、それとは明確にスタンスが違うわけですね。

 山田 米政策改革では担い手経営安定対策の対象に要件をつけ、認定農業者と集落営農とし、集落営農には特定農業団体をめざしているとの要件に加え、規模も要件となりました。
 しかし、それだけで本当に地域農業を支えていけるのかどうか、です。まして水田集落の半分は主業農家が一人もいないという状況です。こういう地域は誰も政策支援の対象がいないということでいいのかどうか、必要な米の生産の確保や地域社会が守れるのかどうかといった問題があると思います。
 しかし、誰でもいいわけでなく、われわれも一定の要件は必要だと思っています。たとえば、自ら手を上げる人、意欲ある農家、それから集落のなかでぜひ育てようと明確化した農家、さらに経理は一元化しているもののまだ法人化には至っていない集落営農組織、また作業受託組織もありますから、こういう組織も対象にすべきではないかと考えています。
 面積要件だけで対象を決めることには反対で、意欲がある、地域が認めたといった観点が必要ではないかということです。

 梶井 面積を要件とすると今は規模は小さいけれどもこれから拡大しようという意欲ある人が対象からはずされることになる。幅広い農業者の活力を失わせない政策が必要だとおおいに主張していただきたいと思います。

 山田 地域に根ざし地域農業振興に役割を果たしていく農協にとっても政策の対象がごく限られた人だけになるのでは地域社会づくりにも影響します。地域の人々の参加のなかで農地をどう利用し誰が担うのか、何をつくっていくのか、こういうことを地域のなかで話し合って合意していくことが非常に大事になっていると思います。われわれが集落営農を徹底して作り上げていこうとしている意義もそこにあると考えています。

 梶井 秋に再開される検討でJAグループの考え方が反映されるような議論を期待します。ありがとうございました。

インタビューを終えて

 食料自給率を45%に引き上げることを柱にしている現行基本計画の変更審議にあたって、農水相はのっけから主要3課題なるものを提示した。審議会は当然、この主要3課題が現計画の柱とどういう関連があるのか、どういう意味をもつのかという論議から始まるものと私などは考えていたのだが、これまでの審議経過を見る限り、そういう議論はなかったようだし、当然ながら今回の企画部会の論点整理にも論及はない。
 専務が企画部会に提出したペーパーで“「こうだ」と言えることをはっきりさせておくことが必要”と指摘されていたのも、これまでの企画部会の論議が、現計画の柱と無縁なかたちですすめられてきたことへのいらだちをもたれておられたからだと、お話を聞きながら感じた。総じてこれまでの企画部会での議論は、実態把握、施策の検証・評価を踏まえているとは言い難い。特に農地制度などについてはその感が深い。JAグループとしてやれること、やらなければならないことを踏まえ、検証・評価に立脚した提案で審議会の論議をリードすることを専務に期待したい。(梶井)

今後の企画部会での検討に向けた基本的考え方(要旨)

(1)中間論点整理の位置づけと今後のすすめ方の明確化について
○中間論点整理の「位置づけ」を明確にして、委員が共通して中間論点整理は「こうだ」と言えることをはっきりさせておくことが必要。
○そのためにも、アジアモンスーン下において水田農業を中心としてきているわが国農業の将来像に関するイメージを共有するとともに、今後の施策の方向を明確にしつつ、具体的な施策の考え方を示していくことが必要。

(2)農地・担い手制度について
○「農地制度の改革」なくして、水田農業を中心とするわが国農業の構造改革(=「日本型」の構造改革)は実現できないなど、「農地問題」と「担い手問題」は決して切り離せないのであって、このため、
1.「農地を農地として確保しその有効利用を図る」ことを基本に、持続的な家族農業経営を中心に、地域に根ざす農業者やその集団・法人などの多様な「担い手」への面的利用の集積をはかるという具体的な方向を打ち出すことが必要。
2.農地の面的集積をすすめるためにも、集落営農の組織化を含め、広範に担い手を確保していくことが必要。このため、地域の実態をふまえた「多様かつ幅広い担い手」に対する政策を打ち出すことが必要。

(3)経営安定対策(品目横断的政策等)について
○経営安定対策の具体化にあたっては、「緑」の政策としての「面積当たり支払」と、生産者の品目ごとの生産に着目した「数量当たり支払」を組み合わせた「日本型」の直接支払いとして打ち出すとともに、経営を単位とした収入・所得安定をはかる仕組みの確立をめざすことを、明確に示す必要。
○とりわけ、水田作経営における具体的なイメージについて、麦・大豆だけでなく、その中心となる米や飼料作物等の取扱いをどうするのかなど、米政策改革との関連も含め、きちんとわかるように描いていくことが必要。
○野菜・果樹・畜産等についての品目別政策のあり方を検討するにあたっでは、「担い手」に集中というのではなく、産地としてどう構造改革をすすめるかの視点で検討することが必要。

(4)農業環境・資源保全政策について
○農業環境施策や資源保全施策のあり方について、きわめて抽象的であり、今後早急に、明確な支援策のイメージを整理することが必要。
○その際、「地域の協同の取り組みに対する直接支払制度の導入」「環境直接支払い」といった、何を実施するのか分かるようにすることが必要。

(5)水田農業への新たな作物の導入・定着対策について
○水田作経営の安定をはかっていくうえでも、新たな作物の導入・定着対策について、積極的かつ大胆に打ち出すことが必要。

(2004.8.27)

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