JACOM ---農業協同組合新聞/トップページへジャンプします

特集:総合力発揮で信頼性を確保―
    リテール分野拡大で飛躍をめざすJAバンク

現地ルポ
職員の意識改革で高い目的意識を
JAわかやま 船井次平常務に聞く

 厳しい金融情勢が続くなかで、都銀をはじめ各金融機関は収益を支える中核的な商品として住宅ローンに力を入れてきている。そして2年目を迎えたJAバンクもリテール分野での勝ち残りが課題であるとし、その中心商品として住宅ローンを位置づけている。そこで、住宅ローンで高い実績を上げ続けているJAわかやまの船井次平常務に、住宅ローン成功の要因を取材した。

◆「目標はただの通過点」という意識でトップクラスの伸長率

船井次平常務

 「住宅ローンを伸ばすのは、金利でも商品でもありません。職員の意識改革ですよ」と開口一番、JAわかやまの船井次平常務はいう。意識改革はどのように行われているのかといえば、後でふれる平成10年から同JAではじめた「インクローズ(ENC LOSE)大作戦」のなかに、取り入れられているさまざまな方法によっているが、その代表的なものをいまここで一つあげれば「目標とは、ただの通過点」という考え方だ。たとえば、A支店の年金の今年度の獲得目標が24件だとすると、1カ年(12カ月)に分割して計画されるのが普通であろう。しかし、JAわかやまの職員であれば「24件」と答える。4月に10件できれば5月の目標は残った14件だ。目標達成は当たり前のことであり「いかに早い時期に目標をやりとげ、あとはどれだけ努力して上積みするか」という意識を支店職員すべてがもっている。
 JAわかやまの信用事業の平成10年度以降の実績は図1・図2の通りだ。金額的にみれば、1県1JAや都市部広域JAなど同JAより高い数字のJAは多い。しかし、13年度実績(14年3月末)での伸長率でみれば、貯金8.7%、貸付金14.9%は全国でもトップクラスである。また、定期積立満期時に定期預金へ振り替える「定振率」が高いことも注目だ。同JAの定振率最低目標50%は達成されており、83%という例もある。
 JAわかやまには、和歌山市のほぼ中央を流れる紀ノ川をはさんで北側に13、南側に16、合計29の支店があり、そこに70名の渉外担当者(複合渉外)がいる。13年度末の渉外担当者1人当たりの平均純増額をみると貸付金1億円(JA合計75億円強)、貯金2億2000万円(同156億円強)となる。ちなみにJA共済の長期共済新契約額も1人平均8億円という実績をあげている。

図1貸付金
図2貯金

◆貸付金の半分は住宅ローン

 昨年12月末の貸付金残高は約620億円だが、その内訳をみると、住宅ローン295億円、賃貸住宅203億円、貯金担保35億円、その他ローン21億円と住宅ローンが48%を占めている。
 「JAバンクシステム」がスタートして2年目となるが、本紙座談会(1870号)で増田陸奥夫農林中金専務理事が当面の取り組み課題として「リテール分野でメガバンク等各業態との競争をいかに乗り越えて勝ち残っていくのか、これがわれわれにとっての最大の課題」であり、さらに貯貸率が30%前後で伸び悩んでいる状況であるため「住宅ローンを中心としたローン商品を伸ばし…中長期的な目標としてはローン商品を伸ばしながら、貯貸率を40%近くにもっていく。そうすれば収益的には安定してくる」、と語っているように住宅ローンはJA信用事業の最重点課題だといえる。
 JAわかやまが本格的に住宅ローンに取り組みだしたのは、平成10年度からだ。それまでは、組合員の資産管理業務の一環である賃貸住宅が中心だった。しかし、人口が減少する和歌山市の現状をみると賃貸住宅の先行きは必ずしも明るくはないと考え、融資の中心を住宅ローンにシフトしたのだという。
 そしてこの時期に、住専問題などから伸び悩んだJA信用事業を再建するために「インクローズ大作戦」がたてられ、県信連などに依存するだけの体質から「JAとして自立した事業の展開」がはじまる。そして住宅ローンもその重要な柱として位置づけられた。

◆全職員が進捗状況を確認できる「アタックボード」

 インクローズとは、簡単にいえば顧客の囲い込みということだ。そのために考え出されたのが「アタックボード」だ。この縦横1メートル強のボードには、1人の渉外担当者が担当する人の名前が書き込めるようになっていて、最大460名まで書き込める。3名の渉外担当者がいる支店には3枚のボードがあることになる。支店管内の全世帯名が書かれているのではなく、台帳閲覧などで調査した住宅ローン借換の可能性がある重点推進対象者がピックアップされており、ここに書かれた対象者は、必ず担当者が責任をもつことが義務づけられている。
 名前欄の横には小さく区切られた5つのマスがあり、それは定期積立、年金、給与振込、公共料金振込といった徹底推進をはかるメイン化項目と各支店が独自に決めた推進項目に当てられている。そしてまだ実現していない項目には白色のシールが貼られ、実現した項目には赤色のシールが貼られ、一目で進捗状況が見えるようになっている。
 しかもこのボードは、各支店の職員用食堂に掲示されているので、渉外担当者だけではなく、このボードを見て「今日は○○さんが来店する日だけれど、公共料金が白色だから話をしよう」と窓口担当の職員も積極的に活用している。話をして決まらなくても、次の段階の色シールが貼られ一歩前進したことが誰にでもわかり、情報が共有化される。
 さらに月に1回、渉外担当者だけではなく、窓口職員も参加する支店内の検討会で情報が交換され、可能性がないと判断された名前には赤色シールが貼られ、ボードからはずされ、新たな名前が書き込まれることになっている。

◆月1回は全渉外担当者で「接近戦」に挑戦

 ボードに記載されなかった人にはなにもアプローチしないのかという疑問が当然でてくる。そういう人たちを対象にした「相談会」を、本店金融部が中心になって、各支店ごとに定期的に開いている。つまり、重点対象者は支店の渉外担当者が担当し、それ以外は本店がフォローするという体制になっているわけだ。しかし、相談会に来る人は「住宅ローンの借換えをしたい人の3割」だと船井常務はみている。つまり借換したい人の7割は「いま借りている銀行に遠慮したりして」相談会には来ていないということになる。また、4〜5年続けていることもあってか、「相談会での案件は年々少なくなってきている」という。
 そこで支店から提案された「来なければ、行こう」という「インファイト作戦」を実施している。インファイトとはボクシング用語で「接近戦」を意味しているが、自ら相手に近づいて推進しようということだ。具体的には、月1回、土曜日に、全渉外担当者70名と支店長3名、窓口リーダー2名の75名が15名ずつの5班に分かれ、決められた支店管内を戸別訪問するというものだ。各班はさらに3名1組のチームとなって訪問する。なぜ3名かといえば、2名が顧客と話をしている間に1名が支店に行って、具体的な数字を入れた提案書を作成することができるからだ。提案書には、現在借りている金融機関とJAへ借換えた場合の比較が分かりやすく書かれている。
 2月8日のインファイト作戦の結果をみせてもらうと、約30件約6億円の見込みが報告されていた。

◆いつでもどの支店でも相談を受けられる体制が

 この作戦に参加しても、「代休はとれるけれど、一切の手当はつかない」のだという。なぜ、そこまでするのだろうか? 「いま、汗を流すことが、自分たちの将来にためになるから、やっている」のだという。
 そして、各支店の職員が一致・連携して取り組んでいる。それは、支店を1本の木とすれば、渉外担当者はその木を支える根であり、窓口担当者等は、その根に滋養を供給する根毛であり、それぞれがその機能を発揮することで、支店という木が大きく成長していく、という考え方が浸透しているからだ。
 「アタックボード」を窓口の職員も活用していると紹介したが、それだけではなく、窓口を訪れた人から得たちょっとした情報もカードに書き込まれ渉外担当者に提供される。例えば「○○さんの家では、子猫が3匹生まれたと話していた」という情報があれば、渉外担当者が○○さん宅を訪問したときに「子猫の貰い手は決まりましたか」などと話題にすることで「何で猫のことを知っているの」と話が弾み、信頼関係も深まることになる。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」は、ATMでもいう。しかし「窓口はATMではない」。他の金融機関ではできない地域に密着したサービスをすることが窓口だと位置づけている。
 支店全体で、こうした取り組みをすることで、住宅ローンに対する意識が向上し、70名の渉外担当者全員が、住宅ローンの相談から最後まで責任をもってできるだけではなく、各支店の窓口リーダー29名のうち10名も渉外担当者と同じレベルにあり、その他の窓口リーダーも全員相談に応じられるという。どの支店に行っても「担当者がいませんので、後ほどお答えします」といわれることがないということになる。
 船井常務が「住宅ローンを伸ばすのは、職員の意識改革から」というように、ここにJAわかやまで住宅ローンが大きく伸びている秘密があるといえる。
 しかし、意識が高まっただけで成功するほど住宅ローンは甘くはない。「知識がなければ売れない」。知識を得るために、他の金融機関の窓口に、ときには窓口担当者の女性と夫婦を装ってたずね、その金融機関の住宅ローンの説明を受け、特徴や弱点を知り、それを顧客とのトークに活かしている。そうした「知識があれば、そこに商品がついてくる」と船井常務はいう。

◆支店職員が現場の目線で臨店指導

 木の喩えをJA全体にあてはめると、JAという木を支えている根は29の支店であり、本店は根毛だということになる。だから、本店職員の仕事は、上意下達的に指導することではなく、第一線で活動する根っこである各支店が活動しやすいように支援することだという考え方になる。
 臨店指導のやり方も現場重視になっている。管内を紀ノ川の南北で分け、それぞれのブロックの支店長の代表、渉外担当者の代表、窓口リーダーの代表の3名が、北のメンバーが南に、南のメンバーが北の支店へ行き、渉外担当は支店の渉外担当と、窓口リーダーは窓口リーダーと話し合う。船井常務や本店金融部からも同行するが、「補助的な役割」だという。それは「同じ目的をもち、同じ苦労をして汗を流している者同士のほうが、悩みも分かり、同じ目線から指導できるし、指導メンバー自身の教育にもなる」からだ。だから、メンバーは定期的に交替することにしている。
 「インクローズ大作戦」には「当たり前のことを当たり前にやろう」という副題がついている。取材して感じたことは、この「当たり前」にも、高い意識の当たり前と、そこまで達していない意識の当たり前があり、到達点にも差が生まれるということだった。

×  ×  ×
 県庁所在地である和歌山市内には多くの金融機関が存在する。そのなかで「第二地銀は抜いた。これからは信金に追いつき追い抜く」ことで、文字通り地域ナンバー1の金融機関になることが、これからの目標だという。
 そのためには、JAの支店がない市街地への店舗展開がカギだと船井常務は考えている。それができれば「負けることはありません」と船井常務は自信をもって言い切る。それは70名の渉外担当者と各支店の窓口担当者など、高い意識でJA信用事業を支えている職員への絶対的ともいえる信頼があるからだ。(2003.3.4)


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp