農業協同組合新聞 JACOM
 
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検証・時の話題

― 改正農薬取締法施行 ―
国産農産物の信頼回復のために

法改正は食の安全と信頼回復へ画期的な進歩


本山直樹
 千葉大学教授


 安心・安全な食料を供給するための枠組みの一つである改正農薬取締法が施行されて1カ月余が経過した。本紙では、数回にわたって産地を守り国産農産物の信頼を回復するために、この改正農取法をどう考え活かしていくかを考えてきた。今回は、農業資材審議会農薬分科会長として法改正に携わってこられた本山直樹千葉大教授に、改正にいたった歴史的背景や今回のポイントでもあるマイナー作物への適用拡大、さらにさまざな論議がされている特定農薬問題などについてインタビューした。

◆人の健康と環境を守るために

 ――今回の農薬取締法(農取法)の改正についてどう評価されていますか。

本山直樹氏
もとやま・なおき 昭和17年生まれ。千葉大園芸学部卒業。昭和44年ノースカロライナ州立大へ留学し45年から研究助手。55年千葉大園芸学部助教授。平成3年同大教授となり現在にいたる。現在、日本農薬学会常任評議員、農水省農業資材審議会委員(農薬分科会長)、環境省化学物質の生態リスク評価委員、日本木材保存剤審査機関安全性評価部会委員。日本農薬学会業績賞(平成14年)同奨励賞(昭和57年)など受賞。主な著書に「農薬学事典」(編集)(朝倉書店)などがある。

 本山 改正の意味はいくつかありますが、全体を通していえることは、画期的な進歩だということです。
 なぜかといえば、改正の必然性について歴史的な経過を考えてみる必要があります。農取法の原点は、第二次世界大戦後の食糧難の時代に、農薬がないので、一所懸命に作物をつくっても病害虫にやられ、雑草は人間が炎天下の中で牛馬のごとく取り除いていたわけです。その頃にアメリカから化学農薬が入ってきて、画期的な効力を発揮しました。それは農業だけではなく、ノミや蚊や虱、鼠などを防除して人間の命を伝染病から守るという効果も発揮しました。しかし、それに便乗した悪徳業者がまがい物農薬を販売し、それが横行し大きな被害がでました。それを取り締まるために昭和23年に農取法が制定されたわけです。つまり、国が審査することで、農薬の品質と効力を確保するところに原点があるわけです。
 当時の農取法の安全性についての審査に必要なデータをみると、急性毒性関係しかありませんでした。つまり、農薬を散布する農家の健康を守るという観点はありましたが、消費者のことはそれほど考えていなかったと思います。
 そして昭和46年に大幅な改正がされます。この時代は、工業を含めて公害が大きな社会的な問題になっていました。公害問題の一つとして農薬も、環境と人間の健康を確保するためにということで、安全性を重視した改正をしたわけです。
 それから30年以上経って、社会情勢も大きく変わってきていますが、それに農薬取締法は対応できていませんでした。一つは、国の政策として環境保全型農業が奨励されるようになり、それにともなって無農薬栽培とか有機農業への過度な期待が高まってブームとなりました。それが偽装有機農業につながり、偽装有機農業用資材の横行を招来しました。私は、その実態を調査し有機資材と称するものを分析した結果、効力のあったものには化学合成農薬が混入されていたという事実を発表しましたが、農取法はまったく無力で、業者から軽視されてきました。

◆使用者責任を明確にし消費者の安全性を確保

 ――そのことが無登録農薬問題に結びついた…。

 本山 そういうことです。
 古い農取法のもう一つの問題点は、農薬を製造する方には安全性を確保するために大変厳しい要求がされていましたが、使用者責任が欠如していたことです。農薬メーカーが10年という時間と何億円という開発費をかけて農薬をつくっても、最終段階で農家が安全使用基準を守らなければ、消費者に対する安全性が確保されません。使用者責任を明確にするべきだと私は主張してきましたが、「農業生産者に過剰な負担をかけることはしにくい」という農水省の姿勢もあってできませんでした。
 しかし今回は、BSE問題や無登録農薬問題で食の安全性に対する関心が高まっているという世論を背景にして、使用者責任制度が実現しました。これは画期的なことです。制度が変わったために、一時的に右往左往する人はいるかもしれませんが、これから細かい運用上の問題点が整理され、法律が普及していけば、歴史的にも高く評価される制度改革だといえます。
 そういう意味で、画期的な進歩ですし、長年にわたって蓄積されてきたこうした問題点を解決する仕組みをつくることに積極的に取り組み、短時間でみごとにやりとげた管理行政を担当している農水省生産資材課の方々に心から敬意を払いたいと思います。

◆コストを削減できる仕組みが必要
  ―経過措置の試験で

 ――適用作物の拡大とかグループ化、マイナー作物への経過措置がとられましたが、これも今回の改正の大きなポイントですね。

 本山 いままでは、登録のない作物への使用を黙認というか、同じ科の植物への登録があるからということで間接的に認めてきたわけです。それが消費者の不信感を生む一つの要因だったわけです。それを全部表に出し、これからは適正に対処しようということにしたわけで、これは消費者の信頼を回復する画期的な施策だと思いますね。
 しかし、問題点もあります。一つは、経過措置として知事から申請され承認された使用できる作物と農薬の組み合わせがありますが、これは「都道府県に使用の要望を行った者のみが使用できる」となっていて、申請した団体とか個人しか使えないことです。それから、知事を通して申請した都道府県でしか使えません。

 ――なぜそうしたのでしょうか。

 本山 農家が経過措置の農薬を使うときには、県の指導機関が了解し、その指導の下に使って欲しいということです。どこでも使っていいとなると、県が実態を把握できず、キチンとした指導も監視もできなくなり、食の安全性に不安感が出てくるからです。一見、不合理なようにみえますが、消費者に対する安全性を確保するためのやむを得ない措置だといえます。
 もう一つは、経過措置の間に各県がメーカーに協力して作物残留試験とか薬害試験を行いマイナー作物に対する農薬登録をきちんと取るという考え方ですが、その費用を誰が負担するのかという問題があります。いまの仕組みだとコストが相当にかかりますから、国の関与も含めて、コストが阻害要因にならないような方策を考える必要があると思いますね。


◆特定農薬でも品質・効力・安全性で科学的根拠を

 ――特定農薬にはさまざまな議論がありますね。

 本山 農家個人で化学農薬以外の防除方法を工夫している人がいますが、こうした創意工夫をつぶすような過剰な規制をしてはいけないということで考えだされた正しい施策だといえます。ただし、特定農薬という言葉が適切かどうかという指摘がされ、今後は特定防除資材と呼ぼうということになりました。
 しかし、この制度を一番問題にしている人は、農家なのかというと私は違うと思います。

 ――誰ですか。

 本山 有機農業ブームに便乗して、偽装有機農業用資材を販売して利益を得ていた業者だと思います。それから、偽装有機農業生産物を流通して利益を得ていた団体です。そして3番目が、偽装有機農業をやっている農家です。
 こういう人達は法律改正によって、追いつめられて、大騒ぎしているのです。まともな農業やまともな有機農業をやっている人たちはビクともしませんね。

 ――特定農薬検討委員会の委員長をされていますがどのような検討をされたのでしょうか。

 本山 特定農薬の基準は農取法にも書いてあるように「原材料から判断して安全」なものということで、効力についてはなにも規定がありません。委員会では、特定農薬といえども農取法の原点である品質と効力の確認、そして人間の健康と環境に対する安全性は確認しなければいけないという基本方針を決めました。

 ――その結果、指定されたのが重曹・食酢・在来天敵の3つというわけですね。

 本山 740の資材が候補にのぼりましたが、「効くと思います」とか「食品添加物として認められているから」など、大半が個人の思い込みで科学的な根拠がありませんでした。農薬登録には厳しい条件があるわけですが、特定農薬で、使った本人が効力があると思いますということだけで、国がお墨付きをあたえることはできません。
 例えばワサビは微量を食べる分には健康食品です。しかし、マウスに対する急性毒性ではスミチオンの3倍高いんです。これを施設のような閉鎖空間で農薬的に散布したら健康に対する障害が起こる可能性が高いわけです。

◆品質がバラバラで試験データがなかった木酢液

 ――原材料が食品だから安全とはならない…

 本山 安全性は、用法用量の条件の下でしか判断できません。

 ――木酢液が保留され、話題になっていますね。

 本山 木酢液については、製造方法によって品質がバラバラだということ。含まれる成分の中には明らかに有害だといえるメタノールとかホルムアルデヒド、発ガン物質であるベンツピレンが入っていること。そして有害物質が含まれた混合物でありながら安全性に対する長期試験データがないこと。農薬としての実用効果に関する試験データもほとんどない。そういう状況では、特定農薬として指定してもよいとする根拠を国民に説明することができないということで指定しませんでした。

 ――大半が保留されたわけですが、今後も検討していくわけですね。

 本山 時間をかけて、効力と安全性について判断できるような資料を集めます。資料がないものは試験をして資料をつくり、一つひとつ判断をしていきます。木酢液については、農水省も試験をしていく予定ですが、品質、効力、安全性について私の研究室でも試験をする予定です。

◆有機農業の名の下に危険な資材も

 ――実にさまざまなものが明るみにでてきましたね。

 本山 指定のための作業をしていて私たちが実感したことが二つあります。
 一つは、有機農業とか無農薬・減農薬栽培という美名の下に、驚くべき危険な資材が使われていたということです。例えば、医療用の消毒液とかナフタリンなど農作物生産では使うべきではない危険ないくつかの資材が使われていたことです。
 二つ目は、740の資材を丁寧に検討していくことで、結局は登録農薬を使用基準に従って適正に使うことが、作物保護、安全性、環境保護という面で、もっとも確実で安全な方法であるということを再認識したということです。

 ――指定されなくても個人の自己責任で使ってもいいとなっていますね。

 本山 まだ、安全とも危険とも断定できたわけではありません。いわば「容疑者」の段階ですから、判定するまでの期間は、業者が農薬と謳って販売することは禁止しますが、農家が個人で自己責任でつくって使うことまでは規制できませんということです。


◆農薬の使用に研修・ライセンス制度の導入を

 ――今後の農薬のあり方についてどうお考えですか。

 本山 田植え直後に現場に行って、生産者に今年はどんな除草剤を使いましたかと聞いても10人に1人ぐらいしか答えられません。こういう農薬についてキチンとしたトレーニングや研修を受けていない人がたくさんいるわけです。
 これを改善するには、農薬の研修を国が制度化する必要があると思います。従来も農協単位とか改良普及センター単位などでやられていますが、それではまだ不十分です。国が研修を制度化して、農薬を買ったり使ったりする人は、必ずこの研修を受けるようにする必要があると思います。そして運転免許証のようにライセンスを発行し、ライセンスを持たないと農薬を買うことも使うこともできないとすることだと思っています。高齢者しか家にいなくて研修を受けられない場合には、若い人や農協の営農指導員が資格をとって、その指導・責任の下に農薬を使うというシステムでいいと思います。
 現在の日本の状況では、一挙にそこまでするのは時期尚早だと思いますが、研修制度はつくった方がいいと考えています。

 ――海外にはそういう制度があるのですか。

 本山 アメリカには、一定以上の危険性のある農薬についてそういう制度があります。危険性の判断が日本とは違い、日本ではホームセンターで売っているような農薬も入っていて、かなり広い範囲を網羅しています。
 農薬は量と使い方で毒にも薬にもなり、医薬品と似ています。しかし、農薬は環境中で使用しますから、間違った使い方をすると環境に対して大きな影響を与える可能性がありますし、消費者の健康に影響がでる可能性もありますから、医薬品よりももっと慎重に厳しく扱わなければいけません。しかし、ホームセンターに行けば農薬についての知識があるなしにかかわらず、誰でも簡単に買うことができるのはまずいと思いますね。医薬品の場合には、どこの薬局に行っても薬剤師がいて相談ができますが、農薬は相談できる相手がいないところでも買うことができますから、これは改善しなければいけないと思います。


◆差別化のために減農薬・有機を強調することはやめよう

 ――最後に、生産者や農協が産地を守り、消費者から信頼されるために必要なことはなんでしょうか。

 本山 消費者の信頼を得るために、農薬取締法をキチンと遵守してくださいということが第一点です。二番目は、トレーサビリティを確実に行うことで、消費者とのコミュニケーションを確立してくださいということです。三番目は、農業には食料生産以外にも多面的な機能がありますから、それを認識して主張し、消費者や都市との交流の場をつくり、育ててほしい、つまり消費者と生産者がお互いを理解して共に日本農業を守っていってくださいということです。
 四番目は、私は、消費者も加わった有機農業運動は大賛成ですが、国民に食料を供給するためには近代的な農業も必要なわけですから、産地や商品の差別化のために、減農薬とか有機とかをセールスポイントとして強調することは止めていただきたいと思います。それは、適切な農薬を適正に使っている人に失礼ですし、農薬を適正に使って生産した農作物があたかも危険であるかのような、事実とは異なる印象を与え、農薬の安全性について消費者に誤解を与えることにもなりますから…。
 五番目は、自分の使っている農薬について知らない人が多いので、農薬についてシッカリ勉強し、適切な農薬の選択とか正しい使い方ができるようにしていただきたいということです。 

(2003.4.22)

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