農業協同組合新聞 JACOM
   

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シリーズ 農協のあり方を探る−16

農民不在の農政問うのは農協組織の大きな役目

運動体としての事業を今こそ築いてほしい
 
対談風景
山口巖 (財)蔵王酪農センター理事長 元全中専務
梶井功 東京農工大学名誉教授

 80年代後半の農産物自由化問題で先頭に立った元全中専務・(財)蔵王酪農センターの山口巖理事長は、今の農政を「人が不在」と指摘する。そして農協という響きには人と人との信頼感が感じられるはずだと説き、経済事業改革も農家組合員のプラスになるよう取り組むべきだと強調する。かつての「農協牛乳」の商品開発時代も振り返り「やはりまじめに農民の真実を訴えるべき」と話す。山口氏の協同組合への期待と課題を聞いた。


■外圧との闘いと国内の混乱のなかで

山口巌氏
やまぐち いわお 大正8年神奈川県生まれ。昭和34年全中嘱託、37年中酪事務局長(全中より出向)、44年中酪常務理事、47年農協牛乳直販(株)専務理事、49年全中常務理事、57年全中専務理事、平成2年協同組合経営研究所理事長、8年理事長退任、昭和53年より蔵王酪農センター理事長−現在。
梶井 最初に現職時代から今までの日本農業・農政の動きについてどう見ておられるか聞かせていただけますか。

 山口 日本農業は悪いほうに向っているようで、気が気でない思いで日々を過ごしています。私のころはちょうどウルグアイ・ラウンド交渉のときでした。WTO交渉で今若いみなさんが苦労しているのと同じように外圧に対する闘いを凌いできたわけです。今も容易ならざる事態だと思いますね。
 日本農業に対する外圧が高まったのは1980年代です。ただ、それでも80年代のはじめは、農政審議会の答申「80年代農政の基本方向」も食料自給率の強化による食料の安定供給を図れとか、日本型食生活の定着といったことが大きな柱になっていて、80年代はわれわれにとってきわめて好ましいスタートを切ったと思ったんです。
 ところが、ウルグアイ・ラウンド開始と並行して、全米精米業界が米輸入の完全自由化をやれとか、あるいは牛肉・オレンジを自由化しろとか、外圧がだんだん激しくなり本当に混乱した状態になった。
 この混乱というのは国内の主張がそろわなくなったということ。たとえばNIRA(総合研究開発機構)の提言「農業自立戦略の研究」なんてものが出て、大規模化して国際競争力を持てとか、市場経済を中心にして価格の形成を図れといった提言があって、政府もぐらぐらしてきた。

 梶井 NIRAの提言は、諸悪の根源は高米価だというのが骨子でした。あれが相当効いてますね。続いて農業も一層自由化しろという「前川レポート」が出た。

 山口 決して米価は高くはない。昔からあの程度の水準の米価だったわけで、高い米価を生産者はもらっていたわけではないんですね。腹の立つ話なんですが、アメリカを例にとって規模拡大で生産性を向上させろ、というと耳が当たりがいいわけですよ。
 当時、土光臨調があったわけですが、土光さんがすっかりこの提言に惚れ込んでしまった。用があって訪ねていくと、おい、これを読んだか、と言う。私は、この提言はいんちきだ、と反論したんですが聞き入れてもらえない。
 88年には牛肉・オレンジ、オレンジ果汁の市場開放を3、4年のうちに行えという話になって、政府も承認し、実際、自由化されてしまった。
 今、メキシコからオレンジ・ジュースを自由化しろといわれていますが、あれはみな米国資本の要求です。
 当時、私は米国に行ってみたんですが、そのときはブラジルのオレンジジュースが安くて、それを米国の資本が買い付けてブレンドして日本に押しつけそれで市場を開放しろということだったんです。
 その後、米も部分開放を強いられたウルグアイ・ラウンド合意。米についても国内で自由化論議が始まって米の国内自給という認識も薄らぎ、農協自体もぐらついてきたというのが実態ではないでしょうか。

■農民が不在の経営体づくりを問え

梶井功氏
かじい いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 山口 残念ながらこうして80年代後半からは農業は衰退期に入っていった。そして90年代のはじめには、新農政なんていうのが出てくる。
 ここに到るともう私らの想像を超える方向に行こうとするものだと思いましたね。
 農業の生産母体とは、村を中心にし、そこで生活をしている農民です。農民という人間がまずあって、その人間が農業を営んでいる。そこで村ができるというのが常識ですよね。ところが、物理的な経営体といいますか、場合によると株式会社でもいいじゃないかという考え方で、農民という人間と離れて、合理性の追求に適格するような法人なり資本なりを農業の担い手として迎え入れていこうとという方向に入ってきたわけでしょう。
 私は農民運動から農協に入ったわけですが、農民の生活を向上させようということが本当の目的だと思ってきた人間にとっては、これは誠に寝耳に水というような話でしたね。

 梶井 92年の新農政のときから、効率的かつ安定的な経営、という妙な言葉が出てきました。経営体が農業生産の大宗を担うようにしていくという考え方は新農政から始まっています。

 山口 その新農政がずっと続いて新基本法になったわけですよね。そこで改めて食料・農業・農村基本法を読んでみたんですが疑問なのは第3条で掲げている農業の多面的機能の発揮です。正常な農業生産、村を母体とした農業生産が行われていれば自然環境の保全や水資源の涵養などが付帯的な効果として出てくるとは思いますが、そういう正常な農家をなくして、株式会社でもかまわないというような経営体を担い手としたとき、果たして多面的な機能が発揮されるのか。結びつかないものを並べるのはごまかしだと思う。

 梶井 掲げるとするならば、それにともなって農法の組み立てなどを変えなくてはならないわけです。では、そのときに効率性と環境保全とが整合性を持つような農法が組み立てられるのか、という議論をしなければならないのにそれがない。

 山口 大規模経営の追求ではまず無理じゃないですか。

 梶井 環境保全、文化の伝承はまず駄目ですね。しかも大規模経営といっても耕地がまとまっていればまだしも、日本の場合は耕地が散在している。つまり、大規模化していっても生産性はあがらないという面もあるわけです。だから集落で営農組織をつくってみんなで耕地の利用の仕方を決めて農業をするほうが、個々の経営規模は小さくても現実には、集落全体がまとまることで生産性も上げられるわけです。

 山口 そのためにも人間と乖離した経営体というような考え方ではだめなんですよ。経営を担う人間、そこに人間性がなければ、土地など貸しません。貸す以上はお互いに顔が見える運命共同体のような連帯性がなければね。その点で集落営農はいいことですよね。
 
■「農協牛乳」は3つの革命もたらした

山口巌氏

 梶井 農協マンとしてやってこられたなかで、後輩に是非伝えたいというのはどんなことでしょうか。

 山口 昭和47年に設立した農協牛乳があります。これは私が全農に出向してつくった。実は、「自然はおいしい」というキャッチフレーズはトイレのなかで考えたんです(笑)。立ち上げまで一年ぐらい時間がありましたからその間寝ても覚めても考えて居たからです。
 ただ、そんな野暮ったいイメージで売れるのかと言われましたし、農協牛乳という名前にも異論が出ました。しかし、そんなことはない、農協というのは野暮ったいからうそを言わないというイメージが裏にあるんだと。農協という言葉には人間の信頼関係が感じられると思うんです。だから、農民が手づくりで作ったというイメージが伝わるような商品設計をして売り出そうと。
 商品化にあたっては、3つの革命を実行した。ひとつは容器の革命です。当時は瓶で販売して回収して再利用してましたがコストがかかるでしょう。それで買い切りというかたちにできないかと使い捨て紙容器にした。一本あたりのコストは実は瓶よりも高いんですよ。しかし、一段配送でスーパーで販売できるわけです。当時、スーパーは牛乳を扱っていませんでしたが、これなら売れると扱ってもらった。
 もうひとつは中身の革命。牛乳っていうのは絞りたてのもので何も足さない、何も引かない、で売るのが牛乳ですよ。決して粉を混ぜたりしない。というのも、農協牛乳をつくる前にはある乳業メーカーが安い輸入品の脱脂粉乳とヤシ油を混ぜて牛乳と称して売ったという大事件があったんです。だから、農協牛乳は中身の革命だったんです。
 それからもうひとつは、さっきも話した配送の革命ですね。それまではメーカーが瓶に詰めて問屋に卸し、そこから小売店に行っていたわけで、それをメーカーからスーパーに直接届けるという方式にしたわけです。この3つの革命が当たって農協牛乳は売れたんですね。

■目を覚ませ!協同組合陣営

梶井功氏

 山口 農協牛乳のことを振り返ると、やはりまじめに百姓の真実で訴えなきゃだめだと思いますね。それを言いたい。

 梶井 ロッジデールの原則は、これは生協ですが、協同組合は品物を安く売るのが取り柄じゃなく、公正な値段で売る。しかし、協同組合の品物にはごまかしがありません、これが大事なんだということでした。
 それが最近では農協ですら食品偽装事件を起こしてしまった。今の農協に、一番不足しているのは協同組合運動として事業に取り組むのは何のためだという目的意識ではないかと思いますが…。

 山口 本来、運動体であるべきなんですね。そこを忘れてしまって企業体だと思っているんじゃないか。痛感しますよ。

 梶井 農協牛乳では大変な商品開発力を発揮されたのですが、今、それがありませんね。JAグループは経済事業改革に取り組んでいますが、たとえばファーマーズ・マーケットに手作り加工品などを持ってきているおばあちゃんたちのほうが商品開発力があると思いますね。そういう力をJAの役職員は敏感に受け止めて農家のプラスになるように組織化すればいい。

 山口 おばあちゃんたちに聞けばいいんです。どうしたら消費者に喜ばれるか、生産者がいちばん知ってます。百姓ってのは知恵がある。

 梶井 それと協同組合の事業についての組合員への教育ということも大切ですね。しかし、前回の農協法改正で教育という言葉が消えてしまった。私はそれがJAを企業体と同じだと考えることにつながっているように思います。

 山口 市場中心主義の経済運営に対抗できるのは協同組合組織しかない。その協同組合が寝てたんじゃしようがない。目を覚まして闘わなくてはいかんのです。今の農政には人というものが不在だと思う。それと闘っていくのが農協運動ですよ。ただ、これじゃいけないという運動が必ず出てくる。私はそれを期待しています。

 梶井 ありがとうございました。


(インタビューを終えて)
 山口さんに久し振りにお会いした。お元気である。農協改革が内部からというよりははるかに強く外から強要されている風のある昨今、農協運動の大先達の意見をもっと聞くべきではないか、というのがインタービューを終わっての第一感。
 山口さんには、自らの実践をまとめられた快著「緑の旗の下に」(協同組合通信社1990年刊)がある。本紙の読者には、お読みになった方も多いのではないかと思うのだが、その本の副題は”百姓をいじめると、国は滅びる!!”だった。山口さんの信条はこの副題にこめられていると、御本をいただいたとき感じいったものである。今回の対談でも、山口さんは最後に”今の農政には人というものが不在だと思う。それと闘っていくのが農協運動ですよ”といわれたが、農協が闘かっていかなければ”国は滅びる”とつけ加えたかったにちがいない。”これじゃいけないという運動が必ず出てくる”ことを、山口さんと一緒に私も”期待”していたい。(梶井)


(2003.12.17)


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