農業協同組合新聞 JACOM
 
過去の記事検索

Powered by google

検証・時の話題

「農業鎖国」発言への疑問
構造改革しても輸入は止められない

森島 賢 立正大学教授
 小泉首相は、先日「農業鎖国はできない」と語ったという。新聞は、読売が第一面で報道するなど、各紙とも大きく取り上げた。
 この刺激的な発言は、野党や農業団体から猛烈な反発を受けた。認識不足ではないか、というのである。
 たしかに認識不足といわれてもしかたがない。周知のように日本の食料はエネルギー自給率でみても、穀物自給率でみても、先進国のなかで最低である。しかも回復する気配はない。このように、日本は鎖国どころか、すでに開放しすぎる程に開放している。

◆官房長官の釈明
森島 賢氏
もりしま・まさる 昭和9年群馬県生まれ。32年東京大学工学部卒。38年東大農学系大学院修了、農学博士。39年農水省農業技術研究所研究員、53年北海道大学農学部助教授、56年東大農学部助教授、59年東大農学部教授を経て平成6年より現職。著書に『日本のコメが消える』(東京新聞出版局)など。

 この反発に対して、福田官房長官はさっそく首相発言が不適切だったことを認めた。だが、これで一件落着というわけにはいかない。
 問題は、この発言につづく次の発言である。
「外国の農産物が日本市場に入ってくることは止められない。どういう構造改革が必要かを考える」
 首相の発言の趣旨は、この部分にある、というのが長官の釈明である。その通りだろう。
 首相は、この部分をきわ立たせるために、日本の食料自給率が異常に低いことを、充分に知っていながら、農業鎖国云々という挑発的な発言をして、注目を集めたのかも知れない。新聞はこの挑発に乗せられて、すぐに飛びついた。これは首相が得意とする表現方法の一つである。

◆野党の反発はしりつぼみ

 野党の多くは、長官の釈明で納得してしまって、せいぜい首相は認識不足だ、と批判するだけである。しかも、認識不足とする批判も、それほど強力でない。
 この発言は、いまメキシコとの自由貿易協定(FTA)の交渉中なので、豚肉やオレンジジュースを念頭においた発言だろうが、それだけではない。コメも同じように考えているのだろう。
 いま、コメは毎年77万トンづつ輸入している。それ以上のコメも自由に輸入できるが、輸入するには数100パーセントという高率な関税を払わねばならないので採算がとれず、輸入できない。つまり、形式的には日本のコメ市場は外国に対して開放し、輸入を自由化しているが、実質的には高率関税で輸入を禁止的に制限することで、市場を閉鎖している。
 このことを、首相は独特の表現法で「鎖国」と言ったのかもしれない。だから長官も認識不足を釈明したのではなく、「誤解を受けやすい言葉を使った」との釈明に終わったのだろう。野党の反発も、その後、しりつぼみになってしまった。

◆構造改革で輸入を止められるか

 問題として取り上げるべきは、首相発言の後の部分の、輸入は止められないから構造改革をする、という部分である。
 この発言の根底には、構造改革をすれば、輸入は止められる、という認識がある。この認識こそが重大な認識不足なのだが、この点を批判する野党は、ほとんどない。多くの野党も、首相と同じ認識だからである。
 せめて、このように構造改革すれば、輸入は止められる、という青写真を与野党が示し、工程表を作って、競いあってほしいと思うのだが、それもしていない。
 何故だろうか。それは、構造改革しても、輸入は止められないからである。この認識が与党にもないし、多くの野党にもない。このことが農政の混迷の根源にある。

◆コメは高率関税で輸入を止めている

日本は毎年70万トンを超すミニマム・アクセスを輸入している
日本は毎年70万トンを超すミニマム・アクセスを輸入している

 コメについて考えてみよう。いまコメは77万トン、つまり約8%しか輸入していない。自給率は92%で突出して高い。だからといって筆者はもっと大量に輸入せよ、といっているのではない。その反対で、減反しているのだから輸入は止めよ、と主張しているが、この点については本稿では深入りしない。
 コメの自給率が突出して高いのは、構造改革の結果によるものだろうか。そうではない。10年前に国際的に認められた高率関税を維持しているからである。だから輸入が僅かな量にとどまっているのである。
 首相だけでなく、多くの野党もこの点をしっかり認識していない。そして、関税を下げても構造改革をすれば輸入は止められる、と考えている。
 だから、首相はWTO(世界貿易機関)やFTAの農業交渉で、この高率関税の引き下げを受け入れることを想定して、その地ならしのために、構造改革をして輸入を止める、と発言したのだろう。
 本当に構造改革で輸入を止められるだろうか。

◆二つの競争相手

 コメはすでに関税化してしまったが、関税化のもとで輸入を止めるには、高率関税を維持するか、コストを引き下げてコスト競争で勝ち残るしかない。だから、高率関税の維持を断念すれば、コスト競争しかない。
 コスト競争で勝ち残るには、二つの強力な競争相手がいる。一つはベトナムや中国などの低賃金国で、もう一つはアメリカやオーストラリアなどの大規模農業国である。この二つの相手と競争して勝ち残らねばならない。それが可能だろうか。
 筆者は永久に不可能だ、とは言わない。しかし、競争に勝つようになるには、いったい何年かかるのだろうか。

◆低賃金国とは競争できない

 はじめに中国などの低賃金国とのコスト競争について考えてみよう。
 コメのコストは低賃金国が世界中でいちばん低い。低い理由は、コストの大部分を占める労働費が安いからである。それは労働費の単価、つまり賃金が安いからである。
 この安いコストが国際市場で国際米価を決めている。この国際米価は、平常時で日本の国内米価の10分の1以下である。今年は不作で国内米価は上がっていて、先日(10月24日)の自主米入札価格は2万959円だった。同じ日の国際米価をアメリカのシカゴ市場でみると1459円だった。国内米価の実に14分の1以下である。これは、構造改革で輸入を止められるような水準では全くない。ついでに言えば、この価格差は、与党や多くの野党がいう直接所得補償政策で埋められる差でも全くない。
 これだけの差のもとで競争するのだが、勝ち残るには、日本の稲作所得を低賃金国なみに下げるか、低賃金国の賃金が上がるのを待つしかない。日本の稲作所得を低賃金国なみに下げれば、競争に勝ち残るどころか、稲作をする人はいなくなってしまうだろう。だから低賃金国の賃金が日本なみに上がるのを待つしかない。では、何年待てばいいのか。

◆中国の賃金は40分の1

 いま中国の賃金は日本の約40分の1である。この低賃金が日本に追いつくには何年かかるだろうか。
 かりに、中国の経済発展の速さが、10年倍増という高度成長を続けるとしても、日本に追いつくには50年以上かかる。しかもこの期間、日本の経済はゼロ成長を続ける、という仮定である。そうしなければ、中国とのコスト競争には勝てない。その50年間に日本のコメは空洞化どころか、壊滅してしまうだろう。
 首相の表現法を借用すれば、中国との競争は不可能である。

◆大規模農業国とも競争できない

 もう一つの、アメリカなどの大規模農業国とのコスト競争を考えてみよう。
 大規模農業国のコストは、日本の約5分の1と考えてよい。それ程までにコストが安い理由は、大規模経営だから機械が効率的に使えるからである。
 では、なぜ大規模経営なのか。これらの国々は、政府が適切な政策を行い、農業者が懸命な努力をして、大規模農業国になったのだろうか。そうではない。大規模農業国はすべて新開国で、500年前の開国以来、大規模農業国だったのである。日本とは歴史が全く違うのである。
 日本は歴史が始まって以来3000年の間、狭い土地で、いかにして多くの人たちを養うか、と腐心してきた国である。人口扶養力がいちばん大きいのはコメだから、水田になるところはすべて水田にして、コメを作ってきた。そして、狭い土地で、できるだけ多勢の家族を養えるように努力し、余裕ができれば、次男を分家させてきた。だから、小規模農業国になったのである。
 この歴史は未来永劫に変えられない、とは言わない。しかし、日本がアメリカと同じ経営規模でコメ作りをするようになるには、何年かかるだろうか。そのように構造改革するには何年かかるだろうか。

◆アメリカの経営規模は100倍

 アメリカの経営規模は、日本の約100倍である。だから、アメリカと同じ規模にするには100戸の農家のうち1戸だけが農業を続け、残りの99戸の農家が農業を止めねばならない。農業を止めるだけでなく、農村から離れて都市へ出なければならない。住居が点在していたのでは、作業効率が低く、アメリカとの競争に勝てないからである。
 このように、農業構造だけでなく、日本の社会構造も変えねばならない。それには50年どころか100年以上かかるだろう。その間に日本のコメは壊滅してしまうだろう。
 首相流に表現すれば、アメリカとの競争は不可能である。

◆高率関税の維持こそ重要

 以上のように、構造改革しても、輸入は止められない。
 改革のためなら輸入が増えてもいい、その結果、食料自給率が下がってもいい、というのなら論理は一貫する。だがしかし、この政策は、将来、地球規模での食料不足が予想されるなかで、著しく国益に反する政策である。
 以上のことを、しっかり認識していれば、輸入は止められないから構造改革をする、などとは言えない。
 輸入を止めるために第一になすべきことは、構造改革ではない。そうではなくて、高率関税の維持である。しかも10年や20年間の維持ではなくて、すくなくとも50年間の維持である。
 これは、いうまでもなく関税化を受け入れてしまった政治の責任である。政府は、高率関税の長期にわたる維持を、広く全国民に理解してもらうように努力しなければならない。そして、全国民の支持のもとで、輸出国に高率関税を認めさせ、日本への輸出を断念させるしかない。
 政府はWTOやFTAの農業交渉で、関税の引き下げを、決して受け入れてはならない。 (2003.11.4)



社団法人 農協協会
 
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-7-5 共済ビル Tel. 03-3261-0051 Fax. 03-3261-9778 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。