農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

重要品目への配慮に合意
自給率向上をめざした国内政策の転換も課題
WTO交渉の枠組み合意とJAグループの対応
JA全中 冨士重夫農政部長に聞く
JA全中 冨士重夫農政部長
聞き手 梶井功東京農工大名誉教授

 WTO交渉は今後の貿易ルールづくりに向けた大枠の規律に合意した。「多様な農業の共存」を主張している日本政府は関税削減方式など市場アクセスのルールに、重要品目を柔軟に扱うなどの規定が明確に盛り込まれたと一定の評価をし、今後の交渉に臨む。ジュネーブでの交渉ではJAグループの代表団は各国農業団体に働きかけ日本の主張実現に取り組んだ。合意内容と今後の課題についてJA全中の冨士重夫農政部長に聞いた。

 

◆今後の交渉の「足がかり」を得る


 梶井 WTO交渉はなんとか枠組み合意に達しました。ただ、合意といってもこれから詰めなければならないことをたくさん残していますね。まずは合意に至る経過について現地の雰囲気も含めてお聞かせいただけますか。

富士重夫氏
ふじ・しげお
昭和28年東京都生まれ。中央大学法学部卒業。畜産園芸課長、米麦課長、農業基本対策部次長、食料農業対策部次長、食糧農業対策部長を経て、平成16年現職。

 冨士 7月16日にWTO一般理事会の大島議長とスパチャイ事務局長の連名の一次提案が示され、その後すぐ二次案が出されるのではないかとの観測もありましたが、結局、最終案が示されたのは合意期限ぎりぎりの30日でした。
 一次案をめぐってそれまで水面下で調整が続き、修正案が出た段階では合意するかしないかという状況にもっていったということでしょう。今回の交渉では途上国の反発が強く、すぐに修正案を出したのでは収拾がつかなくなると判断したのだと思います。
 合意の内容は、どの陣営も今後の交渉で対応できるという、いわゆる玉虫色の決着になっています。
 ただ、大臣や首席交渉代表が出席した少数国会合では、喧喧諤諤の議論をし最後の二日間は徹夜の交渉でした。とくに上限関税については日本が受け入れられないと主張すると、米国やケアンズグループが反論しこの問題だけで相当の時間を使ったとのことですから、そういう意味ではここまでに達すること自体が大変なことだったということだと思います。

 梶井 途上国がいちばん問題にしたのはどういう点だったのですか。

 冨士 輸出補助金と「青」の政策ですね。現地ジュネーブでのマスコミの見方は今度の二次修正案というのは米国に対して規律を強化しており、一方、途上国に対するいろいろな配慮が加わっているという見方でした。


◆義務的数量の拡大は不要と判断


 梶井 合意した農業分野の枠組みの概要を説明していただけますか。

 冨士 市場アクセス問題で最後に問題になったのは関税割当数量の一律的・義務的な拡大です。
 重要品目、つまりセンシティブ品目の扱いは一般的な関税削減方式とは別にすると位置づけたわけですが、他方で市場アクセス改善のため関税割当数量の拡大を求めるということに日本は反対していたわけですが、合意案は、それをどう解釈をすればいいのかという書きぶりでした。
 具体的には、センシティブ品目に位置づけても実質的なマーケットアクセスの改善をするということが示されています。そしてその中では、関税割当約束と関税の削減の組み合わせで行うべきという基本文と、新たに修正案で追加になった表現の解釈をめぐって議論になったわけですが、「関税割当約束」と書いてある点が注目されました。
 「関税割当約束」には、数量だけではなく、一次税率、二次税率、関税割当の運用という4つの分野があります。そこでこの4分野で何らかのアクセスの改善をすればいいと解釈できるということになったわけです。つまり、義務的に数量の拡大だけが求められているということではないということです。
 たとえば、コメの一次税率、マークアップですが、譲許水準は1kgあたり292円なのに、実際には210円程度ですね。ですから、一次税率を引き下げる約束をしても実質的な影響がない水準にすることも可能なわけです。あるいは関税割当の運用では、輸入方式、つまりSBSの部分での改善でも対応できる。すなわち、数量の拡大以外の分野でアクセス改善をすればいいという柔軟性があると解釈ができるということですね。
 センシティブ品目に何を入れるか、そしてその品目のマーケットアクセスの改善はどうするのかといったことは今後の交渉で決まるわけですが、いずれにしても関税割当数量の拡大以外の手立てで改善すればいいという根拠は得られたと判断したわけです。


◆上限関税の評価議論を先送り


梶井功氏
梶井功氏

 梶井 関税割当約束のすべてをしなくていいんだということにし得るということですね。センシティブ品目以外の関税削減方式は「階層方式」となりましたが、これはどういう考え方なのでしょうか。

 冨士 階層の数をいくつにするかは今後の交渉次第ですが、この方式は関税の水準ごとに階層を設けて、たとえば、関税率100%以上の品目については5年間で50%削減する、そして50%から100%の品目は30%削減、50%から30%の品目は20%削減というように枠をはめて関税率の高い品目ほど大きく削減するという方式です。
 先ほど話したようにこの方式とは別にセンシティブ品目を柔軟に扱うことが認められればわれわれも階層方式を受け入れるということでした。そして、実際に階層方式とは異なる位置づけでセンシティブ品目が扱われることが明確になったため関税削減方式として階層方式を受け入れることにしたわけです。
 ただ、センシティブ品目については、一次案ではその数をその国が持っている関税割当品目の数が上限ではないかということが示されていました。日本では約120程度のタリフライン(関税番号品目)になるということです。しかし国によって重要品目の位置づけは事情が違う。日本でいえば牛肉や砂糖などは関税割当品目ではありませんが、重要な品目です。
 そのためセンシティブ品目については加盟国がもっと柔軟に決めることができるようにすることが必要だと主張していましたが、この点は今後の交渉ですが加盟国自身がセンシティブ品目を指定できるという内容になりました。

 梶井 これは重要な点ですね。階層方式を採用しながらも「上限関税」の設定に米国などはかなりこだわったと聞いていますが。

 冨士 階層方式は関税が高い品目ほど大きく削減するわけですから、そこにさらに上限関税を設定するのは理屈からしておかしいではないかということを日本は主張してきました。
 また、ウルグアイ・ラウンド合意で関税化した品目は貿易を歪曲するために関税率を高くしているわけではなくて、当時の内外価格差を関税に置き換えたものです。つまり、ウルグアイ・ラウンド合意によって関税化したことによって現在の関税率になったわけで、貿易歪曲的にしようということから関税率を設定したわけではありません。
 合意内容をみると上限関税という言葉は残っているものの、交渉事項にもなっていない。交渉事項とするかしないかをこれから議論して判断しましょうという言い方になっています。


◆G10農業団体との連携を一層重視


 梶井 WTO農業協定の第20条では漸進的な改革過程にあることをふまえて交渉するということになっています。その点からすると上限関税の設定などドラスティックな提案は20条の趣旨に反するのではないかと私は思っていて今後の交渉でも強く主張すべき点ではないかと思いますね。さて、国内支持についてはどういう点をいちばん注目しておかなければならないでしょうか。

対談する2氏

 冨士 国内支持では、今回、品目別AMS(助成合計量)の考え方が入り、上限が設定されることになりました。ただし、その平均水準は基準年によって変ってきますから、今後の交渉ではどの時点での平均となるのかが焦点になります。日本も削減対象外の「緑」の政策に切り替えようとしていますが、品目ごとの数量支払い制度は残るでしょうから、そうした助成措置に影響がないような交渉が必要です。
 それから、総合AMSと「青」の政策、デミニミスといった貿易歪曲的な国内支持の合計を新たな合意がスタートする初年度で2割削減することも盛り込まれました。日本の場合はウルグアイ・ラウンド合意での最終約束水準の18%まで削減してしまっていますから問題はないといえますが。
 また、「青」の政策の規律では、米国が実施している目標価格と市場価格の差を補てんする価格変動支払い制度を「青」の政策として認める内容となったわけですが、助成額は過去の一定の基準年の農業総生産額の5%以内との規律が入りました。
 基本計画の見直し議論で品目横断的対策の導入が直接支払い制度として検討されていますが、JAグループとしては過去の作付け面積を基準にした「緑」の政策になる支払いと、「緑」にはなれない品目別数量支払いを組み合わせるべきだと主張しています。
 日本の場合はEUのように生産が過剰ではなく、麦や大豆など生産誘導して生産量を増やさなければなりませんし、品質も向上させなければならないからです。そういう意味では数量あたりの支払いを何らかの形で組み込まないとこうした品目へのインセンティブが働かないだろうということですね。こういう政策を考えたときに、品目別AMSの規律がどう決まるかは個別品目に対する政策の選択の幅に影響するということです。

 梶井 とくに大豆、麦への対策で影響が出ないような交渉結果が求められるということですね。そういう点をふまえてJAグループとしてこれからの交渉をどう考えればいいのかについてお聞かせください。

 冨士 今回の合意は数字が入っているわけではなく、まさに大枠が合意されたということです。ですから、何が決まったのか非常に分かりづらいと思いますが交渉のスケジュールとしては来年2005年の12月に香港で閣僚会合を開催することが決まりました。
 その閣僚会合で、数字の入ったいわゆるモダリティを決める可能性があります。さらにその会合後、各国がモダリティに従って個別品目ごとの関税削減率などを決めていくわけですから、今後、順調にいったとしても最終的に新しい貿易ルールが決まるのは、再来年2006年の12月末ということになります。
 ですから、今回の合意はモダリティの合意に至る以前の具体的な数字が入らない大きな枠組みを決めた段階だということです。まさにこれから来年の12月に向けての交渉がいちばん大事になっていくということです。われわれもどういう運動を内外で起こせばいいか、もう一度、提起することを今検討しています。
 今回の交渉ではG10の結束力に各国が驚嘆したといいます。それはわれわれ農業団体の連携がG10各国の政府を後押ししたからだといえます。これはこれからも非常に重要になると思います。

 梶井 その点がウルグアイ・ラウンドのときと大きく違う点ですし、さらに途上国との連携も大切になりますね。今後の全中のリーダーシップに期待します、御苦労様でした。

インタビューを終えて

 上限関税については激論があったらしいが、“役割はさらに評価”と先送りになった。日本などG10の主張が通ったといっていいらしい。また関税削減は高関税品目グループほど高削減率になる階層方式になったものの、センシティブ品目は別扱いとなり、さらに別扱いに伴って浮上していた低関税輸入割当数量の拡大も、たとえば一次関税率の引き下げ措置でも切り抜けられる解釈が可能だという。これからの交渉で具体的な数字がどう決まるかが問題だが、枠組みとしてはわが国にとってまずまずの合意といっていい。G10としての結束、その強化に資したJAグループはじめ各国農業団体の後押しがものを言った、と部長は言う。大事な点である。
 来年12月の香港閣僚会議まで、具体的な数字をめぐっての緊迫した交渉が続く。新たに入った品目別AMSがどの時点の平均で決まるかは、新たな経営所得安定対策のあり方にも影響する。これからこそが問題と言える。一層の奮闘を期待したい。 (梶井)

(2004.8.12)

社団法人 農協協会
 
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-7-5 共済ビル Tel. 03-3261-0051 Fax. 03-3261-9778 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。