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特集:21世紀の農業に虹の橋を架けよう
     農業再建と地域活性化のために

JA全中常務理事 今尾和実氏に聞く

JAグループは昨年の第22回JA大会決議で“農と共生の世紀づくり”を掲げた。今そのスローガンのもと、各地で運動や事業の発展に取り組んでいる。この大会決議の大きな特徴は、「地域社会に貢献するJA」を明確にしたことだ。安全・安心な食料を生産し農業を振興するとともに、JAによる地産池消の取り組みや、高齢者福祉事業にも期待が高まっている。今回は、JA全中今尾和実常務に現状や今後の展望などを語ってもらった。

国民の8割強が食に対する危機感を抱く

(いまお かずみ)昭和21年生まれ。京都大学農学部卒業。昭和44年全国共済農業協同組合連合会入会、平成4年人事部次長、平成5年普及部恒常推進対策室長、平成7年制度対策部長、平成9年普及部長、平成12年全国農業協同組合中央会常務理事就任。

―― 今日は、地域社会とJAの事業や運動の関わり、あり方について、現状や今後の方針などを中心に伺いたいと思います。その前に、まずJAグループを取り巻く問題として今尾常務はどのような認識をお持ちなのか、お聞かせいただけますか。

 今尾 大変気がかりなのが、日本人の食生活の乱れということです。朝食抜きの子どもや青年が増えていて、厚労省の調査では、朝食抜きの男性は20歳代では3分の1、高校生男子で15%、中学生男子で10%もいます。女子でも高校生で10%、中学生で7%だそうです。
 朝ごはん抜きのうえに、子どもたちについていえば、夜は塾、お父さんは残業で夕飯は家族で食べない。個食化が進んでいます。せめて朝は、おはよう、とあいさつして家族で朝ごはんを食べるというようなことをきちんとしていかないと、教育も乱れてしまうのではないかと心配です。
 その一方で将来の食料供給についての不安が高まっています。総理府の調査では、国民の8割強がわが国の将来の食料供給は不安だと答えているわけです。地球環境の温暖化や砂漠化の進行、さらに異常気象によって作物が不作になるのではないか、あるいは国際情勢の変化で輸入が途絶えてしまうのではないかという理由を多くの人が挙げています。一部のマスコミが言っているような農産物は安いところから輸入すればいいという論調に反して、実際は国民の多くが食に対する危機感を強く持っていると思います。

市場原理優先の経済の考え方からの脱皮を

―― そういう不安の高まりがある一方で食料に限らず多くの分野で国際化が否応なく進展していますね。協同組合としてはどう捉えるべきでしょうか。

 今尾 一握りの多国籍企業が安い労働力を求めて海外展開し、その結果、国内産業の空洞化と 失業率の上昇を招くという状況があります。
 それは多分、製造業については資本の移動が比較的自由だからでしょうが、農業についてはどうするのか。まさか土地を持っていくわけにはいきませんからね。労働力だけは雇えるかもしれませんが、製造業と同じように国際的にどんどん生産地を移動して農業をやっていくということになれば、新たな問題が出てくると思います。途上国における飢餓輸出と先進国における国内農業破壊ということに結びついていくんじゃないか。
 われわれ協同組合、農協としてそのことをどう捉えたらいいかといえば、結局、自由競争のなかで人々の暮らしがどうなっていくのかをよく考えないといけないということだと思います。たとえば、今後は、農産物に限らず、顔の見える商売とか、製造工程が分かった物が流通するなど、そうした経済のあり方をめざしていかないと。
 これは今年の国際協同組合デー記念中央集会に講師として招いた経済評論家の内橋克人さんが指摘していたことですが、市場原理だけに任せていたら必ず人々の暮らしに弊害が出てくるから、それを修正するためにこれまで医療、福祉、雇用保障などの制度を資本主義のなかにビルト・インして弱者を守り、弱者もともに生きていくという制度をつくってきたわけですね。しかし、グローバリーセーションが進行するなか、日本でもそれをただ盲目的に受け入れて、そうした社会保障制度など暮らしを守る制度は経済成長にとって重荷だと見なす考え方が出てきていると強調していました。まさにそうだなと思っています。

JAが地域社会の中で貢献できる運動の追求

―― ご指摘のような認識のもとに昨年のJA大会決議がなされたと思いますが、改めてポイントをお聞かせください。

 今尾 農と共生の世紀づくりというサブタイトルについて、ひとことで言えば『JAが地域社会のなかでどのような貢献ができるか』の追求ですね。
 その運動の核のひとつが「フード・フロム・JA」運動の展開です。これは今、JA全農で「安心システム」の拡大にチャレンジしているところです。この考え方は、安全かもしれないが有機農産物だけで国民の食料を賄えるのかということです。
 もちろん有機農業は大事でしょうが、それだけではなく、生産のプロセスを消費者に明示し、品質検査も行いその結果をきちんと情報開示していくということです。この「安心システム」による産地と消費者のつながりはすでにいくつかの例が実現しており、この動きを広げていくことによって、安心な食料供給システムをつくりあげていこうと考えています。狂牛病問題で農産物の生産履歴の開示が食料の安全と安心を確保するうえで重要になっていますが、まさに問題意識を先取りした取り組みだと思いますね。
 それから地産地消の取り組みのひとつであるファーマーズ・マーケットですが、これは今、全国で481JA、全JAの4割の農協が取り組んでいます。しかも生産と販売には女性農業者や高齢者が活躍しており組織の活性化の大きな力にもなっていて、大変心強い取り組みだと思っています。
 また、ごはんを中心とした日本型食生活の普及も重要な取り組みとして力を入れています。この運動のなかで注目したいのは、コンビニエンスストアやファーストフード店でもごはん食がかなり広まったことですね。あのような店ではなかなかごはん食の拡大はできないのではと考えがちでしたが、たとえば、おにぎりの消費増には大変な実績があります。それは、おにぎりとノリを分離して、ぱりっとしたノリのおにぎりが食べられるという技術革新があったわけですね。そうした知恵を出す人が民間企業にもいるということは、われわれ農業団体にとってもとても心強いと思います。
 農業体験の推進も重要な課題ですが、学童農園には平成12年で358JAが関わっています。これは文科省や農水省も、小中学校の総合学習の時間で食農教育の一環として行うと整理して進めている以上、国家的な見地で取り組むべきことであり、JAはそのなかで大きな役割を担っていきたいということです。
 そのために10月1日に子ども農業体験学習中央推進協議会を立ち上げたわけです。農水省、文科省、学識経験者、教育関係者、地方の首長にも加わっていただいており、こうした各層の力を集めて大きな国民運動としていくことが狙いです。キレる子どもをなくす、地域の教育力をつけていくなど21世紀の次世代を担う子どもたちをみんなの力で支えていこうという取り組みです

JAの高齢者福祉事業推進へ全国連のサポートを

―― 高齢者福祉事業もJAの大きな役割ですが、現状はいかがでしょうか。

 今尾 昨年、介護保険制度のスタートに合わせてJAで高齢者福祉事業が本格化しました。初年度の取り組みとしてはうまくいったと思っていますが、それはJAの助け合い組織がありその活動の基礎があったからだと考えています。
 初年度は、363のJAで立ち上がりました。売上にあたる介護報酬が73億5000万円で、9500名のホームヘルパーが活動しており、利用者は毎月2万3000人です。今年6月の実績では9億円ですから、今年度は年間100億円は確実に達成するのではないかと考えています。
 事業の内訳をみると、訪問介護がいちばんウエイトが高く、73億円のうち40億円を占めます。ただ、課題は1事業所あたり300万円の赤字だということ。この原因はふたつあって、ひとつは実施主体側の問題として報酬単価の低い家事援助が5割を占めているからです。つまり、身体介護のウエイトを高めないとなかなか黒字化がむずかしいということですね。
 もうひとつは1時間未満の介護報酬が1540円という単価では、あまりにも低すぎるということです。たとえば、農村部では50分の家事援助するとしても、往復の時間が40分かかったというような状況があるわけで、その時間も含めて日当を出してしまえば家事援助では赤字になるのは目に見えた話です。この点は、厚労省にきちんと結果を報告して介護報酬単価を上げるよう要請していきたいと考えています。
 一方、通所介護(デイサービス)では24億円になりましたが、この部門は65%の事業所が黒字です。これは設備投資を抑止できたことが原因です。みなさん大変知恵を出していただいて、農協の既存施設を改築して実施したり、あるいは市町村に働きかけて市町村が施設を作って運営はJAという、いわゆる公設民営型の方式が2割ありこれは大変見込みのある事業ではないかと考えています。JAが行うにはふさわしい方式ではないかと思いますね。いずれにしてもJAが立ち上げた以上、店をたたむわけにはいきませんから今後もしっかりと事業展開しなければなりません。
 それと、JAグループ全体として、介護保険事業をどこが担当するのかという問題もあります。とくに全国連としてはどこが担当するのかということですね。JAの段階では、組合員のニーズの高まりや市町村からの要請も強くて、この事業を立ち上げざるを得ないという面もありましたが、次のステップとしては、実際、この事業で携わっている方たちが現場でぶち当たった問題の解決が課題です。現場での問題は、この事業が進めば進むほど専門化するでしょうから、それに応える相談も高度化していかなくてはならないわけです。
 これについて中央会だけでやっていけるのかという課題がありまして、私はあらゆる機関が協力しあっていかなければならない段階に来ていると思っています。そのかわり、全国連もサポートしてJAを支えるという体制を作り上げれば、農協が地域の求心力を今後とも持続できるでしょうし事業推進でも大きくプラスになると思っています。今後、この問題を担う協議会を全国レベルと県レベルでもつくれないかなと考えています」

―― 農産物の生産、供給にしても福祉事業にしても、生産者・組合員とともに取り組む運動が背景にあるから、農協ならでは事業となっているように思います。

 今尾 そうですね。今後ともJAが地域社会に貢献するために、自らの地域のなかにどういうニーズがあるのか、視野を広げて捉えていくことも求められると思います

―― ありがとうございました。


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
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