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特集:農業・農村に“新風を送る”JAをめざして

農村と都会、助けあって 日本を元気に
食に対する真剣さなくした時代

清水信子さん 料理研究家

◆自分の国の料理を愛してほしい

清水信子さん
 東京都生まれ、料理研究家。懐石料理から和食おそうざいまで幅広く手がけ、その凛とした盛りつけと誰もが満足する味つけには定評がある。「NHKきょうの料理」をはじめ、テレビ、ラジオ、JA等の講習会で活躍中。「料理の仕事を始めて、かれこれ30年、それと同じだけおせちも作ってまいりました」難しく面倒で作りにくいといわれている和食を若い人たちが毎日の食事に作って食べられるようにと簡単においしく作る方法を研究中。
 家の光協会のクッキング・フェスタの講師として各地のJAを訪ねますが、必ずその土地で産地見学をさせていただいているのです。先日も秋田で、じゅんさい穫りを体験させていただいたり、リンゴやなしを農家の庭先でもいでもらいました。かじったらほとばしるようなおいしさ。東京生まれで東京育ちなものですから、とてもうれしくて日頃からこんなおいしいものを食べられる幸せってすばらしいなと思いました。
 地域の集会所などで食事をごちそうになることもありますが、どこも地方色豊かで、構えてない手のぬくもりが感じられる料理を頂くことが多いです。
 私の仕事は地域の食材を使ったメニューを何種類か考えて教えてさしあげることですが、それは私からのメッセージであって、私自身が地域の方々から伝統料理などを教えていただくことが多くそれがとても楽しい勉強になります。祖母から母へ、母から子へ、という料理ですね。
 でも、その伝承が途絶え気味になっているのが昨今です。最近、私は日本ほど自分の国の料理を愛して食べていない国はないんじゃないかとさえ思います。

◆日本の伝統食は日本人の健康に合う

 日本の栄養学は明治時代にドイツ人のベルツという学者が東大で教えたことから始まっています。ただ、気候を考えるとドイツは寒い国で日本は温暖ですからそもそも摂るエネルギーの量が違うわけですね。片方は寒さに耐えるために高エネルギーで高たんぱくのものを食べなければいけない。日本はそんなにたくさんのたんぱく質もエネルギーもいらないわけです。だからごはんと味噌汁、たくあん、そしてお祭りなどの時にいくばくかのたんぱく質を摂ればちゃんと生活できたんですね。
 ところが、日本はドイツの栄養学を導入し、そして戦後はアメリカの影響もあってどんどん高カロリーの食事をするようになった。確かに体格がよくなり世界一の長寿国となりましたが、今では子どもでも生活習慣病の心配をしなければならないほどです。
 実はベルツは、日本滞在中に人力車で東京から日光に出かけたときに一人の車夫が休まず14時間半走って着いたということを書いています。そこで、ベルツは一体この車夫はどういう食事をしているのかと研究したら、まさに一升飯とみそ汁とたくあんだった。この食事であれだけの力が出るなんて日本人はおそろしい、などと記録しています。
 もちろん今、そのような食事をすべきだとは言いませんが、日本の伝統食は日本人の健康に合うものです。それを自然に食べて健康を維持してきたわけですね。日本人とは急にできたものではなくて何千年もこの風土で育まれてきたのですから、私たちはそれを受け入れる細胞をもっていると思うんです。自分の土地でできるものを食べる、そういう自然を見直す気持ちを今持たないといけないと思いますが、農村というのはそれを取り戻すことができる場だと思いますね。農村から変えるということもできるんだということです。

◆直売所には力強さ、活気が満ちてる

清水信子さん

 消費者も安いから買うという考えは間違っていると思います。ただ安いからというその気持ちが輸入野菜を増やして国内生産をだめにしてしまっているわけですからね。
 そこを変えるには、消費者がこれはこれだけ手間がかかっているんだ、だから適正な価格なんだと思えるように、生産者と消費者が手を組んでお互いに顔を見合わせていかないと、相手を思いやる気持ちが出てきません。そういう目に見える農業を押し進めていくことで農業を力強くすることもできるんじゃないでしょうか。
 ただ、生産者も時代に合ったものをつくることが大事だと思います。料理研究家の仕事も同じで、新しい環境に合った調理のノウハウを教えていくことなんです。茶碗蒸しをつくりましょう、といっても今、蒸し器を持っている人は何人もいませんね。ですから、鍋に水をちょっと入れれば蒸し器と同じになりますよ、ということを伝えるわけです。
 農業も同じじゃないかと思うのは、たとえば、坊ちゃんかぼちゃ。かぼちゃといえば大きくて、カットして売っていたりしますね。でも、この小さな坊ちゃんかぼちゃは、カットしてないから買っておいてもすぐには傷まない、持ち帰りも楽ですし、家族が少なくなった今は使い切りの食材となります。
 ですから、生産者の工夫によって、かぼちゃは今の時代に合ったとても使いやすい食材になったと思います。2つにカットして種を取り電子レンジで加熱してシナモンなどをかけてお菓子感覚で食べるなど、食材としての可能性が広がりました。いつまでも同じものを生産するのではなくて、使う人のニーズに合わせてつくることも大事だと思うんです。
 工夫という点では、流通の見直しも必要でしょう。食べる人は千差万別でどんな料理になるのか分からないのに、全部20センチにそろったきゅうりを作る必要があるのでしょうか。どこか自然じゃなくて無理があるように感じます。そうではなくて、自分のきゅうりは20センチじゃなくて曲がっているけど、農薬は使っていない、太陽の光を十分当てている、と自分のやっていることに誇りを持って売れるようにすることも大事だと思います。
 そういう点では、生産者の方が自分たちで農産物を持ち込んでいる直売所をのぞくと、これは俺が作ったものだ、どうだ、という力強さ、活気が満ちあふれていていいなと感じます。

◆生産者と消費者との間で思いやりを

清水信子さん

 それぞれの地域の伝統食にしても農村の人たちが自信を持って作って都会に向けて売り出してもいい。これだけ流通が発達しているのだからできると思いますし、懐かしい味だと食べるでしょう。それが実は日本人の健康にいいんだとなれば絶対に売れる。
 郷土料理というのはこの日本の風土にあったものでそれを忘れないでほしいんです。つまり、自信を持って生活しましょうということですね。
 今の日本人は食に対する真剣さがないんじゃないかしら。3度も食事をする、のではなくて、3度しか食べられない、のです。その1食、1食によって頭の先から爪の先までができている。丈夫な体を保とうというなら1食たりともおろそかにはできません。
 日本人の健康を考えて日本をしっかりさせようというなら、こんなに輸入して国内農業をつぶしていくという政治もおかしいと思っています。これは党派なんか関係ないことで、大きな目でこの国をどう見るかです。みんなで協力して日本の農業を育てていかなければならないと思いますね。生産者の方も研究して時代に合った農産物を作ってもらいたいと思いますが、消費者も勉強しなければなりません。農村と都会、両方が助け合って日本を元気にしていく。生産者と消費者の間にも、相手を思いやりながら生きていくことが大事だと思っています。

手づくりのおせち 清水信子著

手づくりのおせち 清水信子著
 おせちは御節供(おせちく)を略したもので、古くはお正月、五節句などに神に供える料理を意味しました。現在ではお正月の伝統的なごちそうが、その代表格です。
 おせちを既製品ですます人がふえている昨今ですが、手づくりの味は安心、ヘルシー、何よりも作り手の心がこもっています。家族でおせちを囲んで一年の幸を願う、そんな晴れの日の食卓に私の味が役立っていただけたら、料理研究家冥利につきるというものです。(家の光協会 定価1400円+税)


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