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特集:2003 JAグループの新たなる挑戦―JA改革を考える

インタビュー
21世紀を拓く経済と農業のゆくえ
“痛み”の改革ストップすれば日本経済は明るい方向へ


紺谷典子 (財)日本証券経済研究所

インタビュアー:三輪昌男  國學院大学名誉教授

政府の総合規制改革会議とJA全中のJA改革推進会議。どちらも「改革」を検討する場だが、その方向は反対だ。官民挙げての改革大合唱の中で改革ならぬ改悪が進んでいる。小泉改革という名の”改革”が。その辺を中心に三輪さんは紺谷さんに初春の論陣を展開してもらった。竹中平蔵経済金融担当相らが信奉する新自由主義の本質は“弱肉強食”であると日ごろから説き続ける三輪さんが、この日は聞き手に回った。紺谷さんは財政、年金、医療保険の危機には嘘が多く、今こそ財政出動して社会資本整備を進めるべきだと提言。不良債権処理を先送りし、日本の国力を伸ばしていく政策に転換すれば将来は暗くないとした。またグルメ志向、健康志向に応えるなら農業はむしろ成長産業であり、農業を守ることは日本の国土と文化を守ることでもあると断言した。

◆歴代「改革」政権は「改悪」政権だった

紺谷典子氏
こんや・ふみこ 昭和19年生まれ。早稲田大学第一文学部史学科東洋史卒業。昭和43年から(財)日本証券経済研究所研究員、59年から同研究所主任研究員、「女性投資家の会」代表幹事。

 三輪 新春ですから、21世紀を占う、といった視点から、まず日本経済の現状をどうとらえるかを、農業の話も含めて大いに語って下さい。改革を唱える小泉純一郎首相は“丸投げ首相”ともいわれていますが、どうですか。

 紺谷 小泉さんは政策がわかっていない、もともと永田町でも不勉強で有名な方です。竹中さんが金融大臣に就任し、“大銀行でも破たんさせる”とおっしゃってから、人々の不安は強まり、日本経済の見通しは一段と悪化しました。97、98年は日本発の恐慌かといわれましたが、今は当時よりも日本経済の体力は格段に落ち、米国経済も勢いを失っていますから心配です。
 「改革」というと、どなたも是非やってくれということになるのですけど、改革と称して行うことが本当に改革かどうかはよく見定めなければならない。第一、これまで改革政権が日本をよくしてくれたことがありましたか、と皆さんに問いかけています。
 政治改革を標榜した細川政権は政治改革どころか、首相ご自身の数々の金銭疑惑で幕を閉じました。また、橋本改革は、金融恐慌一歩手前まで日本経済を危うくしました。改革政権が登場する度に日本国民の生活は、改悪されているのです。それなのに、なぜまた”改革”政権に期待できるのか、私はわかりません。恐慌一歩手前の崖に片手でぶら下がっているような日本経済を救ったのは小渕政権ですが、実は、官僚支配から離れるという意味で、行政改革を最も進めた政権でもあったのです。小泉政権は、小渕政権の経済安定、官僚離れをすべて後戻りさせています。

 三輪 デフレスパイラルといいますが、景気はますます悪くなっているような状況で、良くなるような兆しが全然、感じられないですね。

 紺谷 小泉さんや竹中さんは国民の努力工夫が足りないとおっしゃいますが、努力すればするほど悪くなるというところまできてしまったのだと思います。例えば奥さんが不況を乗り越えようと一所懸命節約するとスーパーやデパートの売り上げが落ち、それが、ご主人の会社の業績にはね返ってくるという悪循環になっています。
 企業も必死でリストラをする、従業員を減らすと失業者が増える、在庫がたまり仕入れを抑えると仕入れ先企業の業績が悪化する、回り回ってまた自分の会社の業績が悪くなる。不況を乗り切ろうと必死で節約やリストラを行う努力が、また一段と景気を悪化させるという事態です。

 三輪 ところが世論調査では小泉人気が、それほど衰えません。

 紺谷 それは国民が何も考えていないからです。例えば小泉さんが何を聞かれても「粘り強く」としか答えず、国民を馬鹿にしているとしか思えないのですが、テレビに映るのは1、2回だけで、短いきっぱりした口調が〈わかりやすくて、力強い〉と思わせてしまう。でも7回も8回もワンパターンの一言の繰り返しと知れば、“?”となります。メディアの伝え方も問題です。

 三輪 メディアの問題は大きい。

 紺谷 権力批判が仕事と心得ているマスコミは、自民党が嫌いですから、自民党に属しながら自民党批判を繰り返す田中真紀子さんとか小泉さんは一番祭り上げやすい。その結果、異常な人気を生みました。でも、国民は人気政権が自分の足下を崩しているということに気付いていないと思います。

◆財政赤字はおおげさ
  借金を赤字と宣伝

三輪昌男氏
みわ・まさお 大正15年山口県生まれ。東京大学経済学部卒。(財)協同組合経営研究所研究員、國學院大学経済学部教授、同学部長を経て定年退職。國學院大学名誉教授、日本協同組合学会元会長。著書に『自由貿易神話への挑戦』(訳書、家の光協会)、『農協改革の新視点』(農文協)など。

 三輪 状況が非常に悪いことは疑いようがない。倒産も失業者も多いし、株価をみても。たいていの企業は右往左往しています。

 紺谷 その割には国民の怒りが出ないのは、「痛みを伴っても改革」といわれ、ある程度の痛みは仕方がないと諦めている部分がある。もっと大きいのは、大部分の人たちは、実は痛んでいないのです。職があり、仕事もそこそこの人たちが多数派です。その人達は、所得下落より物価下落が大きいので、デフレでむしろ恩恵を受けている。でも、昨年あたりから、所得下落の方が大きくなっていますから、痛みの実感は強くなるでしょう。
 たかが1%のマイナスとおっしゃる方もいますが、GDPが1%マイナスといっても、全国民の所得が一律に1%減るのではありません。平均で論じるときに陥りがちな思考の罠です。日本は豊かですから、一律ならば1%のマイナスなど何でもありません。でも、一律ではない。所得や資産がゼロになった人、借金だけ残った人などがたくさんおいでです。自殺者がこれほど増えている現状を放っておいて良いのか、という問題もありますが、一部の人たちの傷が日本経済の綻びとなって広がり、日本経済の底割れにつながる恐れは大きいのです。
 エコノミストや経済学者はGDPが2、3割落ち込むことが恐慌であり、1%くらいのマイナスで騒ぐな、恐慌懸念なんて大げさだとおっしゃいますが、実際に2、3割落ち込んだら、どうにもできないということがわかっていない。日本経済に恐慌が起きれば世界経済が恐慌になります。
 危機管理の意識が薄いのは経済でも同じです。起きてしまったら大変な事態になる時に、確率を議論しても始まらないのです。確率がたとえ低くてもゼロではない以上、絶対にそれが起きないような方策をとらないといけません。

 三輪 転げ落ちるときは早いですからね。経常収支が結構黒字でいっている、貿易収支が黒字だからと、みんな安心しているのかも知れません。食料なんかカネがあるからと輸入依存ですが、そんな黒字も減り始めると、あっという間になくなってしまいますよ。

◆国民の努力が不況を深刻に

 紺谷 その通りです。経常黒字も、現在の生活水準もいつまでも続くと思っていますが、こんなことを続けていたら続くはずがありません。しかし、現在は経常黒字という点は、非常に重要です。国全体として黒字だということだからです。それなのに財政の赤字だけを強く意識し過ぎるあまり、国全体の黒字をどんどん小さくする方向に経済が動いているんだと思うんですね。
 つまり財政の赤字は家計費の赤字と同じです。奥さんのやりくりが下手で家計は赤字続きだけど、家全体では黒字なのが日本です。働き者のご主人と子供たちがたくさん稼いで、稼いだ割には使わないで余ったお金を隣近所にたくさん貸して上げている家と同じです。そういう家で、ご主人が大病に患かって、薬が必要なのに、家計が赤字だから薬代なんか出せない、景気対策なんかできない、という経済運営をしてきたわけです。
 しかも、公共事業まで削減だ凍結だといっている。この寒い冬に戸が壊れ、ガラスが割れて冷たい風が吹き込んできても直しもしない。社会資本整備にストップをかけ、大地震が来たらどうするのでしょう。病気のご主人がトイレに行こうと歩き始めると根太が腐っていて大けがまでしてしまうという危険な状態です。
 まずは健康回復なのに、「普段から体を鍛えていないから簡単な病気で寝込むんだ」と決めつけて、「すぐ外へ行ってジョギングして来い」と病人に迫るのが改革論です。そんなことしたら、ただのインフルエンザが肺炎になるかも知れない。小泉改革は日本を重い肺炎にしてしまいました。

 三輪 もう一つね。景気が悪い、痛みがひどいといいますが、非常に調子のよいところもあります。例えば、トヨタの決算なんかものすごい利益を出しており、自動車産業各社は軒並み史上最高といわれるような決算です。鉄鋼にもよい社がある。トヨタは1億円の黒字を賃上げに回したらどうだという主張に、メガコンペティション(大競争)の時代だから、ためて置かなくちゃいけないのだという回答です。何かおかしいんじゃないかと思います。

 紺谷 どんな時代にだって大恐慌の時だって利益を上げる黒字企業があります。例えば日産がよくなったのは大量の首切りを行い、今まで世話になった地元経済を切り捨て、都合の良い所だけ残したのですから、それで良くならなければどうかしています。ゴーン社長のようなやり方をして良いのだったら、日本企業だってもっと黒字転換できます。
 トヨタだって海外生産を増やしたり、下請け泣かせのリストラがあったはずです。でも、営利企業としてはある意味で当然の行動ですから、それを補う国の対策が重要なのです。
 これまでの不況なら、大企業がリストラしたり、下請けにつけを回しても、それで大企業が元気になり、新たに事業を拡大することに人を雇い、回り回ってやがて下請けも潤うことができました。しかし今は借金で苦しんでいる経済でして、利益が上がると借金をどんどん返すだけです。あまりにも将来が不透明なので、投資のリスクが高過ぎる。一番確実にもうかる方法は借金を返すことなのです。投資が元気にならなければ、失業者は減らないし、下請けも地元経済も傷ついたままです。
 リストラを断行した企業は、コスト削減で当面は利益が上がっても、失業や倒産を増やす結果、経済全体が傷み、それがやがて自社の業績にはね返ります。でも、リストラは企業としては生き残るための必要悪ですから、止めることはできない。だから、国が事業を拡大しなければいけないのに、国まで支出をしぼってしまっては、経済は悪くなる一方です。

◆市場メカニズム任せはいけない

 

 三輪 先ほど小泉総理についてメディアの話が出ましたが、竹中大臣の場合は一つの思想があるといえます。新自由主義、ネオリベラルを絵に描いたような格好で手を打ってきています。

 紺谷 三輪さんは、強きを助け、弱きを挫くのが新自由主義だと(農協新聞で)おっしゃっていますね。

 三輪 その状況が普通の人にはわからないのだと思います。日本では新自由主義という言葉が使われませんからね。外国ではNGO(非政府機関)がこの言葉を盛んに使って新自由主義に対抗しています。竹中さんは著書の中で新自由主義に立って、例えば社会保障なんか、ゆすりだ、たかりだ、なんてひどいいいかたをしていますが、その辺はメディアでは報道されません。

 紺谷 メディアには自由競争や市場メカニズムだけでなんでも良くなるという思い込みがありますね。市場メカニズムはダラー・ボート(ドルによる投票)とも言われますが、本当に欲しい人はドルの投票つまりお金をたくさん払うから、欲しい順にモノが分配されるから良いんだといいます。けれど、例えば貧乏な人が臨終の父親に食べさせたいと思うモノに払えるドルより、お金持ちが気まぐれで出すドルの方がケタ違いに大きかったりします。ドルの投票は持っているドルが同じではない、平等に1人1票の選挙権とは違うのです。
 市場メカニズムは完璧ではなく、欠点もあれば、できないこともあります。それでも、市場メカニズム以上に優れた仕組みを人類は発明していませんし、市場メカニズムを”神の見えざる手”ということがあるのは、そのためです。神は間違いを犯しませんが、市場はしょっちゅう間違いを起こすことを忘れていけません。
 市場の自由に任せて置くと寡占や独占が進む場合もありますし、公害問題を起したりします。不確実な要素があるときも市場メカニズムは失敗します。将来を買う株式や投資は、将来不安が高まると機能不全に陥ることがあります。今の日本はそれです。日本は大恐慌のアメリカの10分の1の金利水準にしても、なお消費も投資も出てこないし、株価も地価も下がる一方です。これは市場メカニズムがすでに壊れている証拠です。壊れた市場メカニズムに、経済を委ねるのは非常に危険です。

◆財政出動だけが不況に歯止め

 三輪 強きを助け弱きを挫くという目で見ると、小泉政権は見事にそれをやっているんですね。

 紺谷 8、9割の国民は生活が何とかなっているし、元々きれいごとの建前論に乗りやすい風土があるということなんでしょうね。私の亡くなった母は、人の痛いのは100年でも我慢できるけれど、お前はそんな人間になってはいけないといつも言っていました。竹中さんも小泉さんも人の痛みは100年でも我慢できる人たちなんでしょうね。

 三輪 さて、小泉政権のやり方ではどうしようもありません。では、これに対置する代案はこれだといった提起はいかがですか。

 紺谷 何をすべきかという点では財政出動です。国民が努力すればするほど経済がどんどん縮んでいくのですから。でも国民に節約やリストラの努力を止めろというわけにはいきませんから、政府におカネを出してもらうよりほかはないんです。財政出動で需要の不足を埋めないと経済はどんどん縮みます。
 需要不足が問題なのに、竹中さんは供給の効率化ばかりをおっしゃいます。竹中さんがお手本とするサプライサイド・エコノミーは、英国のサッチャー元首相や米国のレーガン元大統領の政策です。でもアメリカの場合、当時は例えば自動車のビッグ3にしても部品生産まで全部を自社で抱え込んでいたんですね。供給が非効率でインフレだったのですから、供給の効率は必要な政策でした。でも、日本はインフレではなくデフレなのです。
 今の日本の供給は、度重なる円高などから目いっぱい効率化が進んでおり、技術革新力だって世界のトップレベルです。リストラで減量経営も進んでいます。問題は需要です。需要不足で経済が傷んでいるのに供給の効率化だけをいう竹中さんは経済学者として無能です。
 日本に必要なのは、需要不足を補う財政支出です。にもかかわらず細川政権以来、財政改革と称して、緊縮財政を行っている。必要なのは国民の生活の再建なのに、財政再建が最優先なのはおかしい。財政は国民を守るために国民自身が拠出した税金じゃないですか。それなのに国民生活を守るために使われていない。
 電気を停められた母子家庭の中学生がろうそくで勉強中に、うたた寝して火事を起こし焼死するという痛ましい事件もありました。4年続きで自殺者が3万人を超えていますが、その統計に含まれない自殺者もたくさんいるそうです。これほどまでに国民生活の健全性が損なわれている時に、さらに、それを痛めてまで財政の健全化を優先しなければならない理由がどこにあるのか。

◆景気対策は財政赤字の主犯でない

 

 三輪 しかし一般には、日本の財政難は非常に厳しくて、先進国の中では抜群の財政難といわれているが、大丈夫なのかという疑問が一つあります。それから財政出動では公共事業費の大盤振る舞いをやってきたわけですが、余り効果がない。その内容にも疑問があります。その2点はどうですか。

 紺谷 財政赤字は10年以上前から極めて大げさに報道されてきました。小渕政権の98年くらいまでは、日本がOECD(経済協力開発機構)加盟国の中で財政最優良国であったという事実さえ国民は知りません。大蔵省が財政赤字と言ってきた数字は、実は赤字ではなく、借金だったのです。借金から処分可能な資産を引いた残りが赤字のはずです。それなのに少しでも財政赤字を大きく見せかけたいという気持ちが大蔵省にあったのだと思います。
 現在、693兆円といわれている数字は国と地方の政府の借金の合計であって、赤字ではありません。借金と赤字はまったく違います。借金が大きいことがいけないというなら、大企業ほど借金も大きいですから、大企業ほど経営危機というおかしな話になってしまいます。
 さらに国と地方の借金を合計するのが変です。普通は、社会保障勘定も政府に含めます。通常、政府の定義は二つあって、一つは中央政府だけ、もう一つは中央政府に地方政府と社会保障勘定を加えた広義の政府です。ところが日本は中央政府プラス地方政府という国際的に通用しない定義を使っています。それは、社会保障勘定が黒字だからです。つまり赤字のところだけを合計して大変だと大騒ぎしているのです。しかもわざと借金を赤字と誤解させるような言い方をしています。
 私は数年前から赤字ではなく単なる負債だと、財政赤字は過大に語られていると主張してきました。でも、最近もある大臣がテレビで「693兆円の累積財政赤字」とおっしゃっていました。大蔵省が借金を赤字といいくるめてきた歴史が長かったために、大蔵省自身が負債だと正しくいい変えても、いまだに多くのメディア、学者、政治家までが財政赤字と言ってしまうくらい、しっかり刷り込まれてしまったのです。
 累積赤字が増えてきたことも事実です。ただし、世界一深刻なレベルでは決してありません。日本全体としては黒字なんです。

 三輪 日本は債権大国なんですよ。

 紺谷 そうです。世界一です。ところが、面白いことに、財務省自身が、これまで私が言ってきたのと同じことを言い始めました。日本の国債の格付けがボツワナ以下に下げられて、本当は大丈夫だということを言わざるを得なくなったのです。
 再び家計に例えますと、国債発行とは、やりくりの下手な奥さんが家族から前借りしたのと同じです。家全体ではお金が余っているのに、家計が赤字だからと言って、病気の家族に薬も飲ませないのは間違いです。どこにおカネを使えば家族が幸せになれるかという議論をすべきなのです。
 しかも、一番の財政赤字対策は景気をよくすることです。それによって税収を増やせますから。公共事業や景気対策のせいで、財政赤字が拡大したと言われていますが、これは間違いです。
 公共事業は95年をピークに毎年減っていますが、財政赤字がふくらんだのは90年代後半なのです。財政赤字を急増させた主犯が公共事業であるかのような言い方は、真っ赤な嘘です。
 景気対策も主犯ではありません。この不況に入った90年代以降の景気対策は130兆円ほどです。130兆円は事業規模であって、融資なども含まれますが、国が本当に支出するのは焦げ付いた分だけですね。真水といわれる実際の国の支出は130兆円の半分もなく、50数兆円です。
 ところが90年代に入って国債の発行残高は240兆円も増えています。不思議じゃないですか。景気対策に60兆円弱しか使っていないのに、残りはどこへ行ったのでしょう。主犯は税収不足です。90年代初めには60兆円を超える税収がありましたが、今は40兆円強に減少しています。不況のため税収が落込み、それを補うために国債を出してきたのです。
 だとしたら景気対策をやったから赤字がふくらんだのではなく、景気対策をきちんとやらなかったから、いつまでも景気が良くならず、税収が落ち込んで、国債を出したのではないですか。財政改革と称する緊縮財政が、逆に財政赤字を増やしてしまったのです。

 三輪 不良債権も同じですね。

◆国の事業では採算より安全と安心

 

 紺谷 同じです。不良債権処理が改革だと言って加速したら、逆に増やしてしまった。景気対策は効き目がなかったと批判する人もいますが、もしやらなかったら確実に恐慌になっていました。効き目が悪かったとしても、遅すぎた上に、少なすぎたためです。
 アメリカは去年のテロ事件の後すぐ対策を実施し、以前より体質が強化されたといわれます。お年寄りがつまづいた時にアメリカはすぐ肘をつかんであげますが、日本は「自分で体勢を立て直すかも知れない、年寄りだからと言って甘やかしてはいけない、しばらく様子を見よう」となる。結局は転んで大けがをして寝たきりにしてしまう。すぐやればコストも低いのに、ケチケチした結果、逆にコストを大きくしている。

 三輪 公共事業費というと最近は道路建設が話題です。触れて下さい。

 紺谷 公共事業は今こそやるべきです。日本は社会資本整備が遅れており、大地震対策を始め、しなければならないことは数々あります。無駄はもちろんなくすべきですが、必要なのは選別であって削減や凍結ではありません。談合・利権・癒着の問題があるなら、やり方を変えれば良いのです。
 日本は遅れて公共事業を始めた国ですから、すでにあらかた整備が終わった国と比べて、GDPや予算に占める公共事業のウェイトが高いのは当たり前です。また日本は世界一人件費が高い上に、地形が複雑ですぐにトンネルや鉄橋が必要となるし、地震対策もコストを上げます。しかも予算を削りたい大蔵省の世論誘導もあって、公共事業は悪者扱いされてきました。そのため土地収用法もろくに発動できず、買収に時間がかかり、金利負担だけでもコストを何倍にも引き上げてきました。
 公共事業は、できるだけ低いコストで目的を達成できるように効率化は必要です。でも効率と採算は違います。採算がとれないことはやらないというのは損なことはやらないということです。じゃあ学校や病院に行く道路の採算はとれるのですか。高速道路が採算がとれる事業なら、民間企業がとっくにビジネスとして乗り出しているはずです。高速道路はネットワークなのに、路線ごとの採算で作ったり作らなかったりでは、ネットワークが完成しません。政府の事業で採算を最重視するのは間違いです。消防署や警察が採算で運営されたらどうなるか考えてもみて下さい。
 採算がとれないけれど国民生活の安全と安心のために必要な事業が多々あるから国民は税金を払っているのではありませんか。小泉政権が採算のとれない事業はやらないというなら小泉政権の間、国民は税金を払わなくても良いのですか。アメリカは高速道路を税金で造っていますが、日本は借金で造ることになっているため、金利だけで、コストは40年で8倍に増えてしまうのです。
 今は、金利も地価も低いから社会資本整備のコストがきわめて低い。しかも失業対策、経済安定策にもなります。今こそ公共事業なのです。

 三輪 民営化すればよくなるという神話が流布されていますからね。

 紺谷 民営化すれば、それこそ採算重視で国民の安全と安心は保障されません。非効率の最大の原因は天下りですが、天下りは民営化したらもっと増えるだけでしょう。非効率の原因分析をしないで、対策だけを先に決めているのです。
 改革とは名ばかりで、国民生活の改革など何も論じられず、お金の話ばかり。財政につけが回ってきて予算配分の権限が小さくなるのを恐れた財務省が、危機を煽って、負担を国民に転嫁するのを、改革と呼んでいるだけなのです。医療改革も年金改革もすべて国民の負担が増える話ばかりなのです。

◆不安をあおって消費を縮ませた

 

 三輪 だから個人消費が萎縮する一方です。個人消費拡大についてのお考えは。

 紺谷 なぜ消費が縮んだかというと不況の真っ最中に増税の話が出てきたり、年金財政が危機だと言って支給年齢を引き上げたりしたからです。それでは老後のための貯金を増やさざるを得ません。医療保険も高齢者は無料だったのに5年前に定額になり、今度は医療費の1割か2割を負担することになり、天井が高くなりました。
 将来不安をいやが上にも高め、危機感をあおって、国民の負担を重くする誤った政策をとってきたために、消費は、さらに萎縮しました。しかも超低金利ですから、従来の定期預金の金利なら10年で資産は倍になりましたが、今の金利では倍にするのに1800年必要です。
 消費や投資を元気にするには、まず国民の不安を解消するのが一番です。医療保険も年金も、本当は黒字なのに大げさに財政危機を言い立てています。たとえば年金の積立金は、日本は6年分も持っています。よその国は1年分くらいなのに。財務省が今まで嘘をついていてご免なさいと謝って国民に本当の姿を知らせればみんな安心して貯金にばかり走らなくなると思うんですね。一銭もかからず効果が大きい対策です。
 政府の仕事は国民の安全を保障し、将来に明るい展望を持って安心して生活や投資ができる環境を整えることなのに、政府は改革と称してその逆ばかりやってきました。将来ビジョンを実現するために、システムを変えるのが改革なのに、小泉改革にはそもそも将来ビジョンがありません。

 三輪 その基本のところの転換をしないとどうにもなりません。

◆日本の長所や強みを探すべき

 三輪 さて中長期的展望で日本経済の行く手に移りたいと思います。

 紺谷 私はやり方次第で日本の将来は決して暗くないと思います。高齢化社会を暗く考えすぎています。元気なお年寄りがたくさんいるからこそ高齢化が進むのではありませんか。65歳以上は社会がお世話しなくちゃいけないという前提で高齢社会を論じることがそもそもおかしい。65歳どころが70でも80でもお元気で、世論調査でも多くの高齢者が仕事があれば働きたいと答えている。年金と同額か同程度くれるんであれば年金もいらない、生き甲斐を持って社会参加していたいとおっしゃっています。
 しかも、これから伸びていくサービス産業は長く生きてきた知恵が生きる職場です。少子高齢化で労働力が不足するとの心配があるようですが、お元気な高齢者に働いていただけば良い。生き甲斐を持って働けば医療介護の予防措置にもなります。私学共済年金の財政が優良なのは定年が遅いからです。日本全国で定年延長すれば良いのです。
 アジア諸国の安い労働力によって日本の産業が空洞化するとの心配もあるようです。でも、中国の安い労働力に仕事が奪われるという心配よりも、これから豊かになって日本が作る贅沢品を買ってくれるお客さんが13億もいる、インドにも10億のお客がいると思えばよいのです。贅沢になればなるほど便利で、小さくて、軽くて、面白いモノへの志向が高まってくるわけで、それは日本の得意分野です。
 日本の消費者はもう買う物がないから、もう成長はできないとも言われますが、携帯電話もファクスも留守番電話も爆発的に売れました。新しいものが出てくればほしいわけです。日本はおカネもあるし、技術革新力も高いのに、グローバル・スタンダードという名の米国流を押しつけられて、自信喪失に陥っただけでなく、改革と称して日本の強みを壊しています。本当の改革は日本の良いところ強いところを伸ばすことです。まずは自信回復です。自信を回復しなければ、本当の改革はできません。

◆農業は衰退産業なんかじゃない

 

 三輪 では、この辺で農業の話に移って下さい。

 紺谷 イギリスやスイスをはじめ欧米先進国が食糧自給率を高めている中で日本の45%なんていう自給率向上の目標値は余りにも低すぎます。せめて65年の70%を目標にすべきです。輸入すればいいじゃないかという人もいますが、お米も、輸出に向けられるのは世界の生産量の3%前後ですね。しかも、いつ世界が食糧危機に陥らないとも限りません。日本が札ビラ切って食糧を輸入すれば紛争の種になりかねないし、輸入できる保障もない。
 大豆の自由化の時は、アメリカに安く売るからといわれ日本の生産は激減しましたが、その直後、アメリカは大凶作で輸出を禁止し日本では豆腐も醤油も暴騰しました。国民の食糧の確保は最低限の危機管理です。
 ミニマムアクセスは細川改革政権が決定した農業つぶしの悪政ですが、やるべきは、むしろ禁止的な高い関税にしておいて国内の自由化を先に進めることでした。つまり農家が農協を選べるようにすれば農協は生産者のほうを向かざるを得ない。生産者は消費者のほうを向かざるを得なくなったはずです。農水省と農協が消費者と生産者を断絶させてきたところに、今日の農業の問題の根本があると思います。
 日本の農業技術はすばらしい。宝石のような果物を台湾や韓国などの人がおみやげに買って帰るというじゃないですか。日本でなければできない高級品を作る、あるいは健康志向に応えて有機農法に転換すべきです。アメリカでも有機農産物は二ケタの成長産業ですが、きめの細かい農業技術は日本の得意分野のはずです。
 国内なら国民が農薬をいやだといえば規制できますが、輸入農産物ではポストハーベストの農薬使用が避けられないし、検疫もきちんとできていない状況です。どんな薬品が使われたかわからないのは恐ろしいことです。
 旬のものがいちばん安くておいしいのに、日本の農家は、ビニールハウスで季節はずれの味も香りもない野菜や果物を作っています。ごく少量なら料亭などで高く売れるかも知れないけど、みんなでわざわざ高くてまずいものを生産しているのは間違っています。手をかけておいしい安全なものを作れば高くても売れます。
 野菜も果物も朝もぎが一番おいしいとわかっているのに、それを食卓に届ける努力が足りません。例えば都会の大住宅団地で産直をやったらどうですか。今週はこの産地、来週は別の産地とか各農協の回り持ちでやるのです。それは、消費者のニーズを知り、農作物の知識を普及するのにも役立ちます。農業は天候に左右されますから、ある産地の作物が全滅することもある。そんな時にすぐ別の産地を押さえるのはスーパーや商社です。本来なら農協同士の連携で所得の保障をし合うというのが農協共済の本来のはずなんですが、十分ではありません。
 一億総グルメといわれて世界中から食品を輸入している国で農業が衰退産業なんていうのはそもそもおかしい。京野菜なんか高くったって全国で作り始めているじゃないですか。高付加価値を求める消費者にどう応えていくかです。味にこだわり、安全、健康、環境を求めている消費者に農業が十分対応して行けば、農業は成長産業になれるはずです。

 三輪 自給率でいうと結局はコメなんですよ。コメはどうしようもないと農水省はぶん投げている。

 紺谷 最近はお握りがブームですが、お米がおいしくなったことと無関係ではないと思います。コンビニではパックのご飯も売っていますが、現代は手軽さはとても重要な要素ですから、その辺を強調し、売り方を工夫すればもっと売れるのでは。暖かいごはんと相性の良い副食品を同時に売って貰うなど、店への働き掛けや宣伝が足りません。また最近はコメから粘りけなどを取り除いて小麦粉の代わりに使える米粉ができて、パンやケーキなど作っています。小麦粉の9割以上は輸入ですから、米粉に代える方策も講じて欲しい。大量に消費されればコストも下がるはず。輸入小麦粉にはどれだけ農薬が混じっているかわかったものじゃないし、アメリカ型の灌漑農法はどこかで必ず限界に突き当たり、値上がりすることがあり得るわけですよ。

 三輪 餌にするような多収穫のコメを作る必要もあります。循環型農業でふん尿を利用したりガスをとったりする研究がとても大事なんです。

 紺谷 大事ですね。日本で改良し生成されてきた種子や畜種が海外に持ち出され、それも日本の農業を圧迫しています。特許権があるのかないのかわかりませんが、DNA鑑定もできるのですから、農水省は不正行為にはストップをかける努力をしてほしい。そうでなければ日本農業は守れません。

◆不良債権処理は先送りすること

 三輪 最後に、不良債権問題を補足して下さい。

 紺谷 不良債権処理を急いでも日本人は誰も得をしません。もうけるのは日本の企業を安く買いたたける外資です。外資のための改革が不良債権処理です。異常なデフレ経済が、普通の不況なら十分合格点をとれる企業まで不良債権化しています。これからも日本を支える実力のある企業を殺すことになる不良債権処理は、日本経済の体力を弱めるだけです。今こそ護送船団で助け合って企業の無駄死にを防ぐべきです。

インタビューを終えて

 新春に、21世紀の日本の経済と農業の行く手を語る、ということで始めていただいた。話したいことが山ほどあると、たいへんな早口で通された。私は発言を控え、聞き手に徹した。
 それでも例えば世界経済の動向などには、ほとんど触れていただけなかった。
 大部分を占めたのは、紺谷さんがこのところ力を傾注しておられる「小泉改革」批判であった。経済失政の色がいかにも濃いのに、世論調査の小泉支持率は結構高い。なぜかを紺谷さんは明快に説く。そして、とるべき別の政策の要点についても。
 国民は真実を知らされていない。聞いていて、それを強く思った。本紙の読者の皆さんに、真実を知る努力をしよう、と訴えたいと思う。
 日本の農業の重要性について熱心に話された。農協には厳しい目を向けておられると感じた。ありがたく受け止めよう。本紙の読者の皆さんに、そう訴えたいと思う。(三輪)




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