農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

全頭検査は本当に「不要」なのか?
科学的根拠少ない「月齢基準」--その2--
日本生物科学研究所主任研究員・東大名誉教授 山内 一也

 前回は、BSE検査のうち、「スクリーニング」検査は食肉の安全確保のため市場に出る牛に対して行われるものであり、「BSE感染牛を食物連鎖から排除する」ことを目的としていることを指摘した。実際にBSE陽性牛は、一切市場にもレンダリングにも回されていない。
 これに対して「サーベイランス」検査は「汚染実態の把握」を目的として農場段階で行われるものであって、間接的な安全性確保策にすぎず不十分であることを指摘した。
 サーベイランスとスクリーニングを「検査」の一言で混同した議論をすべきではない、というのが食品安全委員会プリオン専門調査会専門委員の山内一也東大名誉教授の指摘だ。

◆サーベイランスは効率性を追求

 サーベイランスは汚染実態を把握し、飼料規制などのまん延防止対策が実効性をあげているかどうかを検証する目的もある。そのために継続的な検査が必要だ。
 継続的な検査によってBSEの発生が減少傾向にあれば、たとえば、まん延防止対策が機能していると評価できるが、逆に発生が増加していれば対策がきちんと機能していないか、新たな対策が求められていることも示すことになる。
 サーベイランスのこうした目的からして、BSE感染のリスクが高い牛だけを検査するという考え方にはそれなりの科学的な根拠がある。
山内教授
やまのうち・かずや
昭和6年生まれ。昭和29年東大農獣医学科卒。昭和40年国立予防衛生研究所麻疹ウイルス部第3室長、昭和54年東大医科学研究所実験動物研究施設教授、施設長、平成3年国際獣疫事務局(OIE)学術顧問、平成4年退官、東大名誉教授、同年日本生物科学研究所主任研究員、同年日本農学賞、読売農学賞。
 山内氏によると、EUのBSE検査成績をもとにした分析では、農場段階でのサーベイランスでBSE感染牛を1頭発見するには、健康牛の検査よりリスク牛を検査したほうが、約20倍効率的だという結果が出ているという。
 死亡牛や病牛などいわゆるリスク牛を対象にした検査は、汚染実態を把握するというサーベイランスの目的にとっては効率的な基準だとはいえる。
 では、サーベイランスの対象を健康牛にまで広げれば安全性確保になる、という議論はどういうことを意味するのか。
 「EUの検査成績からはBSE感染牛を1頭発見する効率は、症状がありBSEが疑われる牛を対象にした検査にくらべて、5000分の1以下になるということになっています。つまり、サーベイランスをする意味があるのかということになるだけです」と山内氏は話す。
 前回も指摘したが、米国との関係でいえば、検査対象をどうするのかを議論する以前の問題として、牛肉の安全確保策の柱のひとつにEUや日本は、感染牛を市場に出さないという観点に立ちスクリーニング検査を導入しているのに対し、米国はそもそもスクリーニング検査を導入していないという違いがある。
 米国が実施しているのはサーベイランスのみ。そのサーベイランス検査の頭数を増やすというが、サーベイランスである以上は、直接的な牛肉の安全確保につながるわけではない。
 「国際調査委員会は米国にサーベイランスの強化を勧告しましたが、われわれは強化してほしいとは一言も言っていません。また、これまでのサーベイランス対象も具体的に明確になっていないため汚染実態についても信頼が持てない。
 それよりも感染牛を市場に出さないという考え方に立った直接的な安全確保策であるスクリーニング検査の導入を求めているのです」という。
 わが国ではと畜場で解体された牛の脳の一部を迅速検査(エライザ法)し、陽性例が見つかればさらに精度の高い確認検査を行うことになっている。その結果、陽性であれば焼却処分されるのであってSRM(特定危険部位)を除去して市場に出すわけではない。SRMの除去は陰性であっても、さらに安全確保するための措置として行われているのである。それもわが国ではすべての月齢を対象に除去している。
 こうした二重の安全確保策に加えて、サーベイランスも実施しているのが日本である。
 一方、米国は直接的な安全確保策として実施しているのはSRMの除去だけ。しかも対象は30か月齢以上である。
 実はSRMの除去には、わが国も含めて本当に完全に除去できているのかどうかという問題がある。ただ、日本ではかりにSRM除去が不完全であっても、除去の対象はそもそもスクリーニング検査で陰性である牛、という前提をつくることで、リスクを軽減するという対策になっているのである。
 こうしたことから山内氏は「食品安全委員会では現在の検査体制について検証することにはなっていますが、この対策の柱を変えるようなことがあってはならないと私は思います」と強調する。

◆月齢の議論は材料不足も

 ただ、そのうえで「全頭を対象にした検査が必要かどうかという議論がされることもあるだろう」という。山内氏が指摘するのは、今回の検証作業が日米関係を意識したものではないことはもちろん、月齢で検査対象を線引きすることを目的にした議論が行われるわけではない、ということだ。
 では、議論することになった場合、科学的な材料はどれほどあるのだろうか。
 イギリスでは1990年からBSEに感染した牛の脳を牛に経口摂取させる感染実験が行われており、どの臓器にいつごろ感染性が現れるかを摂取後2〜4月ごとに複数の牛をと畜して調べてきたが、その結果が昨年まとまった
 このうち脳に感染性が認められたのは、摂取後32か月以上の牛だった。これはBSE検査を月齢で線引きすることを念頭に置いた実験ではないが、30か月齢以上を検査対象とするということの科学的な根拠に改めてなった。
 山内氏によると、月齢で線引きするかどうかの議論をする科学的知見としては現在はこのデータしかないという。
 しかも、この実験では摂取後26か月時点でと畜した牛は脳や脊髄などに感染性は認められなかったとされているが、それはたった1例なのである。
 「科学的な判断をする場合、陽性例ならたとえ一例でも何らかの意味があると考えなくてはならない。しかし陰性の場合、1例だけで本当にすべて感染性は認められないと言い切れるのかどうか。そもそもBSE検査はある月齢で線引きしていいのではないかという議論ができるほどの判断材料は少ないのが現状なんです」という。
 日本では全頭検査体制によって、8例めと9例めは21か月齢と23か月齢の感染牛であることも確認された。イギリスでは20か月齢で発病した例も確認され、ドイツでは28か月齢での感染牛も見つかっているという。
 山内氏は異常プリオンが蓄積されるには時間がかかることなどから、若齢牛まで含めた全頭検査には科学的根拠がないとする議論に一定の理解を示し「どこかで線引きをするという議論は必要だろう」という。しかし、現時点でその問題を議論するだけの科学的な知見がそろっているかどうかについては「実のある議論ができる材料がどれだけあるのかということです」と語る。
 一方、議論の視点としてあまり話題にはなっていないが、生産者にとっては少なくともこの国からBSEが撲滅されることこそ本当に「安心」して生産に励めるのだということも考えなくてはならないはずではないか。そのためのBSE対策として、現在の検査体制が有効かどうかとどう考える視点を持つ必要もあるだろう。
 科学的な事実にもとづく議論はもちろん必要だが、今回のBSE検査体制の検証作業が消費者だけでなく生産者も安心できる議論となるよう期待したい。 (2004.6.22)


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