農業協同組合新聞 JACOM
 
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解説記事

いまJA運動が直面する諸問題
農村取材の中で見えてきたこと

鈴木俊彦 フリージャーナリスト


◆担い手難と耕作放棄

 取材や講演で農村を巡り歩くジャーナリストの一人として、今日の農業問題と農協問題については、重大な切迫感と危機感をもって受けとめざるを得ない。
 優秀な経営をしている農家を訪れることが多いのだが、後継者について訊ねると、「農業はわし一代限りです」との返事を受けることがほとんどである。集落の中での専業農家数について聞くと「うち一軒だけです」との答えにも度々出くわす。既に耕作放棄地は34万ヘクタールに達した。日本農業の実情はまことに深刻な状態に来ていると考え込まざるを得ないのである。
鈴木 俊彦氏
すずき・としひこ 1933年静岡県生まれ。早稲田大学法学部卒業。57年家の光協会入会、58〜60年全中広報局出向、67〜70年大阪支所編集駐在員として東海近畿版を担当、出版部編集長、『地上』編集長、編集委員室長、電波報道部長等を歴任。93年退職後フリーライター。日本ペンクラブ、農政ジャーナリストの会、協同組合懇話会の各会員。主な著書は『農と風土と作家たち』(角川書店)、『協同人物伝』(全国協同出版)、『JA生き生き戦略』(同)『日本農業最前線』(農林統計協会)など。
 昨年秋以来、政府は経済財政諮問会議や総合規制改革会議等を通じて、株式会社の農業参入を提唱し、構造改革特区法を成立させて、条件付きながらその意図を実現させてしまった。事務方は内閣府内閣官房だが、農水省当局にも充分な根回し済みでの立法と聞いている。
 強引と言えば強引な一連の仕業であったが、政府の仕打ちの非ばかりを鳴らしていて済む問題ではない。農水省当局も農業後継者難と耕作放棄地の増大トレンドには、かねがね頭を痛め危機感を抱いてきたことは事実である。とくに家族農業から後継者が十全に輩出されていない傾向を問題視する農水官僚は少なくない。
 こうしたことから農業法人化にせめてもの希望を託す農政当局の思考パターンが形成され、それが着々と政策化されていく。現在、農地法に基づく(つまり農地を所有できる)農業生産法人は全国で6213。うち有限会社は4628(74.5%)となっている。農地を所有せず加工販売を営む農業法人は6973。合わせて1万3186の農業法人が既に存在するわけである。
 いずれ10年、20年先には、日本農業の有力な担い手となることは間違いない。
 JA全中も、その傾向をいち早く見抜いていたのは、さすがである。日本農業法人協会に役員を送り込み、一昨年の農協法改正では農業法人を正組合員に位置付けた。さらに、昨年の10月には農業法人の育成を目的とした「アグリビジネス投資育成株式会社」を発足させている。その先見性は、高く評価してよいだろう。

◆突きつけられたアンチテーゼ

 ただ今年の1月に入って、農業法人40社が中小企業等協同組合法に基づいて「日本ブランド農業事業協同組合」を旗揚げしたのは、JAグループにとって衝撃的だった。毎日新聞あたりは「“脱農協”初の全国組合」と、センセーショナルな見出しで報じている。農協の販路も利用するが、独自の農産物共同認証のもとに共同出荷し、資材の共同購入もするというから、JAグループにとっては、アンチテーゼを突きつけられたものと言ってよい。
 当然、価格競争激化の様相となることは避けられないが、JA全中やJA全農は懐を広げて、何とか連携の道を探りたいとしている。
 気になる点は、現在JAグループが取り組んでいる米政策改革など、生産調整問題と担い手の問題の関連である。JAグループは担い手の経営所得安定対策に取り組み、生産調整と担い手育成をリンクさせる方策に力を傾注しているが、農業法人や株式会社サイドが、今後生産調整をどう受けとめるかが極めて大きな問題である。
 法人や株式会社などのニューパワーは、生産調整を念頭に置いた生産体制は組まないだろう。“押せ押せ”のスタンスでくるはずだ。筆者の取材経験から言っても、生産調整を必要とする作物については、親が我が子に経営を継がせないものである。子の方も尻込みをするケースが多い。生産調整と担い手育成はトレード・オフの関係にあり、言わば“形容矛盾”なのである。この辺の事情を、今後JAグループはどう認識して対処するのか―この課題は極めて重大と言える。
 それだけにJAの営農・経済事業に課せられた責務は、今後ますます重みを増してくる。とくに法人や株式会社などの生産資材購入に比べ、JAグループの取り扱う生産資材価格はコストダウン効果を一層発揮しなければならないし、それだけに広域集中システムによる配送経費の切り下げに努める必要がある。また販売事業面では、卸売市場出荷ばかりでなく消費者への直売、小売店や外食産業との契約栽培の拡大をも図っていかなければなるまい。
 いま関心が集まっている集落営農組織の基本パターンは経営または作業の受委託である。このところの農産物価格の低迷によって、経営受託のリスクが増大している。リスクを背負い込む形になる経営受託よりも、一定の労働報酬が得られる作業受託の方が安全で手堅い。言わば機械のオペレーター収入を得るコントラクター(契約者)としての規模拡大手法である。

◆JA運動の光と影

 多くの難題を抱えるJA運動だが、農産物の直売所は各地で活況を呈している。とくに中高年女性の生き甲斐充足の場としているケースが少なくない。一束100〜200円と自分で値付けして野菜を出品する。売れ残った場合は引き取るが、1カ月で5〜6万円の現金収入となり、孫に菓子や玩具を買ってやれると張り切る初老の女性たち。「女性部活動にメリットを求めるのは不純と思っていたが、やはり女性部にもメリットは必要なんですね」と、納得顔のJA生活部長がいる。
 女性部と言えば、老人ホームやデイサービス施設を訪ね、日頃生活文化サークル活動で覚えた大正琴、日本舞踊、コーラスなどを発表してお年寄りたちを慰問する情景も、JA女性部の“癒し系”活動として特記されてよい。こうした活動が間接収支効果として信用・共済事業の成果に反映されるのだ。
 このところ、“元気印”なのがJAの葬祭部門だ。女子職員ならではの気配りやサービス精神がこの部門で生かされている。いま全国で約400JAが葬祭事業に取り組んでいる。香典返しは、九州でシイタケ、静岡では緑茶と、JAの販売事業にも直結させている。「揺り篭から墓場まで」の協同組合精神にマッチした事業と言える。「協同組合地域社会」の形成を主張された農林中金OBの荷見武敬氏が20年ほど前から農協の葬祭事業を積極的に提唱されていた。氏の協同組合哲学が具現されている部門である。
 JA青年部のなかにはインターネットを駆使して農畜産物のホームページを作成し、電子商取引にチャレンジする盟友も各地で見られるようになった。
 このようにJA事業には21世紀日本農業の明るい側面を照射する活動が多々散見される。しかし一方では修正や改善を要する面もないではない。そのひとつが、農産物共販の原則である。既にスーパーなど量販店と産直契約を結んでいるJA甘楽富岡のような先進的な農協は無条件委託やプール計算の原則は修正している。「人格は平等、事業は公平に」の観点から、生産者手取り優先を貫いている。
 「貯金や共済の推進はJA職員の“必修科目”だが、宝飾品の推進までやらされるのは」と首をかしげる営農指導員もいる。食品偽装防止とトレーサビリティの徹底も重要な課題だ。
 JA改革への自助努力を積み重ねることによって問題点を改善し、組合員・利用者の共感と信頼を集める運動の積極的な展開を願わずにはいられない。 (2003.10.2)


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