農業協同組合新聞 JACOM
   
解説記事

定期的な衛生検査で安全・安心な畜産物を

検査依頼が増え続けるJA全農家畜衛生研究所クリニックセンター

 米国でのBSE発生、鳥インフルエンザなどによって、消費者の食肉や畜産物への安全・安心への関心が一段と高まってきている。しかし、畜産事業は「生き物」である牛・豚・鶏などを家畜として飼育することで成り立っており、家畜の正常な発育を妨げる家畜の疾病は、「食」の安全性を脅かすだけではなく、畜産生産者にも多大な経済的な損失を与えることになる。JA全農では、畜産生産者のために、飼料原料の調達から飼料の製造・流通・販売までさまざまな施策を講じると同時に、最新の技術を駆使して家畜衛生対策に関する研究や点検に取り組んできている。とくにJA全農家畜衛生研究所のクリニックセンターは、大規模化・集約化がすすむ畜産農場における家畜の健康状態や疾病を的確に把握し生産性を高めるために欠かすことのできないものとして、多くの畜産生産者から期待されている。
 そこで同クリニックセンターに、現状と家畜衛生対策の基本的な考え方を取材した。

◆国内最大の20万検体・50万検査体制へ

 「私が平成11年にここに来たときには、検体数は月に1万くらいでしたが、いまは少ないときで月に1万3000検体、多いときには1万8000検体(昨年10月)を超えることがあるように、確実に増えてきています」と平井秀敏JA全農家畜衛生研究所クリニックセンター室長。
 全国7ヶ所に配置された家畜衛生検査室によって実施されていた畜産農家に対する衛生検査を全国的に集約する形でクリニックセンターが設立されたのは平成4年(当時は、家畜衛生検査センター)だが、全面的に集約されたのは平成6年だった。
 それ以降の検査受付件数、検体(検査材料)数と延べ検査数の推移をまとめたのが、表1と図1だ。受付総件数は6年度の4960件から14年度の2万3014件へ4.6倍も増えている。15年度は16年2月までの集計だが、すでに昨年度末を上回っている。
 検査のための材料である検体数は6年の8万5742件から14年には19万0352件へ。延べ検査数も約33万件から53万件強まで増加し、20万検体・50万検査体制となっている。畜産分野でこれだけの検体を受け入れ、検査を行っているところはないといえる。
図1 検査数・検体数の推移
表1 検査受付件数の推移

◆飼料・飼料原料の安全性もチェック

 検査は、家畜の健康状態や疾病を検査する「家畜衛生検査」と食品の安全性を検査する「食品安全性検査」に大別される。食品安全性検査には、飼料も含まれている。それは「飼料は家畜が食べる生産資材なので、これも食品だ」という考え方からきている。また、JA全農は飼料原料である大豆粕や魚粉について、安全であるという証明書を提出しないと取り扱わないことにしている。そのため、検査依頼は、畜産生産者ばかりではなく飼料原料メーカーや地域別飼料会社、畜産物を扱う流通分野など多岐にわたるという。
 家畜衛生も食品安全性もともに依頼件数は増えているが、表1の受付件数推移でも分かるように「とくに食品安全性への意識が高まっていることを実感する」。ちなみに14年度についてみると、検体数の14%弱、検査数の7%強が食品安全性の検査だ。6年度はそれぞれ5%と2.4%に過ぎなかったものがだ。

◆遺伝子診断による病原体検査も――豊富な検査メニュー

図2 畜種別検体数の割合(14年度)
 畜種別の検体数の割合をみたのが図2だが、72%が鶏(採卵・ブロイラー)だ。とくにタマゴのサルモネラ対策への関心が高いようだ。それは、生産されたタマゴにサルモネラがいないという確認や鶏舎のほこりや糞、あるいはタマゴが流れてくるベルト等にサルモネラがいないかという確認のための検査が増えている。
 また、自分の農場で飼育している鶏の健康状態はどうなのかとか、ワクチンを与えたが、それがキチンと効果を発揮しているのか確認をしたいなど、知りたい情報はさまざまだ。
 養鶏の場合には他の畜種よりも大規模化・集約化が進んでいることや「豚や牛では血液を採取するのに獣医師が必要だが、鶏の場合にはほこりや糞をとればいいし、採卵では生産から商品までが一貫して見えやすく、チェックポイントを多くの人が知っていて、検体を生産者自らが採取しやすい」ことも検査依頼が多いことの背景にはあるようだ。また、日本人は生でタマゴを食べるためにサルモネラによる食中毒に対して敏感だということも、生産者の衛生に対する意識を高めているといえる。
 もちろんクリニックセンターでは、鶏だけではなく牛や豚についても検査を行っており、その検査は、血清抗体検査や細菌検査など多岐にわたっているが、現在、とくに注目度の高い「遺伝子診断」による畜種別病原体検査ができるものを表2にまとめた。
表2 遺伝子診断法による病原体検査実施一覧
 例えば、「豚繁殖・呼吸器障害症候群(PRRS)」は、繁殖豚で死流産を、子豚では肺炎などの合併症を引き起こし大きな被害を及ぼすことで、多くの養豚場で対策に苦慮している重要な疾病である。クリニックセンターでは、遺伝子診断の手法を用いて、飼育豚の血液や死亡豚の臓器から、病原ウイルス遺伝子を検索することで、現場での対策実施の一助とするのである。従来は検査ができなかった疾病や、検査に長期間を要した疾病診断がこの遺伝子診断法を用いることによって、短時間に診断できるようになった。迅速な診断により、いち早い対策を構築するための力強い武器が充実している。
 また、サルモネラ検査の大まかな手順は表3のようになっている。サルモネラは卵内にあったとしても、タマゴ1個に菌数は10個未満といわれ、普通の培養では検出されにくいので、特異的に菌数を増やす「増菌培養」法がとられている。また鶏が感染していても、糞やタマゴにも出ないケースがあるので、糞・ほこり・ベルトなどの拭き取り材料など、検査材料も多岐にわたり、1回限りの検査ではなく、繰り返し検査を行うことが必要だ。
表3 サルモネラ検査フローチャート

◆病気を持ち込まない・持ち出さない――予防衛生の基本

 病気が発生したり問題が起こると必ず「どういう対策をとったらいいのか」という問い合わせがあるという。だが、「対策の基本的なことはみな一緒」だという。それは「病気を農場に持ち込まない、持ち出さない」というごくあたり前のことだ。病気を持ち込む可能性が一番高いのは「人・車・ヒナなど搬入家畜」で、それをキチンとガードすることだとも。
 例えば、ある養鶏場から他の養鶏場に行くのは人間や車だ。だから、農場に入るときには必ず手を消毒するとか、場内と場外では別の長靴に履き替え、必ず踏み込み消毒槽を通ることを徹底する必要があるわけだ。入り口を制限して、部屋を仕切って、衣服を脱ぐところと着る場所を別にし、その間に手を消毒する場所をつくり、必ずやらざるを得ない仕組みをつくることが大事だという。
 家畜の検査だけではなく、家畜衛生の考え方を周知することもクリニックセンターの大事な役割だが「あたり前のことばかりで、目新しいものはなにもありません」と同センターの佐々木隆志審査役(獣医師)は苦笑する。鷺谷敏一主任調査役(獣医師)も「地道にやるだけですね。それをあたり前と考えるのか、面倒くさいと思うのか」で病気が入るのを防げるか防げないかが決まるという。まだ「面倒だ」と考えたり、そんなことをしたら「作業効率を落とす」という人もいる。だが、病気が入れば作業効率どころか生産性が低下し、最悪は経営自体が危機に陥る可能性すらあることを忘れてはならないだろう。

◆目新しい対策はない。地道に継続し汗をかくこと

 最悪の事態にはならなくても、病気が発生し薬などを使うことになれば、当然、コストはかかる。そうしたくなければ「持ち込まない、持ち出さないという予防衛生しかない。そこにどれだけ汗をかくのか。そのためのお手伝いをすることが、私たちの役割です」と平井室長。
 こういう話もあるという。伝染病が発生した地域で「自分の農場でも発生したら怖いので毎日、清掃・消毒をしていたら生産成績が上がった」という。病気が発生していなくても、農場内にはさまざまな病原菌やウィルスが存在する可能性がある。それを一挙になくすことや菌をゼロにすることはできないが、消毒を毎日繰り返すことで、菌数を減らす効果があり、継続することで成績(生産性)がよくなるという実例ではないだろうか。
 採卵農場の場合、「ここで生産しているタマゴは大丈夫か」とか「検査して確認しているのか」といわれたときに慌てて検査するのではなく、クリニックセンターのデータを蓄積することで「定期的な衛生検査と衛生管理をしている鶏群から生まれたタマゴ」だと説明するなど、積極的に営業活動に利用しているケースもあるという。「安心・安全な畜産物の生産・供給はJAグループの役割だから、定期的にチェックするために積極的にクリニックセンターを活用して欲しい」と職員の人たちは望んでいる。なにしろ「幅広く迅速に検査でき、検査費も安い」のだから、これを活用しない手はないと思うのだがどうだろうか。そのことで、消費者がいま一番求める「安全・安心」という付加価値がつくのだから。 (2004.3.23)


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