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検証・時の話題

異常な夏が語る気候変動の時代
−「寒い夏」を根本順吉さんに聞く−

 8月も終わろうとするのに今年は夏らしい日がほとんどなかった。東北地方は梅雨明け宣言もないまま、天候不順で稲の生育の遅れが報告されている。一方、ヨーロッパでは異常高温に見舞われ熱中症などで約3000人が亡くなったほか、森林火災や農産物の被害も多発している。
 日本のこの夏は米の作況指数が全国で74という記録的な凶作に見舞われた1993年を多くの人に思い起こさせる。今年はあの年ほどの不作はないとされるが、気象研究家の根本順吉さんは「大気の流れのおかしさという点では、10年前にはなかったことが起きている」と指摘する。かつて本紙に寄稿してもらったこともある根本さんを訪ね、気象異変をどう考えればいいのか話を聞いた。

◆平均気温、降水量など記録更新が続出

根本 順吉さん
プロフィール 大正8年東京生まれ。84歳。昭和16年中央気象台付属気象技術官養成所本科卒。気象庁予報官として各種予報業務に携わり昭和50年退職し、フリーに。日本気象学会、日本天文学会、科学史学会などの会員でもある。著書に「異常気象を診断する」、「空からの手紙」、「渦・雲・人―藤原咲平伝」など多数。「週刊朝日」の書評委員を17年間も務めたこともあり、小説家、評論家にも知己が多い。世田谷区在住。
 根本さんの話を紹介する前に、気象庁の発表から今年の夏の天候をまとめておこう。
 7月は、オホーツク海高気圧が優勢で、北日本と東日本の太平洋側では気温が低く、曇りや雨の日が連続。太平洋高気圧の日本列島への張り出しが弱かったため、梅雨前線が本州の上や南岸で停滞し、西日本でも曇りや雨の日が多かった。
 月の平均気温は、全国で平年を下回り、北海道のオホーツク海側、東北の太平洋側の一部では平年を3℃以上下回ったところがあっただけでなく、過去の記録を更新した地域も続出した。
 仙台では月平均気温が18.4℃と、大冷害となった1993年の18.5℃を下回り記録更新、ほかに10地点で低温記録を更新した。
 降水量も多く全国で平年を上回り、とくに東北の太平洋側、中国地方、九州北部では平年の170%以上にもなった地域もあった。大船渡(岩手県)と厳原(長崎県)では、7月の降水量最大値を更新している。
 日照時間も全国平均で平年を下回り、東北の太平洋側、関東甲信などでは平年の40%以下の地点も。さらに宮古(岩手県)では、月の日照時間が25.7時間と平年の17%足らず。宮古のほか24地点で最小時間を更新した。
 8月に入ってからの回復も予想されたが期待された夏らしい天候は訪れていない。

◆ヨーロッパ 死者3000人
 世界穀物生産量3000万トン減

 一方、ヨーロッパでは6月から高温が続き、8月に入って異常高温になった。ロンドンでは8月の最高気温平均が約21℃なのに、8月10日には37.9℃を記録。パリは最高気温平均が約24℃なのに、12日に40℃を記録した。
 原因は、ヨーロッパ南西部で亜熱帯高気圧が平年より強く、また、北部では偏西風帯の高気圧が長く居座ったためとされている。
 この熱波による熱中症で約3000人が死亡した。
 また、熱波の影響を織り込み米国農務省は今年の世界全体の穀物生産量見通しを8月初めに約3000万トン下方修正している。この量は米国の小麦生産量の半分に匹敵する。

◆未解決な課題多い異常気象の研究

 根本順吉さんは、「今年の天候は93年と確かに似ている。しかし、何が似ていて何が違うかを問うことが専門家の間で不足している」と話す。
 たとえば、「ヨーロッパの気温上昇は6月に始まった。6月は夏至。そうなれば当然、太陽活動との関係が考えられるはず。このテーマは古くからある課題だが、二酸化炭素排出など温暖化問題が注目されすぎて関心が薄れてきているのではないか」と指摘する。
 太陽の活動のうち、よく知られているのは黒点の数。11年周期で増減するとされており、このサイクルを考えれば日本の10年前の夏との関連が思い浮かぶ。黒点の極大が大きくなるほど、周期は短くなる。
 もっともこうした点は1つの例で、気象異変を解明するには地球の気象にはさまざまな変動サイクルがあることを念頭に置く必要があるという。
 異常気象の定義は、30年に一度の現象とされているが、それは平年値が30年ではじきだされるため。今回のヨーロッパの熱波は、200数十年に一度のことなどとも指摘されており、こうした100年、200年単位の変動があるのだという。その関連との解明も今後、重要なテーマだと話す。

◆オホーツク海高気圧 10年前とは位置が違う

 その視点から根本さんが注目するのが今年のオホーツク海高気圧の位置だ。
 今年はしばしば「前線の停滞」ということを聞いたが、なぜ停滞がもたらされたのか。
 根本さんによればそれはオホーツク海高気圧の張り出しが原因なのだが、今年はオホーツク海高気圧の位置がいつもより西側に居座るかたちになっているのだという。
 そして、これが影響して偏西風の流れ方に、一定の蛇行を示すブロッキングと呼ばれる現象が起き、前線の停滞をもたらしたのだという。
 偏西風は南北に蛇行しながら吹いているが、その蛇行の形は日によって少しずつずれる。そのために高気圧や低気圧は西から東に動いていくが、今年はその蛇行のかたちが一定のため前線の居座りということにつながったとみる。
 この偏西風のブロッキングという現象は以前から指摘されていたが、「これは10年前の冷夏には見られなかったことで自分の経験でも初めて。気象のおかしさという点でいえば、今年のほうがおかしいといえる」と話す。
 そして、この状態が本当に冷害をもたらすヤマセを吹かせる大気の流れになっているのでは、と推測する。もちろん今後の検証が必要だが、日本で古来から言われてきたヤマセについて、その定義にも深く関連するかもしれない気象が今年起きているということだ。

◆手のひらを返すように激変する気候

 根本さんが異常気象に着目したのは1960年代のこと。象徴的な現象はアフリカ大陸のビクトリア湖の水位が突然上昇したという報告だったという。ほかにもセイシェル諸島の年間降水量が増加の一途をたどっているというデータも見出された。
 こうした現象から考えられたのは「長期的に気候の体制が変化しはじめている」ということで、「実際にすでに変動期に入っている」という。
 変動期といわれると、非常に「不安定な気候」というイメージから、来年もまた冷夏になるのではないかと考えがちだ。
 たとえば、不安定と聞くと、この季節、天気予報でしばしば聞くのが「大気が非常に不安定なため夕方には雷雨もあるでしょう」といったことが思い浮かぶ。
 しかし、根本さんは「たしかに夏には地表付近と上空の温度差が大きいことが多く、それが逆転するため激しい雷雨になります。その状態を大気が不安定といいますが、しかし、雷雨が毎日続くというのは、その状態が安定しているということ。大気が不安定ということだけでは連日の雷雨は説明できないことを忘れてはいけません」と話す。
 では、気候全体が変わり目の時代に入り、不安定な状態となっているとはどういうことか。
 「つまり、来年は今年とは違って手のひらを返したような気候になるということですよ。来年も冷夏ということはない。今年がおかしな夏であればあるほど、来年はいい夏になるはずだと私は思っています」。
 長期にわたる気象変動は避けられない現象のようだが、今後の動向の予測、原因の解明などにわれわれとしては期待したい。長年、気象研究にあたってきた根本さんは「現場のデータをとることがもっとも大事。医者と同じで臨床ですね。さらに問題意識をもって分析すること」と若い世代に注文していた。 (2003.9.1)



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