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解説記事
ヨーロッパからのBSEレポート(1)イギリス
大切なことは情報を隠さないこと
BSEクライシスどころか自由化で英国農業全体の危機も

山崎洋子

 わが国初のBSE(牛海綿状脳症)の確認から10か月。消費者の牛肉離れなど一時の混乱は落ち着いたものの、いまだ感染原因が究明されず今後の対策を立てるうえで大きな課題となっている。一方、ヨーロッパではBSEが大きな社会問題となってすでに数年経った国が多い。今、ヨーロッパの生産者は、BSE問題をどのように捉えているのか。福井県三国町の酪農家、山崎洋子さんはこの4月現地を訪ねた。そのレポートを2回にわたり紹介する。

トニー・エバンスさんご夫婦と競売人
BSEの出た農家(英)トニー・エバンスさんご夫婦と競売人

 今年のヨーロッパは日本と同じく暖冬で、春が早くやって来た。1997年の春に訪れたイギリスでは冬のコートを着ていたが、今年の4月はコートがなくても平気な暖かさだった。
 前回はBSEが人間に感染すると発表された翌年であり、こんな大変なことは話せるものじゃないという雰囲気で、訪ねた農家も関係者も口は重かった。
 あれから5年。BSE発生農家のトニー・エバンス夫妻を訪ねると、御夫妻は元気にあっけらかんとして状況を話して下さった。
 牛の値段は当時より3割落ちているが、穀物の値段が下がり餌が安くなったのでなんとか経営が成り立っているという。トニーさんは言った。
 「この病気はもともと昔からあった牛の病気だが、1996年に政府が人間に感染すると発表してから大騒ぎになったんだ。マスコミが繰り返し報道したから国民の間にパニックが起こった。しかも、政府は問題を大きくしまいとして、情報を開示しなかったから、国民の間に不安が走り、政府が大丈夫だと言うたびに国民の信頼を失っていった。
 BSEに関しては実際のところは今も何も分かっちゃいないんだ。マスコミがクロイツフェルトヤコブ病にかかったという少女の映像を流していたが、それも本当のところはわからない。
 それより現在はイギリスの農家そのものの危機なんだ。農産物の自由化で安いものが沢山入ってきて、穀物の値段が下がり農家の生活そのものが成り立たなくなっている。BSEはその中の一つでしかない。牛にはBSEと口蹄疫、鶏にはサルモネラ、豚にはオーエスキー病や口蹄疫、羊にはスクレーピー。もっと大変なことがいっぱい出てBSEだけにかまっちゃいられないよ」。
トニーさんの牛たち。
トニーさんの牛たち。BSEは発生したが今は順調に経営をしている
 第2次大戦後、敗戦国の日本は食料難だったが、連合軍の一員として勝った側のイギリスも食料難で食べ物に困った。乳肉を主食とするこの国では家畜の餌に困った。そこで死んだ家畜をリサイクルして家畜の餌として使うことを国が法律で定めたのだという。
 「1980年代には肉骨粉は安かった。とてもパワーアップした。それが50年たって、イギリスばかりではなく世界中でこんな大問題になるとは誰も考えてなかったんだ。
 80年代にオイルショックで温度を下げて肉骨粉を処理したことも原因だが、実は化粧品の原料に骨髄を使っていたらしい。これは危険部位だ。ゼリープロテインやゼラチンは温度を上げると成分が破壊されるため、温度を下げて処理することによって製品としての品質もよくなる。輸出品として高く売れることが分かって企業は政府の許可を得て1983年に温度を下げたんだ。
 温度を下げたために病原体が死なないで残って餌を通して伝達していったのだろうといわれている。子供や女性がターゲットになった」
 BSEはまたそれぞれの国の肉料理の方法と関係があって問題になっている。 イギリスでは大抵の家族は日曜日には必ずと言っていいほどローストビーフを食べるという。しかも、子供たちはハンバーグが大好き。ハンバーグには脳など入れてつなぎにする。ドイツではソーセージにさまざまな部位をつかっている。これらはみな挽き肉だ。問題は挽き肉のなかに何が入っているかということだった。
 また、イギリスから出荷される牛のうち、ドイツにはおもに子牛が出荷されるが、フランスには老廃牛の80%が輸出されていた。 「何しろフランス料理は老廃牛を煮込んで作るんだ。BSEが出るとするとフランスが一番多いよ。隠しているのはフランスだよ。DEFRAで聞いてみな」とトニーさんたちが笑いながら話している。
デフラのマーク氏(右端)に話を聞く
デフラのマーク氏(右端)に話を聞く
 イギリスではBSEの責任問題で、農務省が国民の信頼を失い、省が庁に格下げになりDEFRAという環境食料農業庁になった。DEFRAを訪ね職員のマーク・フェリーさんから話を聞いた。
 「イギリスでは隠すことによって興味本位な報道の姿勢と国民の疑心暗鬼とがパニックを起こし社会問題、政治問題となった。以前の政府は情報も少なかったが、判っていることも十分伝えなかったために国民の信頼を得られなかった。すべてを明らかにしていくことしか信頼は回復されません。
 現在は正直に全部対応するようになり、BSEに関する情報はインターネットで流すことになっています」
 1886年以来、右往左往しながらイギリス政府はBSE発生国として様々な対策を取ってきた。
 「牛ばかりではなくあらゆる家畜に肉骨粉を与えることを禁止し、トレーサビリティ・システムで牛の出生を明らかにし、さらにBSE検査の実施と30ヶ月以上の牛は淘汰することにより、イギリス国内の牛肉は安全だと、消費も戻り、以前より3割ほど下がったが牛の値段も回復し落ちついてきました。
 ただ、畜産農家は、牛の値段は落ちてもEU圏内の自由化で穀物の値段がもっと下がって餌代が安くなったため成り立っていますが、輸入攻勢で逆に穀物や野菜の農家が大きな打撃を受けているのです。
 それに国民は安全性よりも実際には安いほうを求めるので、牛肉の消費は回復しても、値段の安い輸入牛の消費が多いのも大きな問題です。
トニーエバンスさん夫妻
トニー・エバンスさん夫妻。BSE牛が発生したが全て情報を公開。生産者はもっと消費者に宣伝しなくてはと元気よく話してくれた
 国民は生産者の顔の見える安全な農産物を求めていますが、4つの大きなスーパーがそれぞれ大規模な農場を持ち、生産者と消費者がますます遠ざかっていきます」
 輸入自由化は日本ばかりではなくイギリスやドイツの農業にも大きな影響を与えていた。
 「実際のところBSEクライシス(危機)どころではないのです。2025年までにはファミリー農家は消滅するといわれるほど、イギリス農業は深刻な危機状況なのです。それまでどうするのか、私たちが問われているのです」
 餌にも、肥料にも使用禁止されている肉骨粉は、現在発電に使われているがそれでも肉骨粉の消費は追いつかない。しかもコストがかかる。それでも「肉骨粉は家畜にも、肥料にも一切使うことはない」とマークさんは言い切った。
 「許可すれば国民の信頼を失うからです。行政は少しでも危険性があるものは回避すべきです」
 日本では一度家畜に禁止した肉骨粉だが豚や鶏には再び許可してしまった。そして今、肉骨粉は肥料に許可するようにという声が農家から上がっている。
 「イギリスの政治家は日本以上に国民から信頼されていません。大切なことは情報を隠さず開示すること。本当に責任を取るということは、政治家が仕事のなかで解決のために努力し、出来るかぎりのことをすると言うことです。責任を取って大臣の首をすげ替えても何も変わりません」とマークさんは言った。


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