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特集:21世紀の日本農業を拓くJAの挑戦

対談
JAの新たな一歩が地域を変える
マーケティング“思考”で探るこれからの農業


JA全中・営農企画課長 松岡公明氏
東京大学大学院助教授 小田切徳美氏

 JAが地域農業づくりをリードするために求められていることは何か。この対談では、「マーケティング」がひとつのキーワードになることが指摘された。そのマーケティングも、自分たちの農産物を売ろうとするターゲットを絞ること、生産者とJA役職員すべてが自らの農産物の特性をつかむこと、などが重要だという。また、多様化する組合員のニーズに合った事業改革も求められる。JAの「営農の復権」に向けた課題を議論してもらった。

◆「農家手取り最優先」など
 等身大の目標設定に学ぶ

 小田切 今日は、この特集号に掲載されている4つのJAの現場レポートをもとに、“営農の復権”をテーマにして議論をしたいと思います。まずこのレポート全体の印象をお聞かせいただけますか。

(まつおか こうめい)昭和31年熊本県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。昭和56年全国農業協同組合中央会入会。農政部、農業対策部米麦課、総務企画部企画課長、地域振興部生活課長・女性組織活性化対策室長(兼務)を経て、平成13年より営農対策室営農企画課長。

 松岡 やはり営農の復権に向け、とくにマーケティング思考を取り入れた新たな動きが出てきていると感じました。従来の系統事業方式一辺倒ではなくて、それぞれのJAの地域実情に応じたビジネスモデル化が進められています。
 たとえば、JA甘楽富岡では、養蚕とこんにゃくが壊滅状態になるなか、インショップなど多様な販売チャネルで地域農業をみごとに復活させたわけですが、それが大変完成度の高いビジネスモデルになっていると思います。福岡のJA八女も、市場出荷だけでは市場シグナルが生産現場に伝わらないと、直販部門を拡大するという取り組みに果敢に挑戦していますね。

 小田切
 私は、この4つのJAは従来は一歩踏み出せなかったところを、等身大の目標をかかげて一歩踏み出したという点を共通点として挙げることができると思いました。
 それは「先進事例」でなく「先発事例」と考えることが重要です。一歩踏み出したその問題意識にこそ学ぶべき点が多くあり、そのように考えれば、どこのJAもどこの地域も、学ぶことができるからです。
 また、等身大の目標設定も共通する重要なポイントです。JA甘楽富岡の「農家手取り最優先」というスローガンが典型ですが、それを掲げて一歩踏み出した姿が共通して見ることができます。
さて、これから2つの柱を立てて議論してみたいと思います。ひとつは課長が強調された重要なキーワードであるマーケティングです。これは農家や地域の手取りというパイをいかに大きくするかという課題だといえます。もうひとつの柱は、地域手取りというパイをどう分けるのか、つまり、パイの分配の問題ですね。
 まず、地域手取りの拡大に関連して、マーケティングの重要性をお話しいただけますか。

マーケティング

◆地域手取りの拡大

(おだぎり・とくみ)昭和34年神奈川県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。農学博士。高崎大学経済学部助教授を経て、平成8年より現職(農政学研究室)。農業・農村地域政策が専門。主な著書に、「日本農業の中山間地帯問題」(農林統計協会)等、多数。

 松岡 今までのJAの販売事業は、言葉では販売事業と言いながらも実際は集荷業務で終わっていた。集荷をして、販売は連合会や市場に任せると。そこでは、規格に合ういいものを作れ、と農家を指導し、JAとしての集出荷業務の完成度を高める取り組みに力点が置かれた。
 ですから、市場対応といっても果たして市場シグナルが生産現場にフィードバックされたのかどうか。やはり、無条件委託販売、あるいは共同計算方式の世界では、なかなか市場シグナルが生産現場に伝わらなかったと思います。
 まさに従来の販売事業は、その発想がプロダクト・アウトですね。生産者サイドの論理を優先させた考え方です。しかし、これからは矢印の方向を逆に、「売れる」「買われる」ことを前提にした営農にしなければならない。つまり、プロダクト・アウトからマーケット・インという発想に切り替えることが必要だということです。
 今回のレポートで取り上げられたJAでは、外国産の農産物が増え、米も価格が大幅に下がるなか、JA段階でなにか突破口を開こうと、自分たちの農産物を自ら販売していくというマーケティング戦略の実践がみられます。つまり、JA段階からの自力本願の改革が進んでいるのだと思います。

 小田切
 この問題の背景には、不足の時代から過剰の時代への変化もあると思います。米でいえば、過剰の時代は今から30年前に始まっていたわけで、30年経って一歩踏み出したわけですが、その一歩にはかなりのスピードが求められていると思います。こうした動きを促進するために何が必要だとお考えですか。

 松岡
 JA甘楽富岡では、養蚕とこんにゃくが壊滅的になったときに地域総点検を実施して、この地域には何があるかを検討しています。
 そして、土地、人などさまざまなものがあることを再認識し、この地域資源を“もったいない精神”で見直した。自分たちの足元にこれだけ多様な資源があるのにそれを使いきれていない、と。ですから、まず、自分の地域に何があるのか、地域資源の点検活動を行うことが大切だと思います。
 そのうえで、JA甘楽富岡の場合は、いろいろな組合員情報をデータ・システム化し、多様な販売チャンネルの形成に結びつけていったわけです。たとえば、お年寄りは夜は早く寝て、朝は4時か、5時には起きるのだから、朝穫り野菜を出荷してもらおう、というように。生産現場の多様性と市場の多様性をうまくコーディネートした。そうすることによって眠っていた地域資源が再び生き生きしてきたんだと思います。

 小田切
 今までのお話をまとめると、つまり今後は今まで以上に地域資源や組合員情報を活かしたうえで、市場シグナルを重視する需要対応型農業が求められているということになると思いますが、当然、その先には需要創造型農業も求められるのではないかと思います。需要に対応するだけではなくて、需要を作りだすことこそがマーケティングのテーマになりますね。その点ではどのような成果が上がっているのでしょうか。

 松岡
 考えてみれば、JA甘楽富岡は、かつては養蚕とこんにゃくを中心にJAの販売事業高が年間90億円あったのが、30億円にまで減少し、それを今は少量多品目の野菜の周年販売で97億円を超える額にまで復活させているわけです。つまり、60億円ほどの販売額がなくなった状態からその分を新たに作り出したわけですから、これは大変なマーケット創造だと思います。
 そのほか、たとえば、JA八女のお茶では、一番茶はそれなりにブランド化できていますから通常出荷でも他の産地に負けない販売ができていますが、二番茶、三番茶になると他の産地や最近増えている輸入茶とも競合する状況になってきた。そうしたなかで、JAが責任を持って販売していくために全農の「安心システム」を導入した。BSE問題で重要度が増している消費者の信頼確保について、生産履歴が開示できる販売システムの導入と、同時に新たな需要創造の面でも成果を上げていると思います。

◆JAの販売・加工事業にT・P・Cの視点を

 小田切 そうですね。とくにこの事例では、東京営業所を設置することによって、ただの情報収集だけではなく、荷姿まで考えてユーザーに提案していっています。まさにマーケティングの原則が生かされています。

 松岡
 もうひとつ指摘しておきたいのが、JA甘楽富岡とJAふくおか八女のパッケージセンターです。今までの共同販売では規格品だけ出荷するため、曲がったきゅうりは商品にならなかった。ところがパッケージセンターをつくることによって、曲がったきゅうりは曲がったきゅうりとして、『曲がってしまってごめんね』などのオリジナルブランドを商品化するという機能も発揮できた。
 つまり、パッケージセンターは農家の出荷労力の低減になっているだけでなく、畑で穫れたものをすべて商品化して、そのことによって農家の手取りを増やしていくということにつながっている。

 小田切
 そのときに重要になるのが多様な商品づくりですね。この点に関してJAの組織体制がはたしてこれまで適合的であったかどうかという課題もあります。

 松岡
 加工事業に手を出して失敗しているJAも少なからずあるわけですが、それはやはりお客さんを知っているようで本当の意味では知らなかったということだと思います。
 マーケティングとは、「すべての道は顧客に通じる」などと言われるようにお客様を知ることが大事です。しかし、知ったうえでターゲットを絞らなければ戦略は決まりません。
 マーケティングの要諦として、T・P・Cがありますね。Tはターゲットを絞ること。そしてターゲットを絞ったらそのお客様のニーズに合わせて商品づくりをする。これがすなわち、P、市場におけるポジショニング、他との違いや位置づけを明確にすることになるわけです。それからCはコンセプトですが、農産物の個性、特性ですね。ありていに言えば、うちの農産物の「売り」はこれだというこだわりです。生産者も役職員も含めて、これがわれわれ産地JAの「売り」だと言えることが大事になるわけですよ。
 こういうマーケティングのT・P・Cがなかったことが、今までのJAの販売、加工事業に詰めがなかったという原因じゃないかと考えています。

◆産地間競争から産地間協同へ

 小田切 今まで議論してきたこととややニュアンスの違う事例がJA山形おきたまの例だと思います。レポートのなかには、「合併JAの組合員は、買うものは安く売るものは高く」ときわめて単純な要求があることが指摘されており、しかし、これまでの取り組みだけではこうした要求に応えることに限界があった。そこで協同組合間連携に動き出したということですね。この協同組合間連携についてはどうお考えですか。

 松岡
 輸入農産物の増大による価格下落のなかで、なんとか産地として生き残りをかけようと、今までは産地間競争をしてきました。もちろん競争は品質の向上や価格の面で、一定の有効性はあったと思いますが、それが過度な産地間競争になってしまっていた。
 しかし、こういう行き過ぎた産地間競争ではなく、問題はどこか、「敵は本能寺にあり」ではないのか、と考える必要が出てきたわけです。これだけ外国からの農産物が入ってくるなかで、日本の産地や農協の間で過当競争していてはだめだと。
 たとえば、北と南、東と西、あるいは平場地域と山間地が連携し年間を通じて供給するリレー販売など、JA間交流のなかで行っていこうという考え方が大事になってきたわけです。簡単にいえば、産地間競争から産地間協同へというのが大きな流れになってきているんじゃないでしょうか。すでにファーマーズ・マーケットや学校給食において、りんご産地とみかん産地の連携や冬場の野菜供給、品揃えなどの連携が見られるようになってきました。

 小田切
 いずれにしても単協が動くことが大事だということですね。単協が一歩踏み出す、そして単協が単協ごとに水平的な連携をするといういわば単協優先主義の姿がこれまでの議論のなかから見えてきたように思います。

 松岡
 そうですね。単協でいろいろな挑戦やビジネスモデルが出てそれが定着してくると、今度は連合会も従来の殻を破ってどういう新たな機能発揮ができるかが課題になります。
 たとえば、ファーマーズ・マーケットで、それぞれのJAがりんごとみかんの供給で連携しようというときに、JAが自ら配送していたのではコストがかかりますから、そういうときに全農の集配センターが窓口になって機能を果たすということも考えられるわけです。単協の動きに合わせて、連合会が補完機能を果たすという発想に立つ必要があると思います。

情報公開・ルール設定の徹底した透明性を

パイの分配

◆平等から公平へ

 小田切 さて、もうひとつの今日の重要なテーマは、地域手取りというパイの拡大が実現したとして、それをどう分配するのかです。この点については、期せずしてレポートではほとんどのJAが、「平等から公平へ」をキーワードにしていますね。

 松岡
 生産現場が多様化しているのに、農協の事業方式が平等主義でいいのかということだと思います。
 これはまさにマーケティングの問題にも関わることです。農協のマーケティングは、農産物の販売面でも重要ですが、組合員と農協との関係においても大切です。もちろん一般のマーケティングと違って、協同組合という組織特性が働いてきますが、いずれにしても組合員と農協の関係は、いわば「BtoB」の関係です。いま、農家らしい農家ほどJA離れを起こしています。この辺の問題です。
 したがって、マーケットをセグメントするなかで、大口利用者である大規模農家にはそれに合わせた対応をすべきです。
 現在では、平等にこだわると、それはいわばどこかを犠牲にすることによって平等を実現することになってしまうということです。一方が得して、他方が損をするというのでは、協同組合の原則からしてもおかしいわけです。「平等から公平へ」の事業理念のもと、組合員の多様性を尊重した事業ルールの設定が必要なんですね。

 小田切
 こうした議論のなかには、昨年話題になりました副業農家の問題も出てくると思います。何よりも水田地域において地域社会を維持発展させていくためには、ある種の平等原則が期待されているといわれています。一方、営農の面では平等から公平原則への転換も求められるわけですが、そこは、これらのJAの現場ではどのように処理されているのでしょうか。

 松岡
 旧来の事業システムを改革するときには、当然、これまでの秩序が崩れるわけです。たとえば、大口利用者に対して新たなルールを設定すれば、波風も立つでしょう。したがって、新たなルールを設定した場合には、それに基づく新たな秩序形成も大きな課題になりますね。
 そのときに大切なのが、情報公開、ルール設定の透明性だと思います。生産資材の供給単価についても、コスト計算も含めてなぜこの単価になるのかをオープンに示して、組合員参加のものでルールを決めていく。そのことによって、早く新たな秩序を形成するということです。その場合に農協だけで悩むんじゃなくて、組合員にも問題を投げかけて一緒に考えてもらうという姿勢が大事だと思いますね。そうした情報公開と民主的運営によって、組合員が納得の上でルールを作っているわけですから、新たなルールを作ったことがすでに新たな秩序形成の第1歩になるわけです。

◆構造対策はマーケティングとセットで

 小田切 そういう点では、JA越後さんとうは、土地利用調整をめぐって集落の合意形成に力を入れ、そのうえで新しい秩序づくりに成功した例だと思いますが。

 松岡
 このJAの取り組みで象徴的なのは、地域の認定農業者を行政が制度上で認定するだけではなく、本当の意味での地域が認定した農業者という位置付けにしていることです。
 それを地域で合意形成し、そのうえでJAが経営体の育成支援を行うという事業を展開してきました。まさに地域農業全体をどうマネジメントするのかという問題意識が共有化されており、そのうえで合意形成をきちんと実現しているため、JAへの信頼が確立されているという感じがしますね。

 小田切
 今のお話は、営農の復権時代のJAの担い手対策として非常に重要なポイントだろうと思います。つまり、地域によって認定された担い手、これは選別ではなくて地域住民による担い手の特定化ですよね。

 松岡
 そうです。その結果、農地の集積も図られ、生産体制が整備されていくわけですが、一方ではマーケティングがきちんと噛み合っている必要がある。米や大豆の販売先、方法にマッチした生産対策が確立している。つまり、構造対策もマーケティングとセットで考える必要があるということです。

コーディネーター

◆ナレッジ・マネジメントの実践

 小田切 なるほど。売り先という出口があったうえでの土地利用の話し合いが求められるということですね。その意味でも、総合農協の役割が非常に大切になるわけですね。
 さて、最後にこれまでの議論をふまえれば、営農の復権時代に向けて、営農指導員の役割も非常に重要になると思います。この点についてはどのようにお考えですか。

 松岡 率直にいって営農指導という言葉は、今の時代に合わないのかなと感じています。むしろ求められるのは、自分の足元にある多様な生産者や地域資源を地産地消の形成や量販店、実需者など多様なマーケットと結びつけるコーディネーター機能だと思いますね。 小田切 おそらく営農の復権時代に求められている営農指導員というのは、マーケティングの原則で市場分析をおこない、また、地域の文化や歴史を背景とした諸事情をふまえて、技術を武器として地域のなかに入っていく、さらに自らが政策提案をおこなっていくような多才な人材だと思います。それは、たしかに営農指導員という言葉には当てはまらないですね。

 松岡
 JAも農家や農地の基礎データをきちんを把握して、それをもとに生産・販売戦略を考えることが重要です。JA甘楽富岡の面積予約生産にしても、データ化ができているから、3か月後にはこの野菜がこれだけ販売できるということが明らかになり、それで初めて商談が可能になる。JAには組合員や地域に関するデータがたくさんありますが、部門タテ割りのなかで、まだまだ眠っていることが多い。
 データを情報化し、情報を共有化することによって知識として、ノウハウを蓄積していく。これはまさにナレッジ・マネジメントですが、これをどこまで実現するのかが問われていると思います。

◆経営資源を営農部門にいかにシフトするか

 小田切 ご指摘のような営農部門の機能的な改善も必要だと思いますが、一方では組織制度的な改革も必要ではないでしょうか。私は、営農センターはトップマネジメントに直結の部門であることが必要でしょうし、現状よりはるかに大きな決裁権も持つべきだと考えています。これはまさに農協改革につながる話です。
 松岡 おっしゃるとおりだと思います。地方分権ではありませんが、営農センターへの経営トップ層からの権限委譲も大切ですね。営農を戦略とするなら、人材や予算、情報といった経営資源をいかに営農部門にシフトするかです。そのうえで権限委譲をして、現場のことは現場にまかせるという姿勢も求められると思いますね。
 小田切 営農の復権に向けJA役職員への期待はますます高まると思います。今日はどうもありがとうございました。

(対談を終えて)
 「営農の復権」は、松岡課長が唱えるスローガンである。
 しかし、その意味は、「農協法が改正されたから復権だ」という単純なものでは決してない。営農部門が元気となるような条件を作り出したところでは、農協組織全体の改革が進んでいる。どの事業分野でも、営農で重要なマーケティング志向が要請されているからである。逆に、営農センターへの権限委譲などの農協組織改革がなければ、営農部門の活性化は望めない。
 ひとことで言えば「営農の復権なくして農協改革なし。農協改革なくして営農の復権なし」が松岡課長の主張の眼目ではないだろうか。
 事実、レポートで紹介されている4つのJAは、すべてこの原則に当てはまる。JA甘楽富岡の多様な販売ルートと生産体制の構築はすでに有名であるが、それは同JAの組織改革に支えられ、同時にそれが全体の改革をリードしている。
 また、JA八女の「安心システム」の導入と東京営業所の設置、JA越後さんとうの土地利用調整・法人育成と米販売、さらにJA山形おきたまの協同組合間提携なども、等身大の目標設定とそれに向けた組織的機動力がなければ実現できなかったものであろう。
 ただし、そうした成果にあふれる事例ではあるが、この4JAさえも「先進事例」ではなく「先発事例」としてとらえるべきであろう。成果ではなく、一歩踏み出した問題意識にこそ多くのことが学べるからである。本特集に対するそうした読み方を期待したい。 (小田切)


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