JACOM ---農業協同組合新聞/トップページへジャンプします

対談:21世紀・最初の年を振り返って

「いま、日本農業を守るには・・・」
―多面的機能を軸にしたNGOとの連携


日本学士院会員・東京大学・信州大学名誉教授 大内力氏
東京農工大学前学長 梶井功氏

 21世紀はテロと報復戦争で激動の幕開けとなった。それは低迷を続ける日本経済に新たな打撃を加えた。「こうした状況の根底にある問題は何か」と梶井功・前農工大学長が問い、大内力・東大名誉教授は「資本主義は4度目の転換期にあるが、新古典主義とか新自由主義への反対勢力が見当たらない。そこに危機的な問題がある」と指摘した。またWTO農業交渉をめぐる梶井さんの問題提起に「農林産物の自由貿易なんてとんでもない話だ」と断言するなど年末ビッグ対談ははずんだ。

日本と世界の経済問題をどうみるか

 梶井 今年度上半期の輸出額は前年同期より約43%も落ち込み、また金融機関の不良債権が後から後から出てくるなど、バブルがはじけて以降の経済の低迷はまだ続いており、先進国の中で日本が一番ひどい状況です。この辺どこに基本的な問題点があるのか。二番目には、WTO農業交渉に向けた日本提案に対し、私は一定の評価をしていますが、しかし提案を裏打ちするような国内政策をやっているのかどうかという問題があります。三番目には、この1年間の農政の動きを顧みての問題点をどうみておられるかなどを、おうかがいしたいと思います。最初に日本と世界の経済問題については、いかがですか。

◆今、世界経済は4度目の資本主義の転換期

(おおうち つとむ)大正7年東京都生まれ。日本学士院会員、東大、信州大名誉教授、経済学博士。米価審議会、農政審議会、中央職教安定審議会、雇用審議会などの委員、会長を務める。現在全国高齢協連会長等。
(かじい いそし)昭和元年新潟県生まれ。東京農工大教授、東京農大教授、東京農工大学長を経て、東京農工大名誉教授。主な著書は『梶井功著作集』(筑波書房)等。

 大内 1929、30年と同じような世界大恐慌の色彩が強くなっているという感じを持っています。今は4度目の資本主義の転換期ではありませんか。
 産業革命から発展した資本主義は、1870年代の大不況から第1の大きな転換期にさしかかりました。市場経済的な自由競争資本主義の行き詰まりが独占を必然にし、世紀末には欧州を中心に帝国主義化が進んで世界分割競争がおこなわれ、国際対立の激化は、第1次世界大戦を経なければ解決できませんでした。
 1929年からの世界大恐慌で2度目の転換がきます。それ以来、市場経済には大きな欠陥があり、自由競争は社会的な大きな歪みを引き起こすという認識がかなり共通になりなりました。その前に17年のロシア革命で社会主義体制が成立し、マルクス主義的陣営は資本主義の全般的危機が起こった。これを通じて社会主義は世界的に必然にたると唱えました。
 これに対して新古典派の経済学は、確かに市場経済には大きな欠陥がある、自由競争だけではやっていけない、一定の政策的な修正や統制を導入した修正資本主義にしない限り資本主義は発展しないと主張し、そうした考え方が資本主義陣営でも、かなり広く認識されるようになりました。
 それは第二次大戦中から戦後70年代ごろまでは、ある程度成功しました。先進資本主義国は福祉国家建設を看板にし、ケインズ経済学的政策で景気調整をし、各国民のかなり多くを、実態はともかく意識では中産階級化して社会を発展させました。
 その中で資本主義史上かつてなかったような高度成長に成功しました。だから30年代からの時期は2度目の転換といえます。
 ところが70年代に入る頃から石油ショックやIMF(国際通貨基金)体制の崩壊などを境に先進資本主義諸国は、当時の言葉でいうスタグフレーションを解決できない状況に陥り完全に行き詰まりました。これが3度目の転換です。その後の歴史は“失われた30年”といってよいと思います。日本では近年を“失われた10年”といっていますけどね。

◆米国を中心にした新資本主義の台頭

 大内 ところが、20世紀末からはグローバリズムとかニューエコノミーといわれる4度目の転換に入りつつあります。その起こりは80年代に入ってからのサッチャリズムで、これはレーガノミクスとしてアメリカにも採用された。もっとも、90年代初めまでは試行錯誤の時代であり、安定的な政策としては定着しませんでした。その中でマネタリズムとかサプライサイドの経済学とかいろいろの経済理論が喧しくおこなわれ、90年代半ばごろから米国を中心とした新しい資本主義の動きが始まりました。
 グローバリズムとかニューエコノミーというのは一口でいえば新古典主義とか新自由主義といわれるように、資本主義のありしよかりし日――19世紀的な自由競争、市場経済にできるだけ立ち戻り、小さな政府にして、政府が干渉しないで自由競争をする、ということです。
 その中で所得分配の不平等が拡大しても失業が増えても仕方がない、という考え方ですが、これは先進資本主義国の巨大資本や、系列の中小企業なども含めての資本集団の一種の戦略になっていると思います。

◆世界分割狙う先進資本主義の巨大企業

 大内 考えてみれば、70年代ごろから米国を中心に多国籍企業化が進みましたが今や、大企業は無国籍企業、あるいは世界企業化しています。国境を無視し、どこでもよいからと労賃や資源その他のコストが一番安くて有利に経営ができる所へ生産拠点を全部移しています。それにくっついて中小企業も出ていっています。
 企業の中枢部でさえ今では国内の系列を超えるだけでなく、日本と米国、欧州の大会社が国際的な合併や合弁をするなどの一体化を進めており、もはや集中排除とか独占禁止などの言葉は念仏みたいなものです。先進資本主義国の巨大企業による世界分割といった動きになっているのです。
 従って、相対的に労賃の高い日米欧の国々では産業が空洞化しています。また日本でもそうですが、企業中枢部でも中間管理職がリストラされ、失業する、そして、中枢部の頭の上のほうだけが残るという状況になっています。
 一方、途上国などに生産拠点を置くと、その国の企業は、世界企業の支配下におかれます。そういう新しい世界経済体制ができつつあると考えていいでしょう。
 ソ連体制の崩壊後も中国は社会主義体制をとっていると称していますが、実体はどうでしようか。みんな資本主義万々歳みたいな方向へ流れていく1つの世界体制が今できつつあります。

◆大きな混乱と世界的危機に陥った経済

 大内 日本はいろいろな意味で今、米国にかなり遅れをとっていてそれが不況を特に深くしています。とにかく日本経済が今後ある程度回復するとすれば、グローバリズムの中で日本がどれだけのシェアを確保できるかという問題になってくるでしよう。
 その中で今までの資本主義と一番違うのは「反対する力」がないということです。19世紀末には非常に強い社会主義政党がドイツにできて資本主義に対抗する力を持ち得ました。そうした観点に立つと、今や日本には社会主義どころか労働組合もないのと同然です。
 せいぜい残っているのはNGO(非政府組織)ですが、まだとても歴史を動かすような力にはなり得ません。環境問題などで一種のデモンストレーションをやっているような段階です。
 逆にいえば、今のような形の資本主義に代わって次の新しい世界の体制を担うべき存在はどういうものであるかが、ほとんど読めない状態にあるということです。そこに非常に大きな混乱があるんじゃないか。それこそが一番の世界的な危機じゃないか、と思います。

共倒れに陥りつつある世界の経済をどう考えるか

 梶井 資本主義の大きな流れの中に現在の日本経済を位置づけていただきました。お話の中にあった産業空洞化ですが、繊維も電子も自動車も、生産拠点を中国など労賃の安いところにどんどん移しています。通産大臣は、これから産業競争力回復会議とかいう戦略会議を設けて本格的に空洞化対策を議論するといっていますが、今ご指摘になったような経済体制では期待できませんね。

 大内 マルクスは共産党宣言の中で「1つの階級が他の階級を打ち倒して新しい体制をつくる」という一節に続いて「相争う階級が共倒れをするという歴史もある」と加えています。私は70年ごろに「どうも今の世界は共倒れに陥りつつあるようだ」と月刊誌に書いています。最近それを読み直す機会があって、案外、先見の明があったのかなぁとも思いました。

 梶井 ネギなどのセーフガード問題。あれなども開発輸入と産業空洞化の関係の中に含まれる問題ですね。

 大内 そうですよ。日本の商社や業者が日本の農民をいじめていると考えられる問題です。

 梶井 中国側の農業関係者もそういっています。

 大内 畜産だって、ずっと前から和牛をニュージーランドやオーストラリアに持っていって大規模経営で生産し、それをどんどん輸入しています。

 梶井 WTO農業交渉への日本提案についてはどうですか。

 大内 多面的機能の重視などはもっともな主張だと思いますが、これから農産物輸出を増やそうとする途上国がどう出るかです。
 日本の農林業では池田内閣時代に関税化、自由化された林業がとくにひどいですね。今、生き延びている林家でももう植林する力がない。政府は外国に対しては公益的機能を主張していますが、国内では国有林改革で従事者を8万人から5000人に減らし、山を荒廃させるというやり方をしている。これでは外国から信用されません。新林業基本法は国有林に適用されないのかといいたくなります。

様々な誤りを繰り返した日本の農政を今こそ省みる

 梶井 農業のほうも多面的機能や自給率向上、食料安全保障を提案のなかでは主張していますが、実際の政策は、逆に動いているという感じです。2ヘクタール以下の農家が販売量の60%を占めているという現実を無視して、4〜5ヘクタール以上の専業大経営だけを優遇する政策を米の新政策などといっているのがその典型ですが、そんなことをしたら自給率アップどころか逆に自給率は低下する。

 大内 昔から農業政策にはいろんな誤りがありました。旧基本法の制定時には、米国やソ連の大規模化を見て、安易にそれに飛びつき、野菜でも選択的拡大による近代化を図って失敗しました。団地化すると地力維持ができないし、病虫害が増えることもありますしね。畜産でも狂牛病発生は効率化やコスト安を狙って草食動物に動物性の肉骨粉を与えた共食いから生じたものです。遺伝子組み換え作物を見ても、近代的な農業技術は「多面的機能」ではなく、1つの機能に偏ってしまっています。新しい基本法は、それを修正するような文面にはなっていますが…。

 梶井 新基本法では持続的農業をいっています。しかし、それをちっとも政策として構築しようとはしていません。思い出せば旧基本法制定時の農林省の調査会で先生は、複合的経営を主張されましたが、まとめ役の小倉武一さんが「それは十分わかるが、さりながら今はやはり効率重視の専作化でいくんだ」と抑えたことがありましたね。

 大内 当時は東独でも極端な畜産の大規模専業化へ走りましたが、やがて失敗しましたね。複合経営の維持は農業の常識ですが、なぜ、それを壊そうとするのか不思議に思いました。

◆農業経営は単一・単作でなく複合経営に

 梶井 農水省は今、畜産や果樹では単一経営が供給量の70%を占めているから米もそうしようと構造政策をそこに集中する方針で経営所得安定対策を検討しています。これはとんでもない間違いだと思います。

 大内 米はいくら大規模にやっても年間労働日数は100日程度ですね。あと200日の労働をどうするか。農水省からは相変わらず農村工業とか観光産業とか、その程度の発想しか出てこない。ハウス栽培なんかを考えても労働配分の通年化は昔より楽になっているはずですが、単作化するから困るのですよ。我々は前から水田酪農とか田畑輪換とか林間放牧といった形の土地利用を主張したきたんですが、相手にされなかった。

 梶井 所得は就業率×1日当たり労働報酬ですが、一番問題なのは就業率つまり1年のうち何日働けるのかが問題なんですね。それには生産物価格の安定が条件になります。稲作経営安定対策などでも安定をいっていながら、最初から「安定」にならないような仕組みです。補てんの基準価格が前3カ年平均だから、下がるのに決まっていますよ。それと備蓄米150万トンの回転備蓄で古米が市場に出回る仕組みだから市況の悪化も当然だという方向です。

 大内 輸入でも駅弁の「オーベントウ」が出てきたりね。それから無洗米はどうですか。どこの米かわからなくなるから産地銘柄の差別化ができなくなる…。

 梶井 しかし今は銘柄格差がつき過ぎているから、無洗米は格差是正にはよいと思います。
 ところで米国では、96年農業法で廃止した不足払いを、今度の2001年農業法案で復活しました。しかも96年法にあった作付制限まで取っ払ってしまいました。まだ下院を通っただけですが、米国が不足払いを復活するのだったら、日本も「青」の政策の継続を主張している立場からすれば、もっと気の利いた稲作経営安定対策を作ったらどうだという気がするんですけど。

 大内 そもそも私は農林産物の自由貿易などというのはダメだと思っていました。きちんとした国境措置がとれる仕組みを残しておかないといけません。食料を冷凍までして遠い所から運んでくるなんて無駄なエネルギーの浪費です。テロや報復戦争は飢餓を招き、それがまたテロの原因になります。それに10年、20年先には食料不足が必ずきます。現在、余剰食料があるとすれば国際機関が食料援助のファンドをつくればいいと考えます。

◆協同組合法の改正を視野に入れた改革を

 梶井 それはWTOへの日本提案にも入っていますね。それを裏づけるような国内政策をきちんとやってもらいたい。

 大内 とにかく大規模化すれば国際競争力がつくというのは迷信です。日本全土を平地にしてしまうなら別ですが、こんな地形なのに大規模化でコストが下がると考えるのはバカげています。

 梶井 最後に、JA改革について、どう考えますか。

 大内 農村の大部分が混住社会になって、JAも准組合員のほうの多い組織が増えました。そこで消費生活協同組合との関係をどうするか。生協は法律で生産活動ができませんが、イタリアではできます。日本もそういう法律をつくって一般市民を対象にした生産、消費、信用、共済などに機能分化した協同組合を発展させる方向が考えられます。
 今までの農協は食管法の下で政策下請機関のようになっていましたからね。今後は地域コミュニティの中での協同組合づくりが重要です。

 梶井 現在進めているJA改革だけでなく、広く各協同組合法の改正を視野に入れた改革が必要だということですね。どうもありがとうございました。

(対談を終えて)
 「先進資本主義国の巨大企業による世界分割」が、第4の大転換期にある現代資本主義の特徴的な動きだと先生は指摘される。ネギ、シイタケなどのセーフガード問題もその一環で起きたことだが、危惧されたとおり、政府間協議は日本側のセーフガード本措置は不発動、中国側の自動車などへの報復関税撤廃で決着した。
 「中国の世界貿易機関(WTO)加盟を契機に同国市場に進出したい産業界の利益を優先するという小泉政権の政治的思惑が背景にある」と評した新聞もあったが、「巨大企業による世界分割」の進行が「相対的に労賃の高い日米欧の産業が空洞化」することを必然的に伴うものである以上、「産業界の利益を優先」させ、国内農業の縮小を強要する事態がこれからも頻発することになろう。
 「所得分配が不平等でも失業が増えても仕方がない」というこのグローバリズムに「『反対する力』がない」ことが「今までの資本主義と一番違う」ところであり、「せいぜい残っているのはNGO」だと先生はいわれる。日本農業を守るには、農業生産者が一致して頑張らなければならないのはいうまでもないとして、多面的機能を軸にしてのNGOとの連携協力が重要になるが、まずは、「地域コミュニテイの中での協同組合づくり」から、ということになろうか。   (梶井)


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp