農業協同組合新聞 JACOM
   

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論壇
「小泉農業哲学の貧寒さ」


 「農業分野は、各国と自由貿易交渉(FTA)を進めるに当たって避けて通ることはできない問題だ」(以下、会見録は、12月13日付、日本農業新聞)。日本・東南アジア諸国連合(ASEAN)特別首脳会議が終わったあとの、03年12月11日、小泉首相の記者会見での発言である。
 農産物や各種食料品が協定交渉の対象になることぐらい、周知のことという点で、首相の発言は当然ではある。「農業だけではない貿易全体・経済全体を考えて対処しなければならない」という点も、FTA駅行きのバスへの乗車を決めたのだから−。
 だが、同じことを言うにも、政治家・総理として、もう少し考えた言い方があって然るべきだろう。年輪を経た日本の農業は、まさにFTAという暴風雨を前に、大きな不安を募らせているときである。
 にもかかわらず小泉首相は、それは些事として、高度成長期やバブル期に使われたのと同じ調子で、よどみもあればこそという、ものの言い方である。
 だからこそ、と言うべきであろう、次のような発言まで、している。「譲るべきは譲る、改革すべきは改革するという中でFTA交渉は成功させねばならない」と。
 この会見は、内向き一辺倒の日本人記者だけでなく、ロイター、APなどの、国際通信社の腕利きの記者も押しかけ、ノートパソコンで、そこからただちに世界に発信している。米国の新聞は夜中であったにしても、東南ア諸国の新聞の編集局長は、「やった!」と手を叩き、「“譲るべき”と“改革”の部分を見出しに!」と、ミニ興奮状態で、整理記者に指示したに違いない。
 小泉氏は、だれを念頭に置き、主としてだれに話しかけるつもりで、モノ言ったのか、まだ、これから、交渉を始めようという段取りをつけた直後のことである。わが国の農業・農村の現状からすれば、まず、「守るべきは、相手によく説明し、主張してきちんと守る」という言葉が、少なくとも出てきていなければならないはずである。
 再度、にもかかわらず、と言うが、わが小泉氏は、こともあろうに、こんなことまで宣った。「農業問題の重要性は否定しない」。「いのち」の根源たる、わが日本農業が、颶風に襲われている最中に、その重要性は、ただ単に「否定しない」という程度のことなのか。驚くべき貧寒たるセンスといわねばならない。
 別に、言葉じりを捕らえて、モノを言うつもりはない。1.3億人という大人口の総師たるもの、リアリストの眼をしっかり持ってほしい。今年夏は、ドイツで、ロマン派のワグナーのオペラなど、じっくりご鑑賞なさり、挙句、視力、認識力が衰えてしまったのではないか。
 日本の財界にさえ、食料・農業問題について、次のように見ている人が育ってきた。リコー会長の浜田広氏は、「世界の賢明なリーダーたちは、国の食料を確保することの重要性を知っていますよ」と。小泉氏の眼が、いかにぼやけているかが、はるか遠くからでも望見できよう。
 「コメ、タピオカでん粉、鶏肉、砂糖の重要四品目も、心配しないよう伝えた」と、日本人記者団にバンコクで語ったのは、ほかでもない、関西経済連合会使節団と会ったあとの、タイのワッタナー商業相である。「四品目の貿易量は非常に少ない。日本にコメを売る必要があるとも思えない」とも。外務省筋は、「勘違いでは」と言っているそうだが、ほとんど中進国に差し掛っているタイの方が、製造業の重要性や、グローバリズムにおける工業と農業の関係を真剣に考えているのではないか。
 途上国のWTO農業交渉に対する主たる関心も、G33グループの声明でわかるように、自分たちが、命づなとして守りたい「特別品目」については、関税の引き下げを免除し、かつ、特別セーフガードも使える権利を与えよという方向に向かっている。往時の木内信胤氏の理論である。いまや、世界的にその方向の選択が始まったのだ。
 小泉総理よ、あなたの明敏な頭脳を農業にも向け、事態をしっかりつかみ直してほしい。隣国、中国の温家宝首相は、党政治局にあって、長い間、金融と農業を担当し、それをじっくり勉強してきた人士である。
 しっかりした農業哲学を培って、世界のトップリーダーをうならせる発言を重ねてほしい。 
(2003.12.19)


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