農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

対談
欧州では国境越えた農協合併も進む
外部資金の導入や員外利用問題も議論

ハンス・ミュンクナー ドイツ・マールブルク大学教授
白石 正彦 東京農業大学国際食料情報学部教授

 ミュンクナー教授は協同組合論や協同組合法制が専門の法学博士だ。
 国際協同組合同盟との関わりは1963年からで最初は経済事業面にもタッチした。本紙は98年にも白石教授、有賀文昭・協同組合経営研究所副理事長(当時)との鼎談を掲載した。今回は2度目の登場となり、白石教授との対談は、財務問題からの展開となった。協同組合は効率的な運営で生き残りを図るとともに、社会的な側面にも配慮し、地域住民との連帯を強めていく総合性が求められているという点を強調した。白石教授はヨーロッパの協同組合の新しい事業展開を例示するなどしてミュンクナー教授の話を発展させた。

◆ICAとミュンクナー教授
 ICAの本部はスイスのジュネーブにあり、国連諸機関への働きかけも仕事の一つだが、職員はごくわずかだ。92年のICA東京大会は、ICA活動の地域化を打ち出し、アジア太平洋地域にはニューデリー事務所(インド)を置き、またアフリカに2カ所をはじめ南米と欧州にも地域事務所がある。
 ミュンクナー教授は今年9月のICAオスロ総会や01年の同ソウル総会や地域総会、大会シンポジウムの議論に参加している。このため対談では白石教授が、それらの議論を通じた世界の協同組合運動の印象を最初に聞いた。
◆財務問題どう考える
ハンス・ミュンクナー氏
ハンス・ミュンクナー 1935年ドイツ生まれ。ドイツ・マールブルク大学教授。法学博士。マールブルク大学発展途上国組合研究所所長、ICA新協同組合原則検討委員会委員等を歴任。

 白石 対談のテーマは「21世紀の世界の協同組合運動の新潮流と将来像」ですが、最初に国際協同組合同盟(ICA)における最近の議論を通した協同組合運動の印象をお話下さい。

 ミュンクナー 国際協同組合同盟(ICA)は世界で最も大きなNGO(非政府機関)といえます。100カ国の約250団体が会員でその傘下の組合員は約8億人います。しかし多くの仕事を抱えながら資金不足のため職員を減らしたりしています。この問題の一つの解決方法は、各国の協同組合が人を派遣することだと考えています。日本はかつて全国農協中央会や農林中金から派遣していましたし、最近は日生協が出していました。ほかの国にも理解してほしいと思います。
 一方、東欧諸国の協同組合の考え方も取り入れなくてはならない状況とか、労働者協同組合の力も強くなってきたなどの状況もあります。ICAはあらゆる形の協同組合を網羅しているから、特定の勢力によるリードは問題です。
 財務的には例えば、国際会計基準委員会(IASB)が協同組合の自己資本を出資金と資本積立金に分け「出資金を変動があるという理由で負債」として取り扱う動きと協同組合サイドから協同組合の特性を無視したものとして、反対する動きが高まっています。この問題はICAや私が今回の訪日前に出席した世界信用協同組合会議アジア大会でも論議されています。

 白石 それとからんで資本利子の問題ですが、協同組合原則は資本形成を重視し、また伝統的にも利子制限をしています。
 しかしICA新原則検討委員会の行ったアンケート調査では、利子制限を柔軟にすべきだとの回答が約半分ありました。この意見は、議決権がない形で外部から資金を呼び込むといったことをイメージして柔軟な形での資本形成を重視しています。私は利子制限の継続を主張しましたが、資本形成を協同組合原則との関係で、どのように具体化すべきか、お聞かせ下さい。

◆利用高配当と柔軟性

白石 正彦氏
しらいし・まさひこ 昭和17年山口県生まれ。九州大学大学院修了。農学博士。東京農業大学国際食料情報学部教授。昭和53年〜54年英国オックスフォード大学農業経済研究所客員研究員、平成5〜7年ICA新協同組合原則検討委員会委員、10年ドイツ・マールブルク大学経済学部客員教授。

 ミュンクナー 協同組合がとっている利用高配当という形の還元は適用範囲が広く、例えば協同組合銀行でもやれます。貯金や借入金の残高に応じて配当を多くするとかですね。それらは利用の奨励になります。
 それから組合の経営基盤強化に重要な自己資本を、組合員だけに頼っていると、満足しない場合、出資金を引き揚げる問題もありますから、組合員に魅力的な優遇措置を、利用高配当以外に何か考える必要があります。
 また営利企業のように外部から投資させるというインベスター(投資者)メンバーによる資金力の強化方法もあります。しかし彼らは投資の結果に期待するだけです。期待に反すれば投資を引き揚げます。このようなインベスターメンバーから発生する問題については検討が必要です。
 日生協が生協法をふまえ員外利用を強く制限しているのは悪くないことだと思います。員外利用を制限する法律がなくなると協同組合が破産してしまう事態も起こりかねません。

 白石 私は英国の協同組合銀行が融資する場合「環境破壊」「武器生産」「動物虐待」などをする企業には貸しませんという経営をしていることに関心を持っています。営利目的の銀行と違って「何々をしません」というディマーケティングの形で融資を行って、人々の共感を得て貯金を結集しているわけです。
 またイタリアのレガ(協同組合連合会の一つ)系統の生協はアフリカからコーヒーを輸入する場合、農民を搾取したり、工場労働者の賃金を下げたりするようなところからは買っていません。正にフェア・トレードというか公正な貿易によって組合員に生活資材を供給しています。
 私は協同組合運動に、協同組合らしさ、人間らしさが求められていると思います。利用者に魅力のある個性的な運営で人々の共感を得ることが大事です。
 そうした協同組合ビジネスを含めて欧州の協同組合の新しい動きをお話下さい。

◆倫理的使命への共感

 ミュンクナー 英国の協同組合銀行は、環境と倫理を重視して運営し事業に成功しています。言葉の遊びになりますが、そこは協同組合銀行でなく“協同組合のための銀行”だと私はいっています。
 生活協同組合が100%出資しているから、従来の協同組合とはちょっと異なる運営がみられます。そして行動綱領というかミッションステートメントを持っています。
 フィンランドにも同じようなことをしている銀行があり、環境保全に加えて女性起業の支援融資が特色です。貯金者は、その目的が果たせるなら私が受け取る利子が1%少なくても良いといった考え方です。協同組合として、こうしたことをやるのは良いことです。
 しかし、その面ばかり強調すると、ドイツのエコロジカルバンクのように破産します。銀行である以上は効率性をないがしろにしてはいけません。
 レガの取り組みは有名ですが、ほかの協同組合でもやっています。フェア・トレードは最近、人気があって世界中で注目されており、コーヒーだけでなく、綿花とかカカオなどもアフリカ各国の協同組合から輸入しています。しかし協同組合間提携というのは昔から、やっていることだから、余り大きくとらえることはないと思います。
 しかし途上国の協同組合から買うのではなく、どこかの業者から買ってしまうことが続いたため、ここにきて改めて協同組合間提携を進めなければならないということを思い出させてくれた点でフェア・トレードの人気上昇は評価できます。

◆農協合併と独禁法

 ミュンクナー もう一度、整理すると、第1点は、協同組合といえども経営体だから効率的、効果的に経営しないと破産してしまうという点、重要なのは生き残らなければならないということです。
 第2点は、組合が持つ社会的側面への配慮が重要です。これには員外の地域住民とも連帯して地域社会の持続的発展に取り組むことが必要だと思います。
 貧しい人たちを政府が支えていくのは当たり前ですが、協同組合が自分の資金で員外の人々を支えようとすると、組合員優遇ではなくなるので、やり過ぎると組合員が逃げてしまうという問題が起きます。

 白石 私は3月に北欧を訪問しましたが、スウェーデンとデンマークの酪農協が国境を越えて合併し、アーラ・フーズという農協を設立して、意欲的に取り組んでいる状況を見ました。
 一方、WTO農業交渉では、農業が持つ多面的機能を主張するという点で日本とEUは共通です。また中山間地域等直接支払い制度というデカップリングを実施し、日本も所得政策の確立を目指しています。
 そういう状況を踏まえながら欧州の農協のビジョンというかどういう方向に進みつつあるかをお聞かせ下さい。

 ミュンクナー 国境を越えた農協合併は新しいことではなく7、8年前から起きています。ただ独禁法に引っかかるという問題があります。デンマークには協同組合法がないため、協同組合にも会社法が適用されています。それでカンピナ・クルクーニというオランダの酪農協が独禁法にぶち当たった経験があります。それでも合併や提携が進んでいるわけです。
 EUはこうしたボーダーレスの動向を重視し、円滑に対処するためEU協同組合法の制定を検討しています。またセミナーで協同組合法と会社法の関係を議論しています。私も出席しましたが、EUの法律は複雑であり、また合併や提携の展開も予測できません。このためデンマークの弁護士は「今後のことはEU本部の官僚に聞けば一番わかりやすい」と冗談まじりに語っていました。

◆環境重視さらに進む

 ミュンクナー 欧州では協同組合以外の動向も注目されます。生産者組合というのがあって、そのメンバーの農業者が卵やブロイラー、穀物、野菜と専門別に生産者組合をつくると共同施設の投資に対して政府は5%の補助をします。しかし、農産物の種類や仕様を販売先のスーパーなどから押しつけてくるようになりました。
 例えば、このタイプの鶏は需要がないから作らないようにとか、青いうちに出荷せず、黄色になるまで待てというようにです。これはフランチャイズの方向です。このため農家所得が下がり、問題になっています。
 さらに、風力発電の風車や施設を自分の土地に建てさせて賃貸料を得る農家もあります。環境重視ではドイツの場合、人工的に真っ直ぐにした川をより自然に戻して復元するといった取り組みもあります。

 白石 次ぎに途上国の協同組合のあり方とか発展のビジョンについて。1980年のICA大会のレードロー(起草委員長の名前)レポートには、途上国の政府は協同組合に干渉し過ぎると指摘しています。一方、政府資金を出しても農民が返済しない問題もあります。
 しかし最近ベトナムの例では農家の女性などが農畜産物の代金を少しずつ持ち寄ってグループで貯蓄し、カネの必要な人が、その基金から借りるマイクロ・クレジットという「講」のようなものがあり、そうした貸借では返済しないと仲間が困るためモラルが高まって、きちんと返すということです。内発的な組織を支援していくという課題はどうですか。

◆途上国援助の問題点

 ミュンクナー レードロー・レポートには“政府資金は死人にキスするようなもの”という表現があります。確かに内発的な課題が必要です。上から流れたカネは横領汚職を発生させ、農民にはなかなか届かないというケースがILO(国際労働機関)の本に出ています。
 そこで地域のリーダーやプロモーターの育成が必要です。おカネでなく現物を持ち寄る例えば穀物銀行というようなものを発展させていく方法もありますね。穀物を蓄積しておカネにしていくのです。カメルーンにはそれで成功して今はホテルまで経営している組合があります。そこは管理が良くて、カネを返さないと罰を与えたりしています。

 白石 最後に、先進国の協同組合が大きくなると、だれが管理しているかわからなくなるというガバナンスの問題が起きてきます。ドイツのDZバンクは連邦政府から管理者はだれかという質問を受けたということです。大規模化するとメンバーの意見が経営者に届かないという不満が出ており経営者の教育が大切だと思います。それは、スペシャリストの養成になりがちですが、例えば信用事業なら金融の専門家であると同時に、協同組合の特性を理解している経営者が求められます。いかがですか。

 ミュンクナー 協同組合のマネージャーをどういうふうに教育できるか。ドイツの場合、利用者主導型と投資者主導型があります。どちらにしても役職員がコントロールしてしまうような形になりがちです。最近、この問題について本が2冊書かれましたが、うち1冊は「プリンシパル・マネージメント」という協同組合原則に基づいた経営を強調していますが、2冊ともアカデミック過ぎると思います。

(対談を終えて)
 ミュンクナー教授は対談の中で、世界の協同組合運動が大転換期にあり、多国籍な営利企業(資本志向企業)の事業経営のスタイルを模倣するのではなく、新協同組合原則志向の新潮流づくり(協同組合らしい組合員参画型のグローバルかつローカルな組織・事業経営の革新)を強化しないとアイデンティティの喪失につながりかねない点を強調された。このような協同組合運動の革新のために、(1)国際会計基準委員会(IASB)が協同組合の出資金を「資本」から「負債」に変更しようとする不当な動きに、ICAやEUの協同組合がその動きを批判し、正す取り組みの意義、(2)協同組合事業において私企業と異なる倫理性や公正な貿易を重視した取り組みの意義と同時にその限界、(3)EUにおける農協等の国を越えた広域合併の中での独禁法適用除外をめぐる政府の不公正な扱いへの反論と交渉力の重要性、(4)農業者の小規模な生産組合の意義と流通資本への従属傾向の問題、(5)高齢者福祉・医療・教育・環境サービス事業(ドイツにおける小規模風力発電への農地の環境保全的利用を含む)やIT活用事業など新しいタイプの協同組合運動の意義にも言及され、今後の日本の協同組合運動に示唆に富む対談であったと思う。通訳頂いた安部幸男氏に深謝したい。(白石)
(2003.11.26)

 


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