農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 命と暮らしを守る21世紀の農業とJAグループの役割

 対談 JAグループが主役となった地域農業づくりを
JA全中副会長 花元 克巳氏
東京農工大名誉教授 梶井 功氏

 日本の食と農を守り次世代に引き継いでいく力の発揮がJAグループに期待されている。同時にこの問題は「日本という国をどういう国にするか」の問題でもあると花元副会長は強調する。自らの取り組みとして実践している水田農業ビジョンは将来の集落の「設計図」だという。その設計図の積み上げで自給率の向上など安心した社会をつくろうと呼びかける。梶井功東京農工大学名誉教授と話し合ってもらった。


消費者と生産者との共生を核とした農業づくりをめざそう


◆ゆるぎない国家像を持った国際交渉が必要


花本勝巳氏
はなもと・かつみ
昭和7年福岡県生まれ。福岡県立嘉穂農業高校卒。昭和50年飯塚市農協理事、平成9年福岡嘉穂農協代表理事組合長、平成10年福岡県農協連合会理事、平成11年福岡県共済農協連合会代表理事会長、福岡嘉穂農協会長理事、福岡県農協中央会会長、平成11年(株)農協観光取締役、平成12年全国共済農協連合会福岡県本部運営委員会会長、全国共済農協連合会理事、平成14年全国農協中央会副会長就任。

 梶井 WTO交渉は7月末でひとつの山場が来そうですが、これまでの交渉について海外の方々とも話し合われてこられての感触を踏まえて、どう考えておられますか。

 花元 これまでに私も何回か外国の交渉関係者と話をする機会があってWTO交渉の雰囲気にも触れてきましたが、ひとつは日本政府の外交に対する情熱といいますか、国家像が弱いということです。つくづくそれを思います。
 日本という国がどういう国家像を持ってWTO交渉に臨んでいるのか、それがいちばん大事なことだと思います。
 自給率の問題にしても食料安全保障の問題にしても、やはり日本という国の国家像、国家戦略というものはこういうものだ、これは譲るわけにはいかない、これには国益がかかっているからどうしても守る、という強い姿勢が必要だと思いますね。もろろんわれわれも一生懸命やらなければいけません。

 梶井 今回の交渉に向けた「日本提案」では初めて前文を掲げ、そのなかで各国の農業の共存を訴えこれは日本国民の哲学だと書いてますね。しかもこれは国民の統一した意思であると。日本の外交文書のなかでいまだかつてこういう前文を掲げたことはないんです。そういう点で私などはこれまでの交渉とは違って、まさに日本としての国家戦略を鮮明して交渉に臨んでいるとばかり思っていましたが…。


◆今こそ「日本提案」の哲学を主張するとき


 花元 あの前文はたしかにこれまでと違う点ですし、これを国家戦略として全面に出して貫くなら新しい提案ができるはずです。
 前文の問題もそうだが、日本は食糧法を決めても基本法を決めてもそれを忠実に守らないんじゃないか。守らないでおいて状況が変わったからと次々に新しいことに取り組んでいく。これはこれまでの農業団体の農政運動の欠点でもあるかもしれなし、国もそれをいいいことに法律を忠実に守ることから逃げていると思います。
 現在の基本計画でもあれだけ議論し自給率を45%まで引き上げるということは閣議決定したことです。しかし、ではどういう自給率向上の施策をやるのかといえば打ち出さないですよね。さらに自給率を議論することはおかしいなどという話をする人もいますが、そうなれば国家戦略ゼロということじゃないでしょうか。
 ですから、私はわれわれで自給率を45%〜50%に引き上げる農業政策を立ち上げるしかないと思っています。われわれが現場で積み上げていく自給率向上策はこうなんだというものをつくらないと。

 梶井 それは同感です。たとえば、生産調整については食糧法ではじめて法律事項になったわけですね。法律に書き込むことで生産調整は国の仕事になったにもかかわらず、作る自由、売る自由が強調されてしまったと思います。

 花元 法律にはこう書いてあるが実際はそうなっていないじゃないかと指摘してもなかなか議論にならない。しかし、法律は国の基本だと思いますから、それに基づいて権利や義務を検証するという議論が必要だと思っています。


◆自給率の向上は日本社会全体の問題


梶井 功氏
かじい・いそし
大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。

 梶井 さて基本計画の見直しの議論が進んでいますが、私は今副会長が指摘されたように自給率問題をどうするかがいちばんの中心課題だと思います。ところが、企画部会ではこの問題を脇に置いて議論していると思います。いかがでしょうか。

 花元 まさにこれは国益にかかわる問題だと思います。

 そういう点で言えば、たとえば今、この国の家族とか家庭のあり方はどうなんですか、と問うことも必要だと思います。そこからもう一度日本全体が考える必要があると思いますが、その基本は道徳のあり方、家庭・家族のあり方で、日本社会構造のなかで、最も重要な課題です。食の乱れが人の命を粗末にするといったことにつながっているのではないか。
 われわれはその食べ物に携わっているわけですから、農業側からどういう社会にしていくか、家族はどうか、教育はどうするのか、と考える。スポーツをやっている人はスポーツから考えるし、教育に携わっている人はそこから考える。日本全体で日本をどう立て直すかに取り組まなければならないと考えるべきだと思うんです。
 そう考えれば自給率を向上させることがどれだけの国益になるのかという話になると思いますね。だから、この問題は本来ごはんをもう一杯食べてくれればこれだけ自給率が上がるというレベルの話ではないんですよ。
 われわれも、組織は北海道から沖縄まであるわけですから、組織として食から教育まで国益になることは徹底してやるということでなければならないと思います。それによって国民のみなさんにやはり自給率はこれでいいのかということを示すことになる。運動体としてそれを示すことが、日本の農業を守っていくことになると思いますね。

 梶井 食の問題とは何かという、いちばんの中心点が明確になっていないということですね。

 花元 やはりどういう日本をつくっていくのかということにかかわる問題だと思います。


◆10万集落で「明日」の設計図を作ろう


対談の様子

 梶井 基本計画の見直しにも関わることですが、一方、水田農業ビジョンづくりにJAグループは取り組んでいます。副会長は水田農業対策本部委員会の委員長としてリーダシップを発揮されていますがこの運動へのお考えを聞かせてください。

 花元 水田農業ビジョンづくりはわれわれが主役となって米の生産調整も含めたシステムをつくるということです。これについてはなぜわれわれがそんなことをしなければならないのかという声もありますが、では国に任せておいてできるのかということです。
 もちろんわれわれが主役になるにはこれまでの10倍も20倍も勉強しなくてはいけない。主役になるにはそれだけの努力が必要ですが、本当にわれわれ農業団体がやらないと日本の農業はなし崩しになってしまうと思います。

 梶井 主役になるという意味をどう現場が理解するかが問題ですね。

 花元 われわれが日本の農業を引っ張っていかないでいいのかということです。
 だた、もちろんJAレベルだけでやることには限界がありますからそれぞれの地域で行政との連携もしなければならないとは思います。

 梶井 同時に行政の責任も明確にしておく必要があると思いますが、これはある意味では村づくり、国づくりのベースになる取り組みです。そのために自分たちの地域の問題は何かを集落の人に認識してもらうというレベルから始めていますね。これは大変いいことだと思います。

 花元 水田農業ビジョンというと何となく、紙に書けばいいという話になりかねないので、私はこれは集落の設計図だと言っています。その設計図を作るにあたっては、家族で話合う必要もある。たとえば、親父さんだけが集落の話し合いに参加しても息子が将来この集落でどういう農業をやるのかということもありますね。農地を借りて経営を拡大していこうというならそれもふまえて考える必要があります。
 日本の10万の集落で10万の設計図をつくる。国は株式会社の参入、あるいは農業特区の拡大と言っていますが、われわれはもっと先取りして10万の集落が特区になって日本の農業を作っていくんだという気持ちでやるべきではないかと思っています。今後3年間で10万の集落それぞれの設計図を作っていく。これが今後の日本農業の基盤になるということだと考えています。

 梶井 集落段階で設計図を作り上げることが、全体としてJAグループが主役となって日本農業を支えるということですね。

 花元 これが自給率を上げることにもなる。自分たちで自給率の向上策を考えるということは水田農業ビジョン、集落からの設計図づくりだということです。


◆地域で選ぶ担い手が日本農業の柱になる


 梶井 その設計図づくりではやはり担い手が課題になりますが、私はプロ農業経営というような特定の農業者だけに絞るというのは地域の実態に合わないと思っています。いかがでしょうか。

 花元 水田農業の担い手は現実に高齢者がほとんどという集落もありますから、やはり誰に米づくりを任せるのかということは考えざるをえない。若い人に米づくりを任せるということもあるでしょう。
 ただ、担い手を支える人たちの農業も、たとえば直売所で売る野菜づくりということもできる。消費者の志向も変わってきていて郊外型のスーパーで買うばかりではなく、畑の近くの直売所に足を運ぶ人も増えている。福岡県では直売所が250か所ありますし、最近では生協との話し合いでほ場ごとに農産物の作り方まで決めるという新産直政策を立ち上げようという動きもあります。
 日本の場合は、アメリカなどと違って生産者のすぐ近くに消費者がいるわけですから、こういうかたちで農業を続けられる。消費者のみなさんと共生していくということを核にした農業づくりを考えれば担い手も育つ。ただ、水管理や水路管理を考えれば集落を抜きにして担い手を特化するというのはできるはずがないということです。水田というのは公的な財産でもありそれを守っていくことがやはり日本社会の基本だと考えています。

 梶井 日本の農業と地域社会づくりにJAグループが果たす役割に期待します。ありがとうございました。

インタビューを終えて
 “各国の農業が破壊されることなく共存していけるような公平で公正なルールの実現”(WTO農業日本提案前文)を求めての交渉が山場にかかろうとしているそのときに、“小泉総理大臣も「農業鎖国は続けられない」と述べ”たことを引き合いにして“関税の引き下げや関税割当数量の拡大を図り、グローバル化した経済社会に相応しい市場の開放を進める必要がある”といった農政提案(04・3経済同友会)が平気でなされるといった状況である。
 “日本という国の国家像、国家戦略というものはこういうものだ、これは譲るわけにはいかない、これには国益がかかっているからどうしても守る、という強い姿勢が必要だ…”と副会長が問題にされるのは、こうした提案で“国家像、国家戦略”が歪められることを心配されてであろう。同感である。
 先頭に立たれている10万集落の設計図づくりが、ゆるぎない国家像の構築になることを期待したい。 (梶井)

(2004.7.23)


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