農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 命と暮らしを守る21世紀の農業を考える

使える技術をすべて使って食糧問題解決に貢献する
マイケル・ケスター(Michael Kester)シンジェンタ ジャパン(株)社長
梶井 功 東京農工大学名誉教授

 シンジェンタは3年半まえに合併して誕生した若い会社だが、消費者に農薬についての正しい知識を普及するなど、ユニークな活動をする企業としても知られている。昨年9月に同社の日本の社長に就任したマイケル・ケスター氏に、現在の農薬開発の現状やGMOを含めたこれからのテクノロジーの果たす役割、そして日本の農業・農協について語ってもらった。聞き手は梶井功東京農工大学名誉教授。

◆人と人を結びつける――社名にこめられた思想

マイケル・ケスター氏
(ケスター社長の略歴)
1955年オランダ生まれ。ユトレヒト大学園芸学修士号取得。オランダ、エジプト、イギリス、ドイツなどを歴任し、前任はシンジェンタSAアルゼンチン社の南米南地区担当ゼネラルマネージャーとして勤務し、ボリビア・チリ・パラグアイ・ウルグアイの地域を含め担当、その他に南米ステアリングコミティーメンバー、シンジェンタ アグロSA社の社長を歴任。

 梶井 はじめに、シンジェンタ(Syngenta)という社名のいわれからお話いただけますか。

 ケスター シンジェンタは、3年半前にノバルティスとゼネカの農薬部門が合併してスタートした会社です。両社とも自分たちの社名を継承したいという希望がありましたが、共に歩んでいくためには新しい社名を見つけなくてはいけないということになりました。
 Syn(シン)というのは、ギリシャ語でシナジー、創造・合成ということで、2社の統合を意味しています。Genta(ジェンタ)は、ラテン語またはスペイン語で、人びとを意味していますから「人びとを結びつける」という意味になります。つまり、ノバルティスとゼネカの人と人、そしてテクノロジーが結びつき相乗効果を生んでいくことを表す社名であるということで決まりました。また、アグリビジネスは、人びとのために食料をつくっていくものですが、Gentaには「人のために」という意味も含まれています。

 梶井 人びとを結びつける、しかもそれを新しいテクノロジーで結びつけるという思想がこの社名にこめられているわけですね。
 ケスター ちょうど合う名前が見つかって私たちは大変に幸運だったと思いますね。

◆農薬は医薬品のテクノロジーの応用

梶井 功氏
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 梶井 この新聞で農薬の権威である松中昭一神戸大名誉教授と対談する機会があって、その時に農薬のことを俄か勉強しました。それまで私は、農薬は毒物ばかりを使っていると思っていましたが、毒物を使っている農薬はほとんどなくなって、多くの農薬の原料は普通物で、植物や昆虫の生理特性に注目して、その生理機能を阻害するような形で防除目的を達しているということを知りましたが、それを教えてくれたのが貴社のパンフレットでした。

 ケスター これまで私たち農薬業界は、一般の人たちにどういうテクノロジーを使っているかを説明する方法が良くなかったと思います。先生が「農薬は毒である」と思われていたといわれましたが、一般の人たちも同じだと思います。
 農薬に使われているテクノロジーは、医薬品に使われているテクノロジーの応用と、それから発展しているものと考えていただくといいと思います。いまのテクノロジーで使われている有効成分は、例えば殺虫剤でいうと昆虫の特定の機能の1プロセスをターゲットにできるようになってきています。ですから、人畜に対する安全性も昔から比べると大変に高くなってきています。人に対する安全性が高くなっていることが、非常に重要なことです。

◆世界のテクノロジーを日本のために活用する

 梶井 「世界のテクノロジーを日本のために応用・活用していく。それが私たちの使命です」とパンフレットには書いてありますが、とくにいま、日本で普及したいテクノロジーにはどういうものがありますか。

 ケスター 一つの例として、シンジェンタが開発したアミスターという殺菌剤があります。これは森に生えている茸の成分からつくったものです。この茸は、自分たちが植生している周囲に他の茸や菌が入ってこないように防御しています。これを不思議に思い、どうやって防御しているのか研究を進めたところ、ストロビルリンという成分が発見されました。このストロビルリンをその茸から取り出したところ、半減期が非常に短く、茸から取り出すとすぐに有効でなくなってしまいます。そこで、半減期を長くし化合物を安定化させる研究を行い、いろいろな作物に対して広く使える理想的な殺菌剤として商品化しました。
 細胞の中のミトコンドリアに作用して、呼吸を阻害し、侵入してくる菌を殺してしまうものです。これは菌に特異的に作用し動物には影響が少なく、成分は水や炭化物のように自然に戻っていく性質を持っていて、環境にも問題はありません。

◆いずれ必要になるGMOの技術

 梶井 これからのものとしてはどうですか。

 ケスター バイオテクノロジーを駆使して、新しい農薬の開発や新たな種子の開発を行っています。毎日毎日新しい発見が研究開発部門ではありますが、製品化までは7〜10年の時間がかかります。シンジェンタには幅広い製品がありますが、そのなかで多くの最新技術が使われているのが特徴だといえます。

 梶井 種子では遺伝子組み換え(GMO)もあるわけですか。

 ケスター ありますが、日本では開発・販売していません。米国や南米ではGMOが受け入れられ、よく売れています。

 梶井 大豆ですか。

 ケスター 大豆、トウモロコシ、綿花ですね。とくに綿花栽培農家にとっては、GMO綿花を栽培することで殺虫剤を使わなくても害虫から守ることができます。50%くらい殺虫剤の使用量を減らすことができますから、コストを低く抑えられますし、環境にも優しくできます。

 梶井 GMOの綿実油を日本の食品会社が使うことを食品安全委員会がOKしましたね。

 ケスター コットン油の場合、GMOでもNON−GMOでも、たんぱく質が高温で変質してしまい同じものになってしまいます。しかし、消費者は一方は安全で、一方は安全でないと思っている現実があります。
 シンジェンタとしては、テクノロジーを持っていても、それをむやみに市場に出してはいけないと考えています。すべてのテクノロジーは、その国の当局に提出して検査を受けて了解されれば出すということです。コットン油が日本で受け入れられたことは良いニュースですね。
 いまはGMOは社会的理解を得られていませんが、時間はかかっても徐々に理解されると思います。いまやっていることが無駄だとは思っていません。

◆感情ベースではなくサイエンスベースでの判断が求められる

 

マイケル・ケスター氏

 梶井 これからを考えると必要があるということですか。

 ケスター 21世紀を考えると、人口が増加し都市に集中する傾向にあると思いますので、食料不足がおこると思います。さらに、いずれ石油が枯渇してしまうだろうともいわれていますから、それぞれの国でどのようにエネルギーをつくりだしていくかが課題になり、農業にも大きな影響が出てきます。水も大きな問題となりますし、自然資源に関しては再生できる資源を見つけていかなくては大変なことになると思います。こうしたことは現実的な問題として起きてくると思いますので、問題解決にどう貢献できるかを考えていかなければいけません。
 GMOの問題も時たま政治問題になって技術開発自体をストップさせられるという状況になったりします。しかし、食料を同じ面積で、少ないエネルギーで作ることを考えれば、使える技術をすべて使っていかなければならないわけですから、GMOは必要なものだと思います。
 もし70年前に世界が農薬に反対していたら、いま生きている60億の人間はどうやって生き延びてこられたのかなと考えると、例えば森林をすべて伐採したのではないかなと思ってしまいます。新しい技術は闇雲に何でもいいとはいえません。安全性に対する配慮はもちろん必要ですが、感情ベースではなく、サイエンスベースの判断が新しいテクノロジーには求められると思います。

 梶井 21世紀の食料を考えるときに、GMOも含めて狭い面積からでも必要な食料が取れる技術を用意しておかなければいけないわけですね。しかし、日本は米が余っているので収量をあげる技術開発には臆病になっていますね。

 ケスター 今は過剰でも、今後足りなくなることもあるわけで、長期的な視点で米についてのインフラを守っていく必要があると思います。

◆各国共通の「保健・安全・環境ポリシー」

梶井 功氏
 梶井 貴社には「保健・安全・環境(HSE)ポリシー」がありますね。これを読んでビックリしました。日本の農協が真っ先にこういうものを作るべきだと思いますが、残念ながら日本では企業でこういうポリシーを持ち、それを公表しているということは聞いたことがありませんね。

 ケスター 日本の企業も環境や安全性については非常に配慮されていると思います。HSEポリシーの目的は、事故や問題が起きる前にそれを防止するためのものです。最初は社内でと思っていましたが、世界130カ国にわたるというグローバルな企業なので、国ごとに作ると国によって安全性や環境の基準が違いバラバラなものになるので、世界中どこでも同じ基準でやっていこうということで、できたのがHSEポリシーです。

◆日本の農業は品質重視 信頼できる農協

 梶井 日本の農村を歩かれましたか。

 ケスター 歩きましたね。

 梶井 率直な感想を聞かせてください。

 ケスター 日本の農家を回って感動したことがあります。それは、品質に対して注意がはらわれていることです。日本以外の国だと、どちらかといえば量が先で質はその次という傾向がありますが日本はまったく逆だという印象を持ちました。二つ目は、アルゼンチンでは農家の規模は10万haとか40万haと大きく平均でも5万haですが、日本は平均1haと規模が小さいと思いました。しかし、日本では、害虫や病気、あるいは肥料の撒き方などがよく管理されていますから、注力の仕方が違います。

 梶井 日本の農業の方向性としては質に力をいれていく方向が良いと思いますか。

 ケスター 質を重視しながら農家によっては1ha以上に規模を拡大すれば効率を上げられると思います。

 梶井 規模拡大しても5万haなんて経営はできませんね。

 ケスター 日本はフォーカスすべき作物を定めてベストクオリティーなものをだしていくことになると思います。

 梶井 日本の農協に対してはどうですか。

 ケスター 日本と他の国の農家を比べると、日本の農家はユニークなサービスを農協から提供されていると思います。例えば、農家の生産物を市場に出すまでの品質管理まで農協でみているという素晴らしいサービスを提供しています。お世辞ではなく、日本の農協には弱い領域がなく他の国に比べてしっかりしていると思います。そして農家とのパートナーシップは素晴らしいと思いますね。

 梶井 今日はありがとうございました。

対談を終えて
 農薬には、毒性の強い順に毒物、劇物、普通物の区別があるが、かつては高かった毒性も近年は低くなり、99年の状況では、普通物が殺虫剤では52%だが、殺菌剤で86%、除草剤で95%になっている―といったことを知ったのは、シンジェンタが一般に配布している農薬解説資料でだった。
 ずいぶん行きとどいたパンフレットをつくっている真面目な会社だなと感心していたのだが、今回の社長との対談でその感をさらに深くした。来日してまだ1年だそうだが、日本の農業、またJAについても確かな認識をお持ちだと感じた。
 今回とくに感銘を受けたのは、この会社がしっかりした“保健・安全・環境ポリシー”をもっていること。“シンジェンタは、環境に対する影響を最小限に抑え、天然資源をできるだけ活用します”といったコミットメントがそこで言われている。JAや日本の企業にこそもってもらいたいポリシーである。(梶井)

(2004.7.16)


社団法人 農協協会
 
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-7-5 共済ビル Tel. 03-3261-0051 Fax. 03-3261-9778 info@jacom.or.jp
Copyright ( C ) 2000-2004 Nokyokyokai All Rights Reserved. 当サイト上のすべてのコンテンツの無断転載を禁じます。