農業協同組合新聞 JACOM
   

特集「改革の風をふかそう 農と共生の世紀づくりのために」

【JAグループへの提言】
消費者に分かるように発信するのは農協組織の責務

矢野 和博 生活協同組合連合会コープネット事業連合専務理事
聞き手:田代 洋一 横浜国立大学教授

 いま日本の生協は、今後の事業発展の基盤づくりとして「2000億円規模のリージョナル連帯をつくりあげる」という戦略構想を掲げ取り組んでいる。そうしたなか、1992年に設立されたコープネット事業連合は、1999年、コープとうきょうが参加したこともあって大きく成長し、また日本生協連と連携するなど注目されている。そこで産直をはじめ、JAグループとも関係が深いコープネットの矢野和博専務に、事業連帯が進んできた歴史的な意義と現在の状況をお聞きするとともに、同じ協同組合である生協の立場からいまJAグループに何を期待するのかをお話いただいた。聞き手は生協の単協や事業連合の員外理事を務めたことのある田代洋一横浜国大教授にお願いした。

◆連帯の構造・事業構造を作り変える事業連帯

矢野 和博氏
やの・かずひろ 昭和22年生まれ。昭和46年全国大学生活協同組合連合会入職、49年東京大学生協専務理事、54年都民生協へ移籍、平成元年同理事、3年同常務理事・管理担当、営業担当、企画・管理担当、11年コープネット事業連合常務理事、12年都民生協常務理事・連帯管掌、コープネット事業連合専務理事。

 田代 1992年にコープネットが設立され、その後、コープとうきょうが参加し大きく発展されています。さらに日本生協連との連帯の輪をつくられてきていますが、その節々での基本的なねらいをまず教えてください。

 矢野 歴史的に簡単に振り返ってみると、70年代の共同購入は、公害とか食品の安全が大きな話題となり、それに対する消費者運動として発展してきましたから、自覚的な消費者が公害や農薬が少ないという特殊な商品を手に入れる組織だったと思います。それが80年代に入って、物流や情報処理についてシステム化され、効率的な事業展開や誰でもが参加・利用しやすい制度に共同購入がなり、急速に成長しました。
 90年代に入るとバブルが崩壊し、踊場にきたわけです。そうすると当然、共同購入をどうするのかが事業戦略上の問題になります。もう1つは店舗事業が弱かったわけですが、共同購入で培ってきた経営力量もありますから、店もチャンとやろうということです。3番目に、大衆化した生協にふさわしい商品力をどうつけるかという戦略上の課題がありました。そういうなかで事業連合が全国的につくられてくるわけです。

 田代 そういう前史があってコープネットが設立される…。

 矢野 92年に茨城・栃木・群馬・千葉・埼玉の5生協で設立されますが、それ以前の88年に、共同購入のためのインフラ整備を単独でやるのは難しいから共同でと、茨城・栃木・群馬が北関東事業連合をつくります。この事業連合の成果と先行する神奈川等のユーコープの経験などをみて、店舗戦略を展開することと、共同購入のインフラを整備するために事業連合を設立したわけです。

 田代 同じころに日本生協連にコモジャパン(日本生協店舗近代化機構:COMO)がつくられましたね。

 矢野 90年ですね。これは店舗を生協で展開するためには全国の連帯が必要ではないかということで設立されました。人づくりとか店づくりの基礎的なことを学びあうことを中心に、店舗と大衆化した共同購入を見据えた商品開発も行いましたし、コープ商品以外の商品についても学びあうこともしましたね。

 田代 コモは99年に発展的に解消されますが、これはどういうことだったのでしょうか。

 矢野 ノウハウの蓄積とか商品でも成果をあげましたが、連帯の枠組みでいえば、共通の項目だけを追及し、トータルでの基本的な戦略で意思統一が不十分でした。みんなが共通してやれることや基礎的なことでは成果をあげましたが、もう一歩先に進もうとすると各生協の考え方の違いや地域性があって進むことが難しく、組織的に行き詰ったということだと思います。
 同時に、一方で生協サイドでいろいろ問題が起き、生協神話が崩壊し、さまざまな課題が突きつけられてもきました。

 田代 そういう中で地域ごとの事業連合が設立されてくるわけですね。

 矢野 生鮮、日配関係はコモとか全国レベルでまとめるわけにはいきませんから、地域ごとにまとめる必要性があるということで事業連合が設立されていくわけです。つまり、連帯の構造を作り変える、事業構造をどう切り替えていくのかということだったわけです。

◆商品政策の統一を契機に変わり始めている生協

田代 洋一氏
たしろ・よういち 昭和18年千葉県生まれ。東京教育大学文学部卒業。経済学博士。昭和41年農林水産省入省、林野庁、農業総合研究所を経て50年横浜国立大学助教授、60年同大学教授、平成8年同大学経済学部長、平成11年同大学大学院国際社会科学研究科教授。主な著書に『新版 農業問題入門』(大月書店)、『農政「改革」の構図』(筑波書房)など。

 田代 当初のさいたまや千葉を中心としたコープネットにコープとうきょうが参加した背景やねらいは・・・。

 矢野 実質は2000年からですが、コープネットが90年代後半の閉塞状況を突破する役割を果たしのかなと思いますね。

 田代 もう少し具体的にいうとどういうことですか。

 矢野 共同購入でいうと、90年代は安定成長に入るわけですが効率が悪くなり、首都圏事業連合が個配を始め成功させますが、コープとうきょうも取り入れ、埼玉や千葉に広がっていきます。店舗では、とうきょうが参加することで、食料品中心のスーパー・マーケット(SM)路線への改定をしました。
 商品では、商品と品揃えを統一しようということで、全国でまとまった方が成果がでそうなものは日本生協連のコープ商品にする。地域性が強いものとか全国物流では合理性がないものはリージョナルな事業連合のコープ商品にする。さらに歴史的な経過もある特別なものは単協の商品にするというように、経済合理性と組合員の利益という視点でコープ商品の再編統一をしました。

 田代 商品をNB、リージョナル、ローカルと位置づけたわけですが、品揃えについては大変だったんじゃないですか。

 矢野 品揃えの考え方をまとめるのは苦労しましたね。それでも3年間で商品の統一を前提にしながら、店や共同購入について品揃えまで一緒にしてきました。つまり入口である調達先と販売という出口は一緒にしましたということです。ユーコープや首都圏事業連合は、入口と出口だけではなく、真ん中のシステムも統一されているわけです。したがって、コープネットの現在の課題は、単協ごとの独自性を残しながら、物流とかEPSや管理システムをどう統一するかですし、徐々にやっていこうとしています。

 田代 コープとうきょうが参加したことで、どういう成果が生まれましたか。

 矢野 日本生協連に結集し共同開発することで、劇的に価格が安くなり値入もあがっています。これは私たちだけではなく他の生協にも影響がおよぶわけですから、これを1つの契機に、事業連合の機能をもっと強めていこうという動きが出てきています。さらに、全国でまとまった方がメリットがある分野については、まとまってやりましょうという動きもでてきています。

◆商品ごと産直・複数産地で安定的に供給

矢野 和博氏

 田代 農産物とくに産直商品のコンセプトをコープネットはどうお考えですか。

 矢野 1つは「商品(品種)ごと産直」です。つまりある産地のものをいくつも取り扱う総合産直ではないということです。もう1つは「複数産地」にし、旬が異なる産地を組み合わせることで周年化することです。3つ目が、価格は市場スライドすることです。その上で、単品ごとに「産直仕様書」を決めて、仕様書が要求するレベルを超えたものは、産地が違っても同じアイテムだと認識する、という発想です。
 そして産地にお願いしているのは、こちらもコープネットの名前の通りネットワークですから、産直産地もネットワークをつくってくださいということです。

 田代 いま産地でも通年でリレー式に供給するネットワークが必要だという動きがありますが、その効果はどのあたりにあるとお考えですか

 矢野 総合産直だと安定性がないと思いますね。消費者に責任を取っていくということでは、複数産地だと私どもにとってリスク分散になりますが、産地にとっても複数の取引きだと相場変動への対応とか数量調整ができます。ネットワークをつくることで互いに学びあうこともできますしね。

 田代 同じ品種でも産地による違いがありますね。そのあたりはどうしているのですか。

 矢野 1つのアイテムとするわけですから、産地のグレード分けをせざるをえません。例えば、米では大きく3つくらいのグレードに分けています。
 規模が大きくなりそこで安定供給をしていくわけですから、統一した仕様書で生産する複数産地をもち、それをグレード分けしているということです。

◆「神話から科学へ」安全と安心は分けて考えなければ歪が

田代 洋一氏

 田代 農協との間でもいろいろあったわけですが、食の安全性や表示問題については、どうお考えですか。

 矢野 「神話から科学へ」といっています。つまり、安心・安全については分けて考えるべきだということです。安全とは健康上の問題とか肉体的な被害があるか、ないかという危険に対する安全性のことです。安心は、心の問題、信頼の問題です。そういう意味では表示は安心の問題ですから、安全と安心では対応の仕方が異なるわけです。安心と安全を一緒にして考えると歪みが出ると思いますね。

 田代 専務はいろいろな場面で「正直」ということを強調していますね。

 矢野 生協は社会的なシステムの一員として、いろいろなところから仕入れているわけですから、「生協だから安心です」ではなく「なぜ安心なのか」をつくろわずに、正直にいおうということです。例えば、残留農薬の検査をしていますが、「だから安心です」とはいうなといっています。なぜなら全部を検査しているわけではないし、完璧なものはありません。危険と同居しているわけです。
 全農にも「安心システム」がありますね。それはそれでいいけれども、本当に科学的な裏づけがあるんでしょうかと思う。私は、本当に安全なものはないと思いますし、安心という考え方も世の中が変わっていく中でのレベルの問題だから、あまり強調しぎると手を狭めることになるのではと思いますね。ブランド戦略として裏づけをもってやるものと、少々問題があっても安いというものがあっていいと思います。もう少し余裕をもって、多くの人が常識で判断できるようにした方がいいと、生協の経験から思いますね。

◆正確で説得力ある情報提供で消費者を味方に

 田代 最後に、日本の農業あるいは農協に対して今後、どういうことを期待されますか。

 矢野 協同組合として同じ仲間だと思っていますから、協同組合間提携としてふさわしい関係をつくっていきたいと考えています。ただし、基本的な立場が違いますから、そのことをお互いに認め合わないといけないと思います。そのことを前提にして、日本の農業を守っていくという立場です。
 そのときに担い手の問題とか経済合理性の問題について、消費者にキチンと分かるように発信するのが農業の側の責任だと思います。そして、国に要求するときに、消費者を味方につけるという発想でやらなければいけないと思いますね。ただし、「輸入品は危険で国産品は安全だ」という神話ではなくて、科学の裏づけをもって消費者に対して日本農業を守る意義とか、環境保全、食糧安保、農民の努力とかについて、説得力ある説明をして欲しいと思います。もう少しいえば、日本農業ということでまとめてしまい勝ちですが、分野ごとに問題点が違いますから、正確に消費者に問題をだして欲しいですね。

 田代 今日は、貴重なお話をありがとうございました。

インタビューを終えて
 最初の質問だけで約束の時間は過ぎてしまった。生協について語りだせばとまらないお人柄と情熱。時間は気にしなくて結構と言われてやっと格好つけたインタビューだ。
 生協法は、単協が県域を越えて展開することを禁じている。このスーパーマーケット業界に対する制度的ハンディを、生協陣営は県域を越える事業連合という形で突破してきた。事業展開のなかでギリギリ必要なことを事業連帯の輪を拡げる形で追求してきた生協陣営の歴史は、ともすればはじめに組織ありきの農協組織再編にとっても参考になる。
 また相互の危険分散から複数産地との産直方式をとるのがコープネットの特徴だが、産地もネットワーク化すべきというメッセージは極めて示唆的だ。食の安全をめぐっても、全量検査できないなかで、生協だから絶対安心、「国産だから安心」ではないことを正直にいえとおっしゃる。協同組合の「神話から科学へ」の時代を担うホープへのインタビューだった。(田代)
(2004.1.7)

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