農業協同組合新聞 JACOM
   

特集「改革の風をふかそう 農と共生の世紀づくりのために」


  提言 答申を「鏡」に総合農協像の実践的提示を
―総合規制改革会議答申を読む―
 

増田佳昭 滋賀県立大学環境科学部助教授

 経済事業改革をはじめとするJAグループの組織・事業の改革は、JAグループ自らが実践する課題である。しかし、ここ数年、農協改革については政府の諮問機関でも議論されるなど、いわば外部から問題の指摘も盛んになされてきた。なかには正確に実態をふまえない的外れな指摘も含まれていたが、増田氏はそれらが「農協が世間の目にどのように写っているのかを示す鏡であることは確か」と指摘する。
 今回は総合規制改革会議の答申をもとに、今後の農協に求められる課題を提言してもらった。
 増田氏は農協が「地域農業と地域社会における存在意義と目的を再確認し」、「組織と事業について総点検する作業と実践活動」こそが農協批判への実質的反論となると指摘する。

◆総合規制改革会議 答申の問題認識

増田佳昭氏
ますだ・よしあき 昭和27年静岡県生まれ。京都大学大学院農学研究科博士課程(農林経済学専攻)終了。滋賀県立短期大学助手、助教授を経て現職。専門分野は農業経済学、農協論、農産物流通論。『農協運動の展開方向を問う』(家の光協会、共著)、『不良債権問題と農協系統金融』(農林統計協会、共著)、『協同組合のコーポレート・ガバナンス』(家の光協会、共著)

 昨年12月22日、総合規制改革会議第3次答申が発表された。一昨年末に出された第2次答申が「八つ当たり的」ともいうべき農協批判に彩られていただけに、3次答申の内容は注目されるところだった。以下、2つの答申を素材に、岐路に立つ総合農協制度について考えてみたい。
 まず2次答申についてふり返っておこう。2次答申の農協についての問題認識はおよそ以下のようなものだった。(1)農協の正組合員数は農業センサスの農家数を145万戸も上回っており、真に組合員資格を持つものだけが組合員となっているか疑わしい、(2)農協は1人1票制で意思決定が行われるため、零細農家中心の運営がなされ、大規模な担い手農家の農協離れが生じている、(3)信用・共済事業の黒字で購買・販売部門等の赤字を補填しており、経営の健全性を損なっている、(4)農政の運営が農協に依存しており、行政関与のあり方について抜本的見直しが必要である、(5)農協間競争が行われにくく農業の構造改善が遅れる要因になっている、(6)連合会まで含めて独禁法の適用除外となっているが、適用除外とされる具体的行為についてガイドラインも定められていない、(7)生活関連事業、信用・共済事業で員外利用が相当程度行われている。
 こうした認識を踏まえて、2次答申が掲げた規制見直しの方向は以下のとおりである。(1)「農協が、真に担い手たる農業者の利益を目指し、協同組織としての機能を最大限に発揮するため、その事業運営や経営の健全性の確保の在り方等について抜本的に見直しを促進するべき」、(2)「信用・共済事業がない状態でも経営が成り立ち、組合員たる農業者(特に担い手農家)のメリットを大きくするような運営体制を確立する」、そのために「区分経理の徹底を図るとともに、信用・共済事業の在り方、信用・共済事業を含めた分社化、他業態への事業譲渡等の組織再編が可能となる措置を検討」、(3)「補助事業の実施、各種施策の推進等、農協を通じた行政運営を網羅的に検証し、その適正化を図るべき」、(4)「協同組織に対する独占禁止法の適用除外に関する制度について検証し、公正な競争を阻害する問題があれば、その解消を図るべき」、「農協間のサービス競争の促進を図るため、多様な組合の設立が容易となるような条件整備等の措置を講ずるべき」。

◆「担い手農家のメリット」が農協の唯一の存在目的か

 現状認識にも多くの論点が含まれるが、ここでは規制見直し方向について、1、2点指摘しておきたい。その一つは農協の存在目的についてである。(1)で農協の事業運営の在り方の「抜本的見直し」を行うというのだが、農協制度の目的をどう考えるかによって、見直しの方向や内容は異なるはずである。答申は、農協の存在目的を「真に担い手たる農業者の利益」とする。昨年3月に出された農水省「あり方研究会」の報告も同様の立場に立つ。一見説得力がある定式化に思えるが、それによって、兼業農家や土地持ち非農家は農協の主たる構成員ではないとか、彼ら向けの営農事業や准組合員も含めた生活面事業の不要論が導かれるとしたら大いに問題だ。無資格正組合員や過大な員外利用、信用・共済も含めた生活面事業など「枝葉」を「刈り込む」ことで、「担い手農業者のメリット最大化」という「主幹」から成る農協組織・事業に「成形」しようという考えが、答申には見え隠れする。
 少なくとも農協法第10条は、組合員の事業又は生活に必要な資金の貸付け、貯金の受入、事業又は生活に必要な物資の供給、共済、医療、老人福祉等の営農に限らない幅広い事業を規定して、農村の多面的なニーズに応える道を開いている。また、実際にもJA甘楽富岡などの地域農業振興のプロセスをみれば、兼業農家や高齢農家など多様な農業者が重要な役割を果たしていることがわかるし、JA松本ハイランドの健康管理事業、福祉事業や文化事業をみれば、農協が地域の不可欠な生活インフラになっていることがよくわかる。そうした農協の多面的な機能と多様な存在意義に目をつぶって「枝葉」を「刈り込む」としたら、角を矯めて牛を殺すことになりかねない。
 また、(2)では「信用・共済事業がない状態でも経営が成り立ち、組合員たる農業者(特に担い手農家)のメリットを大きくするような運営体制を確立する」というが、前段の「信用・共済事業がない状態」と後段の「担い手農家(特に担い手農家)のメリット」とがどういう因果関係にあるのか、首をかしげざるを得ない。区分経理の必要はむしろ「信用・共済事業」サイドからの要請であって、あたかも担い手農業者のメリット確保のための区分経理のように描くのは、本末転倒ではないか。

◆担い手農業者の利益は農協改革だけで実現されるのか

 もちろん担い手農業者の経営の安定と発展は、農業協同組合の最も重要な目的であることはいうまでもない。だがそれを農協がどのような方法で追求するかは、基本的にはそれぞれの農協の主体的な判断によるべきである。兼業農家が多数を占める組合員構成のもとで、担い手農業者の利害を適切に反映するための農協運営の改善が求められることも事実である。現実には、営農センターの設立とそこへの分権化による農業者主体の事業運営や部会代表者の理事選出など、さまざまな努力がなされている。欧米と違って農場制をとらないわが国農業の場合、地域農業を構成する農業者の中で担い手農家の位置づけを確認し、合意を形成しながら彼らの経営発展を支援するのが総合農協の現実的な対応策だろう。担い手農業者の独自性や独立性のみを強調して、地域農業の中での彼らの位置を見誤ってはいけないと思う。
 担い手農業者の利益というならば、金融機関としての同質化をすすめた結果としての農業融資の困難さにも目を向けるべきではないか。農産物価格の低落に伴って、稲作大規模経営の収益性は著しく低下している。この傾向は、米政策改革にともなう助成金体系の改変でよりいっそう強まるだろう。担保を持たない借地型経営の資金繰りは苦しくなる一方である。にもかかわらず、金融機関としての一律規制のもと、彼らへの農協の融資対応はきわめて困難になっている。大規模農家の農協離れがいわれるが、彼らが商系業者から資材を仕入れ、農産物を販売するのは、業者が農業機械などの資材代金の支払を「待ってくれる」からという場合が少なくない。そうした実態は農協の融資姿勢のみに帰せるべき問題ではない。農協を他の金融機関と同列視して「自己資本比率」や「金検マニュアル」で農業融資の道を狭めてきた一元的金融行政のあり方こそを問題にしなければならないのではないか。
 さらにいうなら、担い手農家の苦境をもたらしている最大の要因は、農産物価格の果てしない下落である。農産物価格低落の影響をもろにかぶるのが主業的農家であることは、すでに多くの識者が指摘するとおりである。そのことに目をつぶって、農産物の「マーケティング」や「資材価格」のみをとりあげて農協の責務を声高に叫ぶことは、問題そらしであり、一種の欺瞞でさえある。
 平成13事業年度では、東北6県のうち3県、九州・沖縄で8県のうち4県で当期損失が当期剰余を上回った。こうした事実は、農協経営の苦境が農協経営者の手腕不足だけによるものでなく、農業と地域経済の構造的な不振によるものであることを示唆している。「あり方研究会」は、農協の事業運営改善策をあれこれと論じたが、真に求められているのは、構造的な農業不振への農政の本格的な対応策なのではないのか。

◆「規制強化」か「規制緩和」か

 2次答申には二つの論理が混在しているといってよい。一つは、「真に担い手たる農業者(特に担い手農家)の利益を目指す」という(答申の考える)農協制度の目的に向けて、農協組織と事業を限定すべきという上述の「刈り込み」の論理である。もう一つは、他業態との競争条件の確保すなわちイコールフッティングの論理である。農協への行政関与の見直しや独禁法適用除外問題、多様な農協設立論はそうした論脈の上にある。前者が農協制度の目的に沿った厳格な運営を求める「規制強化論」であるのに対し、後者は規制改革会議が旨とする「規制緩和論」である。
 誰が考えてもわかるように、両者の論理は当然矛盾する。いずれの論理に立つかで、「抜本的見直し」の方向は180度異なるのである。農協組織に担い手育成をはじめとする農政の補助手段としての役割を期待し続けるとすれば前者の規制強化論に傾くであろうし、農協の「民間」的性格を強調してイコールフッティングを求めるとすれば後者の規制緩和論に傾くであろう。こうした点がどう展開されるのか、3次答申に注目したところである。
 3次答申は、基本的には後者の論理がより強まったといってよい。農協経営への規制については、「本来、農協の自主的な判断にゆだねられるべき事業運営に対する介入には慎重でなければならない」とした上で、「金融機関としての健全性を確保するためには、兼営する経済事業などの状況も的確に把握する必要がある」として、金融機関の側面からの経営の健全性確保を求めるにとどめた。ただし、広域化した単位JAでの「利益の地域間補填構造」を危惧して「支店ごとの収支の明確化」を求めている。いずれにせよ、担い手農家の利益最大化のための組織・事業運営見直しという論理は、後景に退いた観がある。
 担い手農家については、「すでに先進的な担い手農家は自前の販売・調達チャネルや設備を持ち、単位JAへの依存度を弱める傾向にある」として、「非JA型農協の育成や農協以外の民間経済主体の設立・参入」を促すことで、農業が活性化されるとの展望を描いている。既存総合農協に担い手農家支援を求めるのではなく、農協以外の経済主体の参入に期待しようというわけである。
 一言コメントするなら、改めて競争促進策の必要をいうまでもなく、農協はすでに激しい市場競争のもとで存立しているということである。経済財政諮問会議でも農協の「地域独占的性格」が取りざたされたが、総合農協の設立地域が実質的に制限されていることは事実でも、農協が営む各事業が独占的な営業権を保証されているわけではない。営農事業を含めて、農協の各事業は他業態との激しい競争のもとにある。その中で、農産物販売事業等が依然として高いシェアを持っていることに、むしろ農協は自信を持っても良いのではないか。

◆答申を「鏡」に地域に貢献する農協像を

 「八つ当たり的」と書いたが、総合規制改革会議の答申は、農協が世間の目にどのように写っているかを示す「鏡」であることは確かである。鏡像のゆがみは「財界主導」や「市場原理至上主義」という鏡自体のゆがみかもしれないが、多かれ少なかれ実像のゆがみをも反映していることも確かだろう。それぞれの農協がその地域農業と地域社会における存在意義と目的を再確認し、それにもとづいて組織と事業のあり方を総点検する作業が必要だろう。そうした点検作業と実践活動こそが、総合規制改革会議の農協批判への実質的反論となるだろう。あわせて、総合農協の存在目的とその実現手法について、あるべき総合農協像を系統農協の側からも積極的に提示していかなければならない。自らを正しつつ、鏡自体のゆがみを問う対応が系統農協に求められているだろう。  (2004.1.13)


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