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特集:2003 おんなたちのPOWERで「変革」の風を
    −第48回JA全国女性大会特集−

「100人村」基金を設立
「本当の作者たち」の思いを受け止めNGOを支援

池田香代子さん 「世界がもし100人の村だったら」の編者


9・11」の衝撃がきっかけ

池田香代子さん
いけだ・かよこ 昭和23年東京生まれ。ドイツ文学翻訳家・口承文芸研究家。著書に「魔女が語るグリム童話」(洋泉社)、訳書に「ソフィーの世界」(NHK出版)など。

 この本はメールで回っていたものを書き直したものです。「再話」です。この「再話」という言葉は昨今聞かれませんが、口承文芸研究の分野の言葉です。再び話す、リライトですが声の文学ですから「話す」という言葉を使っています。
 このメールが私のところへ来たのは2001年10月4日でした。「9月11日」の後、世界はどうなるんだろうと不安になっていたこの時期、すごい勢いで飛び交っていたことを後から調査して知りました。
 このメッセージを受け取っていない人にも伝えたいという思いと、少しまとまったお金をつくりたいという思いで、本にしようと思い立ちました。
 私はこれまで、ボランティアとか寄付というものと無縁の人生を送ってきました。説明がつかないのですが、9月11日の後、すぐにアフガン攻撃が始まって非常に心が痛みました。それで本の印税をもとに「100人村基金」を立ち上げました。いろいろなところに寄付を受け入れてもらっています。
 難民というと、砂漠のテント村というイメージしかなかったんですが、この日本にも難民の人たちが逃げてきている。けれども収容所に入れられていることを知って、そちらにも寄付をしようと思いました。結局、日本に逃げてきている難民のためにいちばんたくさん使っていただいています。

豊かな側の生き難さも伝えて

世界がもし100人の村だったら

 でも、いざ本にしようと思ってメールを読み返してみると、なんかいやな感じを受けたんですね。
 メール版の原文では、貧富の差を言っておいて、「〜より恵まれています」とたたみかける。人を自分より下に見ているような感じがしました。しかも、死にそうな人がいるのに「まるでここが地上の天国のように生きましょう」とあるんですね。グロテスクだと思いました。
 前の方でたいへんな人がいると言っているのに、あたかも地上の天国であるかのようになってしまう空中分解寸前の状態になっているんです。私はそれに気がつかないで、感動したんです。なんで私は感動したんだろうと考えながらも、このメールのメッセージの好きなところは、豊かな側にいることイコール幸せと言っていない点です。豊かな人の生き難さも受け止めているところがあると思って、そのように書き直していきました。
 出版後、若いお母さんからメールがあって、「うちの子は小学生なんだけど、この本を読んでどう思うと聞いたら “超ラッキー!”と言った。情緒に欠陥があるんじゃないでしょうか」と言うんですね。私は全然そういうことはないとお答えしました。なんて自分はラッキーなんだろうと思うのが自然だと思うんです。例えば、妹が生まれた。でもお母さんのおっぱいが出ない。妹は死んじゃうかもしれない――なんてことを考えなくてすむのです。「超ラッキー」だと思います。

アフガンやパレスチナの人々の勇気を知る

 難民として逃げてくる人は、パスポート写真を闇のブローカーから手に入れて来るわけです。成田に着いて「難民です。助けてください」というんですが、「あなたのパスポートは偽造で入国管理法違反です」とそのまま茨城の牛久にある収容所に強制送還を前提に無期限入れられています。
 そのことを知って、びっくりして牛久に通うようになりました。いちばん多いときでアフガンの方々が23人入っていました。 「どうして日本に逃げてきちゃったの」って聞いてみると、「カナダに行くって聞かされていたのにブローカーからもらったチケットが成田行きだった」といった理由のほかに、彼らの多くがハザラ人だということがありました。
 バーミヤンの仏像の辺りが出身地のモンゴル系の人たちです。私たちと本当に似てるんです。世田谷のほうにご親戚いらっしゃいませんかと言いたくなるような顔だちの人もいるんです。彼らが言うには、「日本人は私たちに似ているので親しみがある」、それから「日本のNGO(非政府組織)がいちばん信頼ができた。公正で最後まで逃げない」と言うんです。
 それから「日本はヒロシマ・ナガサキから立ち直ったたくましい人々の国。あんなにひどい目にあったのだから、人の心の痛みがわかるやさしい人々の国」。で、「あんなにひどい目にあわせたアメリカとなぜか不思議なくらいに仲良くしている寛容な人々の国」って。笑っちゃうんですけどもね。
 私はそういうふうに自分の国のことを見ていなかったのでとってもびっくりしました。不思議だと思ったので情報を集めてみますと、イスラム圏の多くの国の基礎教育の教科書には、日本について「ヒロシマ・ナガサキ」と書いてあって必ず教えるそうです。教育ってとても大切だなと思いました。
 弁護士さんたちが無報酬で駆けずり回って、政治家も超党派で動いて、一人ひとりと解放されました。でも失礼なことに、逃げないために一人当たり30万円の保証金を積まなければなりません。これでも200万円から弁護士さんが値切ったんですが。でも、「こっちには金ならある」と言えて良かったんです。「100人村基金」から16人分、480万円をお立て替えしています。
 この本の内容のもとは、ただで手に入れたものですし、このメッセージはメールを受け取り流したすべての人が本当の作者だと思うんですね。私は本当の作者がこのお金をどういうところに使いたいかを考える役目だと思っています。ですから「100人村村長代理秘書」とか「会計係」とか名乗っています。

■ ■ ■
 パレスチナにも「100人村基金」は行っています。
 パレスチナ自治区はひどいインフラなんですね。水道なども一週間に一回しか出ない。出るときに水を溜めておく貯水タンクがパレスチナの人たちの命綱なんです。ところが、イスラエル軍はパトロールのときにおもしろ半分に貯水タンクを撃っていくそうです。
 それで中東のNGOの呼びかけに応じて「100人村」にちなみ100基分送りました。すると現地から連絡があって「100人村日本」と、英語でタンクに書きたいんだが何て書くかと言うんです。私は字なんか書いたらお金が余計にかかるし、書かなくても水は出るんじゃないですかと反対しました。そうしたら水も大切なんだけど、パレスチナの人びとにいちばん大切なのは、世界の人びとがあなた方を忘れていないよというメッセージを伝えることなんだそうです。
 自爆テロというものは、あれは勇気ではないそうです。あれは若者の絶望で、パレスチナの人びとは若者をなんとか絶望させないように苦心しているそうです。99.9%のパレスチナ人にとっての勇気とは、何があろうと、隣りのお兄ちゃんが流れ弾に当たって死のうが、自分の家が壊されようが、意地でもふつうの生活をすることなのだそうです。おかあさんは宿題やってからでないと遊んじゃいけないって子どもとけんかすることが勇気、お父さんはコーヒータイムにはテーブルを囲んで家族で冗談を言うことが勇気なんだそうです。
 その勇気のコーヒーのためのお水を、日本の人たちが買ってくださった『100人村』のお金で送っているんです。

◆韓国でも人の心動かす

 パート(1)をつくっていたとき、「100」という数字だとだいたいのことしか言えなかったんですね。でも、私たちの生活感覚にぴたっとくるようになった。私は、これは統計学の本ではない。「ネットロア(インターネット時代の民話)」と位置づけていて、数字はメルヘンの中では寓意なんだと言っていました。
 とはいえ、あまりにもおおざっぱな数字だということを知ってしまうと、内心忸怩たるものがあります。それに緊急出版でまちがった数字もあるんです。それでパート(2)を出させていただきました。でも、パート(1)、(2)と並べてみると、本としての力は(1)の方があるんですね。良心的に考えたら時間かけて(2)の形で出すという方法もあります。そうじゃなくて「エイヤッ」と出したこの本の力は、結果論ですがすごいと思っています。
 『100人の村』は韓国でもベストセラーになりました。台湾で出ている中国語版には日本語も載っています。これは日本語を読みたいお年寄りと日本語を勉強したい若者のためです。もうすぐフランス語版も出ます。



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