農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

全頭検査は本当に「不要」なのか?
求められる科学的な議論--その1--
日本生物科学研究所主任研究員・東大名誉教授 山内 一也

 わが国でBSE(牛海綿状脳症)の発生が確認されて2年9か月。以来、全頭検査と特定危険部位(SRM)の除去などの対策が実施されてきたが、昨年7月に設立された食品安全委員会は、現在の対策を検証する作業に入った。こうした動きを受けて「全頭検査は不要」、「牛肉の安全確保はSRM除去だけで十分」などとの議論がメディアで目立つようになった。背景には昨年末にBSEが発生した米国からの牛肉輸入停止問題がある。
 しかし、なかには科学的根拠が不十分であったり、いたずらに混乱を招く主張も少なくない。今後、議論を進めるにはしっかりした認識が必要だ。何が問題なのか。東京大学名誉教授で食品安全委員会プリオン専門調査会専門委員の山内一也氏に話を聞いた。

◆輸入再開問題は検証作業の目的ではない

 「今回の検証作業は、米国との牛肉貿易問題を念頭に置いたものではありません。食品安全委員会が設立された昨年から、現在のBSE対策がどう実行されているか、たとえば、SRMの除去は確実に実行されているのか、といったことも含めていずれ検証することは課題となっていた。検証の結果、必要があれば改定するということです」。
 山内氏はこう指摘し、今回の検証作業が米国産の牛肉輸入問題の打開に向けて行われるものではないと強調する。
 では、現在のわが国のBSE対策とはどのようなものか、改めて整理しておこう。

伝播経路と対策(表)
伝播経路 対策 原則
牛―牛 肉骨粉禁止
交差汚染防止
サーベイランス
トレーサビリティ
増幅禁止
牛―人* スクリーニング
SRM除去
安全な解体法
トレーサビリティ
安全性確保
人―人 輸血・臓器移植禁止
疫学調査
予防原則
*直接的食品安全性確保

山内 一也教授
やまのうち・かずや
昭和6年生まれ。昭和29年東大農獣医学科卒。昭和40年国立予防衛生研究所麻疹ウイルス部第3室長、昭和54年東大医科学研究所実験動物研究施設教授、施設長、平成3年国際獣疫事務局(OIE)学術顧問、平成4年退官、東大名誉教授、同年日本生物科学研究所主任研究員、同年日本農学賞、読売農学賞。
表に示したように対策は「牛から牛」、「牛から人」、そして「人から人」と伝播経路ごとに立てられている。このうち牛肉の安全性確保策となっているのが「スクリーニング」と「SRMの除去」を柱とした対策である。
 この対策はEUを参考にしたものだ。EUの対策は「感染牛を食物連鎖から排除する」ことを理想としている。そのために実施されているのが「スクリーニング」である。これはと畜場でBSE検査を行い、感染牛が見つかれば市場に出さないという対策だ。
 しかし、検査ですべての感染牛が発見できない恐れもある。たとえば、潜伏期ではBSEに限らず病原体が小量であれば検査で陰性となることは否定できない。すなわち、これだけでは、「感染牛の食物連鎖からの排除」という理想的なレベルが保証されないことから、BSE病原体の蓄積が確認されている「特定危険部位(SRM)の除去」をEUは併用しているのである。そして、日本もこの考え方にならった。
 「つまり、食肉の安全確保策としては、日本もスクリーニングとSRM除去という二重の安全対策をとったということです」(山内氏)。

 

◆二重のチェック体制は科学的な「安全確保策」

 ところが、最近ではスクリーニングは「安心」対策であって、「安全」対策はSRMの除去、したがって、安全性の確保はSRMの除去で十分、とする意見も出てきた。
 山内氏は「これは議論を混乱させる意見。現在の二重の安全対策は科学的な安全対策です。ただ、EUは30か月齢以下では異常プリオンがほとんど検出できないとして30か月以上の検査とした。一方、日本では全頭に、対象年齢を拡大したことが安心対策となっている、と理解すべきです」と強調する。
 01年10月政府は、科学的な問題は別にして検査済み牛肉とそうでないものが市場で混在することは消費者の信頼を得られないとして全頭検査の実施を決めた。今年、5月末までにと畜場で約320万頭が検査されている。
 山内氏は、全頭検査は、特定危険部位の除去が不完全な場合のリスク軽減にも役立っていると指摘する。


◆汚染の実態把握がサーベイランスの目的

 表の「牛から牛」への対策の目的は、牛の間でBSEが広がらないようにすることにある。周知のように肉骨粉使用の禁止のほか、交差汚染防止対策、さらにサーベイランスを実施している。
 このサーベイランスは、実は今年4月から全国で2歳以上で死亡したすべての牛に対してBSE検査を行う体制が整ったことによって実現した。農水省によると死亡牛は年間10万頭ほどになるという。これまでにわが国では11例のBSE感染牛が確認されているが、3月に確認された11例めは死亡牛。このサーベイランスで発見されたということになる。
 では、サーベイランスの目的は何だろうか。
 それは「BSEの汚染実態の把握」と肉骨粉の使用禁止など「まん延防止対策が実効性を上げているかどうかの検証」である。
 ここで改めて整理しておきたい。
 つまり、BSE検査といっても、「スクリーニング」は「感染牛を食物連鎖から排除すること」を目的に「と畜場」で実施されるものであり、一方、「サーベイランス」とは「汚染実態の把握とまん延防止対策の検証」を目的に死亡牛などを対象に「農場段階」で実施されるものなのである。
 そしてEU、日本は食肉の安全確保策では「スクリーニング」と「SRMの除去」という二重の対策をとっているということになる。


◆米国に問われているのはスクリーニング体制の欠如

 では、米国は昨年末にはじめてBSEが発生して以来、どのような対策をとっているのか。
 米国は今年初め国際調査委員会の勧告をもとに対策を打ち出した。それはSRMの除去とサーベイランスの強化である。
 サーベイランスについてはこの7月から4万頭から26万頭に増やす計画を3月に発表した。一部は農場段階ではなく、と畜場でも行うという。しかし、米国はあくまでも「スクリーニング」は行っていないのである。
 すなわち、「日本と米国ではBSE対策が基本的に異なる」(山内氏)のであって、決して全頭検査か、一部の年齢は除外するのかが問われているわけではない。
 「日米協議の問題でいえば、もっとも大きな点は米国がスクリーニング検査をBSE対策に取り入れるかどうかなのです」と山内氏は指摘する。
 そして、サーベイランスについては「あくまで間接的な人への安全対策。汚染の程度が低い国であればサーベイランスのみでも、そもそも人へのリスクは低いということはいえる。しかし、食肉の安全確保策としては不十分です」という。
 一方、逆に日本は全頭を対象にしたスクリーニングを実施していることで、汚染実態の把握、つまり、サーベイランスの強化にもつながる体制となっているといえる。
 「SRMを除去するだけで食肉の安全性確保はできるという議論は、米国でBSEが発生する以前は日本では誰も言わなかった」と山内氏は指摘する。わが国のBSE対策について検証する場合、あくまでも科学的な議論が求められる。
 次号ではサーベイランスの問題や、全頭検査には本当に科学的根拠がないかなどを考えてみる。(次回に続く)

(2004.6.14)

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